黒幕⑤

「全く、本当に憎らしいよ。……俺も八神たち同様歌う君に惹かれたよ。でもだからこそ、俺の邪魔ばかりする君が憎らしくて仕方がない」


 呪うような憎悪に言葉が出ない。

 睨まれているだけで心臓をわしづかみにされたみたいで……怖い。


「でも、もういいんだ」


 フッと、憎しみの目が和らぐ。

 優しささえ垣間見えるような眼差しに変わり、それが逆に恐ろしかった。


「憎らしい君だけれど、そんな君の存在が今度こそあいつらの対立を激化させるカギになるんだから」

「……どういう、ことですか?」


 嫌な予感をひしひしと感じて汗が滲む。

 聞きたくないけれど、聞かないわけにはいかなかった。


「みんなに好かれている【かぐや姫】。そんな君が突然いなくなったらどうなるだろうね? しかも、それぞれのチームに君を隠したのがもう一つのチームだと言ったら?」


 つまり、【月帝】には【星劉】が私を隠したと言い、【星劉】には【月帝】が私を隠したと言うってことか。


「……八神さんと如月さんがそんな話を信じるとは思えませんが?」


 あの二人は幼馴染らしいしそれなりに交流もある。

 そんなバカバカしい話を信じるとは思えなかった。


「あの二人はそうだろうね。でも下のやつらはそうじゃない。そんな話でも鵜吞みにして簡単に対立がはじまるさ。……君の影響力を考えれば、一般生徒も巻き込んで抗争に近い争いが起きるかもな?」

「っ!」


 ヒュッと喉が鳴った。


 一般生徒も、なんて……。

 有り得ない、と言えないところが怖い。


 すみれ先輩や宮根先輩たち、ファンクラブの人たちを思い出す。

 あの人たちもその話を信じてしまったら、どんな風に争いが始まるのか分からないから……。


 冷静に対処してくれると信じたいけれど、【月帝】と【星劉】が実際に争ってしまったら惑わされてしまうかもしれない。


 ダメ。

 絶対ダメ!

 そんなことになってたまるもんですか!


 稲垣さんと香梨奈さんから向けられている憎悪。

 それを怖いと思うけれど、校内全部が争い始める方がゾッとする。


 私は心を奮い立たせて稲垣さんをキッと睨んだ。


「……それで? しのぶを人質にして、私を一日中ここに閉じ込めておくつもりですか?」


 稲垣さんはきっとみんなをそそのかすためにこの場を離れるだろう。

 だとしたら、ここに残るのは香梨奈さんだけだ。


 それなら今度こそ隙を見つけて、しのぶを助けて逃げることが出来るかもしれない。

 そんな思いからの確認だったけれど、すぐに期待の芽は潰されてしまう。


「は? ここに? そんなわけないだろう? こんなところに居たらいつ見つかるか分からないじゃないか」


 意外なことを言われたとばかりに目を丸くする稲垣さん。

 思わず舌打ちしたくなったけれど、苦い顔をするだけに留めた。


 するとそのとき、何かメッセージでも届いたのかスマホの画面を見た稲垣さんは嫌な感じに口角を上げて笑みを浮かべる。


「ああ、やっと来たみたいだな」


 その様子に、そういえば他にも誰かが来るようなことを言っていたのを思い出した。

 そうだ、香梨奈さんだけじゃなかったんだっけ。


 人数が増える前に逃げてしまいたかったけれど……。


 チラリとしのぶの様子を伺うと、不安そうな表情で身を固くしている。

 今すぐ助けたいけれど、香梨奈さんがナイフを持つ手を下げる様子はない。


 ごめんねしのぶ、巻き込んで……。


 どう考えてもしのぶは巻き込まれただけだ。

 しのぶだけでも逃がしてもらえないかと考えたけれど、【月帝】と【星劉】をそそのかしたい稲垣さんからすれば事情を知ってしまった彼女を解放することはないだろう。

 開放して私が誰に攫われたのか真実を話されたら困るだろうから。


「よし、と」


 私がしのぶの様子を伺っているうちに返信を終えた稲垣さんは、私に視線を戻してそれはそれは楽しそうな笑みを浮かべた。


「彼らはとても君に会いたがっていたよ? 君も久しぶりに会うんじゃないか?」

「え?」


 その口ぶりは、これから来る相手も私の知り合いだと言っている様だ。


 何? 誰が来るの?

 久しぶりって……。


 眉を寄せて訝しんでいるうちに、倉庫のドアが開く。

 そこから入って来たのは、お化けの仮装でもしているのか白いシーツを頭から被った三人組だった。


「彼らは部外者だからね。ハロウィンパーティーなんて、本当に都合が良かったよ」


 稲垣さんの説明のような言葉に、口の中に苦いものが広がる。

 確かに、こんな格好をしていれば仮装しているだけと見られて部外者かどうかなんて分からない。


 まさか楽しいはずの校内イベントがこんなふうに利用されてしまうなんて……。


 軽く睨むように三人を見ていると、一番背の高い人が私に気づいたようだった。


「ああ……やっと会えたな」

「っ⁉」


 覚えのある暗く低い声に、息を呑み目を見開く。


 嘘だ。

 あいつがここにいるわけがない。


 有り得ないと思うのに、粘着質な声音まで似通っていて否定出来る要素がない。

 それでも違っていて欲しいと願ったけれど、現実は無情だ。


 ズルリと引き下ろしたシーツから現れたのは、出来るなら二度と会いたくなかった男。


「橋場……」

「会いたかったぜ? 美来」


 私がこの世で一番嫌っていると言っても過言ではない男は、とても嬉しそうに酷薄な笑みを浮かべた。

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