黒幕④

 向かった先は北校舎裏のテニスコートなどがある方。

 裏門近くにある倉庫に連れて来られた。


 この倉庫はグラウンドやテニスコートで使うものが収められているから、普段ならそれなりに人が来る。

 でもハロウィンパーティーの準備をしている最中の今は、こっちの方に人が来ることはない。


「入って」


 言われるままに中に入る。

 前に連れて行かれた倉庫よりも物が多くて、ここで大立ち回りするのは無理そうだと思った。


 そんな人が通れるスペースが少ない中に、一人の男子生徒を見つける。


「……え?」


 その人を認識して、どうして? と思う。

 どうしてこの人がここにいるの?


 たまたまここにいたというわけじゃないだろう。

 本来ならこの人も仮装のために着替えをしているはずで……。



「……稲垣、さん?」


 そこには、いるはずがない人がいた。



「ああ、来たね。待っていたよ、美来さん」

「どうして……?」


 私の疑問の声に稲垣さんは無害そうな笑顔を見せる。


「俺がここにいるのが不思議? まあ、そうだよな。ずっと隠して来たし」

「なん、で……?」


 瞬きも出来ずその姿を見つめる。

 どうしてここにいるのかも疑問だけれど、彼の存在感にも疑問を抱く。


 だって、今私は稲垣さんが声を発する前に彼の存在に気づいた。

 今までだったらそれはあり得ないことで……。


「ああ、俺に存在感があるのも不思議? そうだよな。それもずっと隠してきたから……もう何年も」


 低くなった声と共に目にも昏い影が映りこむ。


 知らない。

 私はこんな稲垣さん、知らない。


「あいつらが来るのもう少しかかるみたいだし、せっかくだから色々教えてやるよ」


 もう会うこともないだろうし、と続けられて警戒心が急上昇する。


 あいつらって誰のこと?

 もう会うことはないって、何をするつもりなの?


 逃げた方がいい。

 直感でそう思う。

 でもどうして稲垣さんが香梨奈さんに連れて来られた先で待ち構えていたのか理由が知りたい。


 何より、香梨奈さんの手にあるナイフはまたしのぶの顔の方に向けられていたから……。

 どちらにしろ逃げられる状態じゃなかった。


「そうだな、まずはどうして俺に存在感があるか。その答えは簡単だ。ずっと気配を消してたんだから」

「は?」


 稲垣さんは昔から存在感を消すのが得意だったそうだ。

 かくれんぼでもしようものなら、ずっと見つけられないどころかそのまま忘れられてしまうくらいに。


 ずっと気配を消していたから、存在が空気とまで言われるようになっていたらしい。


「えっと……じゃあ今の存在感がある方が通常状態ってことですか?」

「ああ、そういうこと」

「何でそんなこと……」


 存在を認識されないというのは不便なんじゃないだろうか?

 かくれんぼの話だってそうだし、困ることの方が多いようにしか思えない。


 困惑する私に稲垣さんは今まで見たこともないような笑みを浮かべた。

 種明かしを楽しむような、嘲るような、そんな笑みを。


「そりゃあ? こうして裏で色々動くためだよ」

「っ!」

「俺はね、何としてでも司狼――いや、八神家と如月家を対立させなきゃならないんだ」


 笑みを真面目な顔に変えて、強い意思をその目に宿して彼は語る。

 突然当人たちではなく家の話になって戸惑ったけれど、稲垣さんの行動の理由がそこにあるのならと黙って聞いた。


「俺の家はね、長年製薬に関する会社経営をしていたんだ」


 でも、約三年前にとある薬品の試験が中止を余儀なくされ、経営悪化に陥ったのだそうだ。

 そのままでは立ち行かなくなるため、資金があるうちにと認知症関連の薬の開発に力を注いだという。


「でも少ししてから、八神家と如月家の経営する会社が業務提携をしてまさに同系統の製薬研究を始めようとしていたんだ」


 そちらの方が大手だったし、タッグを組むとなると先に稲垣さんの家の会社よりも良いものを作り出してしまう可能性が大きかった。


 だから、稲垣さんは兄と一緒に業務提携が上手くいかないよう動いていたのだそうだ。


「そんな……だとしても、八神さんと如月さんには直接関係ないですよね?」


 良い薬を作る邪魔をしているようなものだからそれ自体にも拒否感を覚えたけれど、それよりも理解出来ないことがあった。


 八神さんも如月さんも確かにそれぞれの家の御曹司ではあるけれど、跡取りではないし直接の関係はそこまでない。

 それなのにどうして二人を仲違いさせようとするのか……。


「直接的には関係ないだろうけれど、それぞれの家が絡む以上全く関係ないわけじゃない」


 稲垣さんは昏い目のまま、ニヤリとわらう。


「もし司狼と如月二人だけの問題ではなく、周囲を巻き込んでの対立となったら? そしてそれが警察沙汰になるくらい大事になったら? そうすればいくら直接的な関係がないと言っても業務提携はし辛くなってしまうだろう?」

「なっ⁉」


「業務提携は信頼も大事だ。息子間の問題といえど警察沙汰になるくらいの対立をして信頼が築けるかな? そこをマスコミにも突かれたら提携どころじゃなくなるだろう?」

「……」


 もはや言葉が出なかった。

 話が大きすぎて一学生でしかない私にはどうも出来ないことだったし……。


 でも、今の話から分かってしまったことがある。


 文化祭前日の抗争で感じた作為。

 スターターピストルや爆竹は誰が鳴らしたのか。

 刃物は持ち込まないはずの抗争で、何故ナイフを持ち出した人がいたのか。

 それらが今の話と繋がった。


「だから、【月帝】と【星劉】が抗争をするように仕向けたんですか? 警察沙汰になるくらい大事になるように、何人かにナイフを持ち出すようにそそのかしたんですか?」


 繋がってしまうとそうとしか思えず、聞く。


「そう、ご名答」


 案の定稲垣さんは否定もしなかった。


「……ってことは、二年前も?」


 業務提携の邪魔をし始めたのが約三年前だとするなら、二年前の抗争も二人の対立を激化させるためだったんじゃないだろうか。


 あのときも何人かがナイフを持ち出していた。

 八神さんと如月さんも想定外のことみたいだっただから、きっとあのときも稲垣さんがそそのかしたんだろう。


 稲垣さんは「そうだよ」と肯定すると表情を一変させる。

 香梨奈さんと同じような、昏い目に憎しみを宿らせて私を睨んだ。


「そして、その二度にわたる抗争を激化する前に治めてしまったのが君だ」

「っ⁉」

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