黒幕②

 しのぶと二人で生徒会室の方へと向かいながら話題は衣装からお菓子へと移る。


「そういえば調理部のお菓子ってどんなだった? かなり大量に作って、全校生徒に一つは渡るようにしたらしいけど」

「うん。クッキーが多いみたいだったけれど、マドレーヌとか焼ドーナツとかもあったよ。確認に行ったけど、匂いだけで美味しそうだった」


 ワクワクした顔で聞いてきたしのぶに、私は話しながら思い出して楽しみだなと思う。

 あの匂いからして絶対にどれも美味しい。


 調理部が作ったお菓子は仮装した人たちに配られるけれど、それだと不公平だという事で配布組の生徒にも後で配られることになったらしい。

 調理部の人達は大変みたいだったけれど、クッキーなど量産しやすいものを増やしたとか言っていた。


「美来が言うなら確実だね。私も楽しみになって来た」


 なんて話しながら少し人気の少ない場所に来た時それは起こった。

 突然前方で一人の女子生徒がガクンと倒れたんだ。


「え?」

「な、何? 大丈夫ですか?」


 思わず駆け寄って、気づく。


「香梨奈さん?」


 下腹の辺りを押さえてうずくまっている女生徒は、私を敵視している香梨奈さんだった。


「どうしたの? 貧血? 大丈夫?」


 香梨奈さんのことは少し話したけれど、彼女に面識のないしのぶは普通に心配して側に寄る。


 それを見て私もハッとして近づいた。

 いくら敵視されている相手でも、具合の悪い人を放っては置けない。


「香梨奈さん? 大丈夫? 立てる?」


 側に寄って呼び掛ける。

 私の口にした名前にしのぶの方が反応した。


「え? 香梨奈さんって……」


 私を良く思っていない人物だと理解したらしいしのぶは戸惑い気味にこっちを見る。

 それに私は視線だけで大丈夫と応え香梨奈さんに意識を戻した。


「保健室まで行くの付き添おうか?」

「っ……あんた……」


 私に顔を向けた香梨奈さんは辛そうな表情の中に苦々しい色を見せる。

 でも相当辛いのか、小さく「お願い」と頼んできた。


「分かった。立てる?」


 聞くとフルフルと首を横に振られる。

 なので肩に腕を回して立たせてあげるけれど、私一人じゃあそれが限界だった。

 空手とかで鍛えてはいるけれど、純粋に力が足りない。


 立つこともままならず、自力で歩くことが出来ない状態の香梨奈さんを一人で保健室まで連れて行くことは出来そうになかった。


「美来、大丈夫? 私も手伝おうか?」

「……うん、お願い」


 しのぶの申し出に頷く。

 申し訳ないけれど、手伝って貰わないことにはここから動けそうにないから。


 そうして香梨奈さんの腕をしのぶとそれぞれ肩に回して何とか歩き出すことが出来た。


「……」


 香梨奈さんは辛いだけなのか、それとも嫌いな私に助けられて悔しいのか、ずっと無言だ。

 私も敵意を向けてくるような人にまで優しくは出来ないし、特に話しかけるようなことはしなかった。

 手伝ってくれているしのぶは気まずそうで申し訳なかったけれど。


 保健室に無事送り届けて先生に伝えたらすぐに戻ろう。

 そう思いながら三人で一言も発せずに足を進めていく。


 でも、昼休みの騒がしさが遠くなってほとんど人が来なそうな階段に来ると状況が一変した。


 はぁ、とため息を吐いて香梨奈さんが「……馬鹿ね」と呟く。


 何が? と思った次の瞬間には、立つこともままならなかったはずの香梨奈さんがしっかり足を床につけて立ち、私は背中を押された。


「なっ⁉」


 大した力じゃないから普通なら数歩足を踏み出す程度だけれど、丁度階段を下りるところだったから踏み外しそうになって危ない。

 すぐに手すりを掴んで落ちずに済んだけれど、危ないことに変わりはなかった。


「ちょっ! 何してくれる――⁉」


 すぐに見上げて文句を口にしようとしたけど、言葉が出ない。

 だって、具合が悪そうだったのが嘘のようにしっかり立っている香梨奈さんが、しのぶの顔にナイフを向けていたから。


「抵抗しないでね? このデザインナイフ、刃は小さいけれど切れ味は抜群だから」

「っ」


 刃を向けられたしのぶはまだ驚きの方が強いのか戸惑いの表情を見せる。


「……なに? ちょっと、冗談はやめてくれないかな?」

「冗談なわけないでしょ?」


 緊迫した状況を何とかしたいと思ったのか、冗談で済ませようとするしのぶに香梨奈さんは冷淡に告げた。


 持っていたデザインナイフをしのぶの制服のリボンに向ける。

 先端を引っ掛けてシュッと軽く振ると、スパッと切れた。


「っ!」


 切れた部分は少ないけれど、確かに切れ味はよさそうだ。


「ね? だからあなたはちょっと黙っててね?」


 怯えるしのぶに微笑む香梨奈さんはスッと表情を無くして私を見る。


「というわけで、お友達を傷つけられたくなかったらちょっと私について来てくれる?」

「……分かった」


 何とかしのぶを助ける方法を考えたけれど、私がデザインナイフを香梨奈さんの手から落とす前にしのぶが傷つけられる方が速そうだった。

 悔しいけれど、今は言うとおりにするしかない。


「良かった。私も出来れば関係ない子を傷つけたくないからね」


 そう言って笑顔を作る香梨奈さんだったけれど、私を見下ろす目は笑っていない。

 本心かもしれないけれど、私が逃げたり何か抵抗したりすれば躊躇わないようにも見えた。


 だからやっぱり下手なことは出来ない。

 どこに連れて行くつもりなのかは分からないけれど、今は様子を見ることしか出来なかった。


「……具合が悪そうだったの、演技だったのね?」


 こんな風に騙すなんてと、悔しさと怒りを抑えて非難するように聞く。

 でも香梨奈さんは悪びれずに「そうよ」とただ肯定した。


「こうでもしなきゃあんたが私について来てくれるとは思わなかったもの。……でもお友達も来てくれて良かった。こうして人質になってくれる子がいた方がスムーズに進むもの」

「っこの!」


 人質なんて言葉を使うくらいだから悪いことをしている自覚はあるんだろう。

 でも、それを平気でやってしまえる神経が分からない。


「どうしてしのぶまで巻き込むの? 私が嫌いなら私にだけ嫌がらせでも何でもすればいいじゃない!」


 それだったら堂々と受けて立つのに!


 卑怯なマネをする香梨奈さんを睨むと、それ以上の迫力で睨み返された。

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