衣装合わせ②
念のためノックをして、「どうぞ」と声がしてからドアを開ける。
「あ、美来さんも来たのね?」
中には丁度今着替え終えたらしいすみれ先輩がいた。
すみれ先輩は悪魔系らしく、全身黒一色だった。
体に沿うピッタリしたドレスの上から、ゆったりとした丈の長めなボレロを着ている。
色気も出ているけれど、ボレロでほど良く隠されている感じだ。
正直悪魔というより魔女に近い感じがするけれど、これはこれですみれ先輩に似合っている。
普段とはまた違う魅力があって、ちょっとドキドキしちゃうよ。
「その衣装見たときから絶対美来さんに似合うと思っていたのよ。早く着てみてちょうだい」
ワクワクとした様子を隠しもせず、すみれ先輩は手伝おうとしてくれる。
「あ、自分で着替えるので大丈夫ですよ?」
「いいから手伝わせてちょうだい。それにこの背中のファスナーは一人で着るにはちょっと苦労するわよ?」
言われて初めて衣装の背中部分もちゃんと見た。
確かに一苦労しそうなファスナーだ。
手は届かなくもないから一人でも出来そうな気はするけれど、手伝ってもらった方が引っかかったりせずに済みそうだと思った。
レンタルらしいし、引っかけて破けちゃったら良くないだろうしね。
というわけで、有難く手伝ってもらうことにした。
「さ、どうかしら? 苦しいところとかはない?」
「はい、丁度良いです」
切り返しが胸の少し下辺りなのでウエストがキツイという事もないし、胸は丁度いいくらいだ。
袖も少し余裕があって動かしづらいという事もない。
小道具の羽と花冠もつけてから部屋の中に臨時で用意されていたスタンドミラーの前に立って、どんな感じか確認してみる。
「おお……」
つい声が漏れた。
私の黒髪でどれくらい天使っぽくなれるかと思っていたけれど、これは中々いけるんじゃない?
「可愛らしいわ……やっぱりとても似合っているわね」
後ろの方から一緒に鏡を覗き込んでいたすみれ先輩は、「でも」とほんの少し残念そうな色を見せる。
「髪、解いてはダメかしら?」
「すみません、また結うの結構手間なんです」
すぐにキッパリと断った私に、すみれ先輩は「そう……」とあからさまに残念だと眉を寄せた。
私の地味な格好はまだ続けろと奏に言われている。
特に最近は少しでも外で髪を解いていたり、眼鏡を外していたりすると強く言われるんだ。
少しピリピリしている奏に疑問はあるけれど、多分私のために言ってくれているんだろうから……。
私が食堂で【かぐや姫】としてお披露目されたときから奏はノートパソコンで何か色々やってることが増えた。
初めは引っ越しやら何やらで忙しくて出来なかった動画配信を再開したのかと思ったけれど、そういうのとは違うみたい。
……奏が何を考えて私に地味な格好をさせているのか。
初めは奏の言う通り、転校する原因となったストーカーの子に見つからないよう念のためにしているのだと思っていた。
でも、いつからか“念のため”なんかじゃなくて“私を守るため”だというのがにじみ出てきた。
今ではもうその辺りを隠そうとしているのかどうか……。
とにかく、私を守るためなのは確実。
そして、そこから導き出される答えは……。
あいつしか、いないよね……。
『早く俺のとこに
顔を合わせるたびにそう口にする、
暗い目をした、厄介な地元の不良。
いじめっ子を懲らしめてやったりする延長で、いつしか迷惑行為をする不良たちも相手にするようになっていた私と奏。
そんな中、あいつに私は目をつけられた。
どういうわけか変な執着をされるようになってしまったんだ。
二年前、この街で【月帝】と【星劉】の抗争に居合わせてしまう原因となった噂を流したのもあいつだった。
でも、奏のストーカー関連の事件があった頃はしばらくあいつも大人しかったんだけれど……。
そう考えて、ふと気づく。
……いや、もしかしてストーカーに関してもあいつが一枚噛んでいた?
その可能性はある。
だって、奏の元カノはストーカーに頼まれたっていう不良に襲われそうになったことがあったもの。
橋場との関係性はないと思っていたけれど、どこかに繋がりがあったのかもしれない。
そして、奏はそれに気づいたから転校するのに私を付き合わせて、地味な格好も強要したんだ。
奏のストーカーの目から逃れる様“念のため”というのも確かにあったんだろう。
でもきっと、一番の理由は橋場から私を“守るため”だ。
それらのことが分かってしまったから、私も地味な格好は出来る限りしておこうと決めた。
だから、残念そうにするすみれ先輩にも応えることは出来ない。
でも、嬉しそうだった表情が曇るのを見て申し訳ないなとも思ったから……。
「じゃあせめて眼鏡だけでも取らない? 今だけで良いから」
というすみれ先輩の提案には「分かりました」と返事をした。
今だけ。
生徒会役員の前だけならいいよね?
髪は解かないし、眼鏡だけなら。
というわけで、眼鏡だけを取った状態で会議室の方へ戻る。
すみれ先輩は眼鏡を取った時点でいつものように「きゅわわわん」と抱きついて来たけれど、みんなの反応はどうなんだろう?
髪は解いていないし、倒れたりする人はいないよね?
なんて、最近の宮根先輩などを思い出しながらドアを開けた。
「あ、美来さ――」
一番初めに気づいた女の先輩が私の姿を見て固まる。
ん? どうしたのかな?
対応に困って私も固まると、彼女は目の前に来てなぜかひざまずいた。
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