衣装合わせ①
幹人くんとの特訓の成果は早くも現れたと思うけれど、突然抱きついたりと不意打ちの場合は息を止めてしまうこともあってまだまだだってことになった。
毎日とはいかないけれど、二人きりの甘い特訓は続けている。
ドキドキしすぎるから、もう特訓なのかイチャイチャしているだけなのか自分でもよく分からないけれど……。
奏には無表情で。
「相談には乗るけどのろけ話は聞きたくない」
なんて言われたけれど。
何よ、奏は結構サラリとしのぶののろけ話するくせに。
っていうか、奏としのぶは本当にどうなってるんだろう?
もう下手をすると熟年夫婦並みに息が合っているのに……。
でも付き合い始めたって話は聞かないんだよね。
奏はいつも報告だけはしてくれるし、しのぶならきっと私に教えてくれると思うし……。
まあ、何かこじれているわけじゃないなら二人の問題だしあまり口出ししない方がいいよね。
そう結論付けて変に首を突っ込まないことに決めた。
奈々は何かしたそうにうずうずしていたけれど、私と香で速攻止めたし。
そんな感じで楽しく幸せに過ごしているうちに、着々とハロウィンパーティーの日は近付いて行った。
そしてパーティー二日前。
衣装合わせをするからと私は生徒会室に呼び出されていた。
幅を取るからと隣の会議室に用意していると聞いてそちらに向かうと、既に何人かがフィッティングを始めていた。
「ああ、来たね。美来さんのはこっちだよ」
すぐに私に気づいた坂本先輩が案内してくれる。
どんな衣装を用意してくれたんだろう?
坂本先輩が選ぶことに不安はあったけれど、純粋に楽しみなのも確かだ。
「これだよ。小悪魔系も捨てがたいなとは思ったんだけれど、今回は天使系にしてみたんだ」
トルソーに着せられている衣装を見せられ、私は思わず「わぁ」と感嘆の声を漏らす。
基本は白のエンパイアドレスになっていて、裾が結構長い。
でも前と後ろで長さが違うフィッシュテールになっていて、前部分が短くて動きやすそうだった。
しかもそうして足が見えてしまうからだろうか。
ドレスに合わせた白い靴まで用意されている。
側には天使の小道具として背負うタイプの小さくて可愛らしい翼と、天使の輪の代わりだろうか。造花で出来た花冠があった。
花冠の花も白ばかりで、確かにこれを身につければ天使っぽいと思う。
思った以上の心躍る衣装に思わずワクワクしてしまったけれど、すぐにハッとした。
「どうかな? 気に入ってくれた?」
満足げな笑みを浮かべる坂本先輩に聞かれ、私は震えそうになる口を開く。
「……坂本先輩」
「ん? なんだい? どこか気になるところがあるのかな?」
微笑みを絶やさない彼に、私は恐る恐る質問する。
「とても素敵な衣装です。……ただ、高いんじゃないですか? これ」
どこからどう見てもちゃんとしたドレスだ。
お店や通販で売っている三千円程度の仮装用衣装とは全く違う。
絶対に万単位はいっている。
……いや、下手をすればこの一着だけで10万を超えるかも……。
「まあ、一般生徒が用意する衣装よりはちょっと高いかな?」
ちょっとなわけあるかー⁉
叫びたい気持ちを押さえ、私は何とか「良いんですか?」とだけ聞いた。
「良いんだよ。僕個人のお金で支払っているし……文化祭とか、たくさん頑張ってくれたみんなへのお礼も兼ねているからね」
「お礼……」
みんなへの労わりの気持ちだと言われてはこれ以上拒否の言葉は口に出来ない。
価格はともかくとして、坂本先輩個人のお金だというなら尚更。
「まあ、美来さんにはレンタルじゃなくてオーダーメイドでプレゼントしたかったけれどね」
「え⁉」
さりげなく発せられた言葉に色々と衝撃を受けた。
オーダーメイドでプレゼントって、一体いくらするの⁉
そもそもプレゼントしてもらう理由もないし、着る機会も他にないのに貰っても困る!
っていうか、これってレンタルだったのね……。
他の一般生徒は購入するのだからと、これらも既製品を購入したものだと思っていた。
でもそれもそうか。
いくら坂本先輩が坂本商事の御曹司でも、未成年がこんなしっかりした衣装をみんなの分購入するとか……流石に無理があり過ぎる。
そっか、レンタルならまだそこまで高くは――ってそれでも高いわ!
これだけしっかり作られた衣装ならレンタルでも一着万単位は確実だ。
私は内心納得したり突っ込んだりと大忙しだった。
「さ、とにかく一度着てみてくれないか? 申告してもらったサイズで頼んだけれど、合うかは着て見ないと分からないし」
「あ、そ、そうですね」
色んな衝撃から抜け切れず返事が少しおかしくなってしまう。
でも坂本先輩は気にした様子もなかったので、私はそのまま衣装を持って生徒会室の方へ向かった。
今は生徒会室を女子更衣室として使っているとのことだったから。
でも向かう途中で声をかけられる。
「あ、星宮さん」
「え?」
会議室を出る前に呼び留められ、声の方を向くと高志くんがいた。
悪魔をモチーフにしているのか、黒のロングコート姿だ。
高志くんの真面目なイメージで悪魔はどうなんだろうと思うけれど、見た目だけで言えば結構似合っている。
「この間はすまない。君と久保が保健室まで運んでくれたそうだな?」
「ああ、うん。もう体調は大丈夫なの?」
あれから数日は経っているから体調は良くなっただろうけれど、顔を合わせる機会がなかったからちゃんと様子を見られたのはこれが初めてだ。
「ああ。熱も引いたし、しっかり休ませてもらったから……その、恥ずかしいところを見られた……星宮さんにも無理しないよう言われていたというのに……」
本気で恥ずかしいのか、頬を染めてしおらしくしている高志くん。
確かに無理しないでと言ったけれど……。
「気にしないで。坂本先輩が高志くんに自分の限界を知って欲しくて無理させたところもあるみたいだし、高志くんだけの責任じゃないよ」
保健室での坂本先輩の言葉を思い出しながら話す。
将来を見据えてやったことで、いずれは高志くんのためになることだって。
それでもちょっとやりすぎなんじゃないかとは思うけど……。
「だとしても、その……倒れるとき、君を……巻き込んでしまったようだしっ!」
「巻き込んでって、押し倒してきたこと?」
「おしっ⁉ あ、ああ……」
なんだか一々反応が大げさだけれど……本当に大丈夫なのかな?
「熱があって朦朧としてたんだから仕方ないよ。私は気にしてないから、高志くんも気にしないで?」
「あ……ああ……でも、その……そこまで気にされないのも何だか……」
申し訳ないって思っているみたいだったから気にしてないよと伝えたのに、高志くんはそれでも何かぶつぶつ言っている。
本当にどうしたんだろうと不思議に思うけれど、いつまでもここで話しているわけにもいかない。
「ごめんね、そろそろいいかな? 着替えて来ないと」
「あ、ああ。すまない、引き留めてしまって」
「ううん、大丈夫。……あ、そうだ」
断りを入れて今度こそ会議室を出ようとして、一つ言い忘れていたことに気付いた。
「ん?」
聞き返す高志くんを改めて見て、笑顔を見せる。
「……うん。イメージちょっと変わるけれど、やっぱりその格好も似合ってるよ」
「っ⁉」
「じゃ、私も着替えてくるね」
そうしてすぐに生徒会室に向かった私は、この後高志くんが顔を真っ赤にして倒れたという事を後になってから聞いたのだった。
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