甘い特訓 後編
幹人くんの大きな手が、優しく髪に触れる。
頭を撫でるようにして、そのままゆっくりと梳かれた。
「……綺麗だな……」
ドキッ
ポツリと、自然と漏れたような言葉に私の心が反応する。
女とは違う硬い手が、私の頭を包むように触れた。
「いい匂いするし……かわいい……」
「っ⁉ っ⁉」
今までの幹人くんだったら口にしないような甘い言葉。
一体全体、何がどうなってこんなことを言うのか。
顔に熱が一気に集まった私は、驚きすぎて声も出せず彼の胸に顔を埋めていた。
「はぁ……メチャクチャ緊張するけど……」
色気すら感じる吐息が耳の近くで聞こえる。
「こうして美来を腕の中に閉じ込めておけるのは俺だけなんだって思うと……嬉しいもんだな……」
「~~~っ‼」
もはや声にならない悲鳴だった。
今までにないくらい顔が熱い。
きっと、誰が見ても顔赤いよって言われるくらいになってると思う。
あまりの甘さに耐え切れなくて、私は更に幹人くんにしがみついてしまった。
「美来?」
でもそのせいで彼に疑問を持たせてしまう。
私の耳の近くにあった幹人くんの頭が上げられ、様子をうかがわれる。
「……」
でも、今口を開くと変な声が出そうで何も答えられない。
赤すぎる顔も見られたくなくてそのまま顔を埋めていると、何を思ったか幹人くんは慌て始める。
「あ、悪ぃ。嫌だったか?」
そう言って腕を離そうとするから、私は更にギュウッと抱き締めた。
違うよ。
だからまだ離さないで。
「み、美来? ホント、どうした?」
嫌だったわけじゃないと伝えたいけれど、やっぱりまだ普通の声は出せそうになくて……。
だから仕方なく、ちょっとだけ顔を見せた。
ずれた眼鏡を片手でチョイと直しながら彼を見上げる。
「え? 美来、なんでそんな赤くなって――っ!」
驚かれたけれど、言葉の途中で幹人くんの顔も私の色が移ったかのように赤くなった。
「っちょ、待った……その顔、ヤバい……」
そう言った口を片手で覆い顔をそらすと、続きをぶつぶつと独り言ちる。
でもすぐ近くにいた私には聞こえた。
「顔赤くて、潤んだ目で上目づかいとか……ちょっ心臓マジで痛ぇ……」
言葉通り、幹人くんの心臓の音もまた大きくなっている。
ドッドッドッドッと、今度は私も同じくらいの速さ。
お互いに真っ赤になって、どうすればいいのか分からない。
でも、離れたいとは思えなくて……幹人くんの背中に回した腕はそのままだ。
彼も同じように思ってくれているのか、離れようとは言わない。
でもこの落ち着かない状況は何とかしないと、と思う。
「ああー……その」
視線を泳がせていた幹人くんが、私より先に声を発した。
「そういえば……昔話のかぐや姫って、最後は月に帰っただろ?」
「へ⁉ あ、うん。そうだね」
赤くなった顔を誤魔化すために言ったからなのか、話題転換だとしてもいきなりすぎる。
あまりにも脈絡が無さ過ぎて、普通に声が出てきた。
でも何でいきなり昔話のかぐや姫のことを?
かぐや姫をチョイスしたのは、私がそう呼ばれているからなんだろうけれど……。
「月に――月の帝の元に帰った」
「月の帝……って、月帝?」
その言い方だと、幹人くんが所属するチーム名を連想するのは当然だった。
「ああ……。だからよ……美来、お前の帰る場所は次の【月帝】総長になる俺のところだって思うんだ。だから……ずっと、俺の側にいてくれ」
「幹人くん……」
それはもうプロポーズなんじゃないの?
なんて思ってしまう。
私は昔話のかぐや姫ではないし、幹人くんだってずっと【月帝】の総長をするわけじゃない。
だから今の話は、ただのたとえ話。
でも、そうだとしても嬉しかった。
ずっと側にいて欲しいと思ってくれているってことだから。
だから、私もその話に乗っかった。
「うん。幹人くんの側が、私の居場所だね」
笑顔で同意すると、嬉し気な笑みが返ってくる。
ああ、本当に幸せ。
幸せで、幸せ過ぎて……照れくさくなってきてしまった。
だから、つい言わなくてもいいことを口走ってしまう。
「でも、それじゃあ今は八神さんが帰る場所ってことになっちゃうよ?」
言ってしまってから余計なことだったなと後悔する。
なんとかフォローをしなくちゃと考えていたけれど、幹人くんは不機嫌になることもなく真剣な目を私に向けた。
「行かせねぇよ」
幹人くんの大きな手が、私の左頬を包む。
「俺が【月帝】の総長になるまでは、帰らせねぇ」
「っ!」
真っ直ぐ見つめる眼差しが少し怖くて……でも、すごくカッコよくて……。
ドキドキドキドキ、鼓動が早まる。
早くも特訓の成果が出ているってことなんだろうか?
こんな風に触れ合っても、息を止めたり倒れたりしなくなっている。
でも、ヘタレ要素が無くなった幹人くんは思っていた以上に甘くてカッコよくて……ちょっと反則だと思う。
「美来……お前のことだけは、八神さんにすら負けねぇって決めたからな……」
近付いて来る顔に、今度こそキスされる! と身構えた。
私のファーストキス、ついに貰ってもらえるのかな?
ゆっくり目を閉じて待っていると、チュッと幹人くんの唇が触れる。
……頬に。
予想していた場所と違っていたことに驚くよりも先に思考が停止した。
……あれ? 口、じゃないの?
戻った思考でもまず出てきたのは疑問。
離れた幹人くんの顔は、少し気まずそう。
「……悪ぃ……口は、その……多分今すると、色々とヤバイ気がして、な……」
耳と頬を赤く染め、照れたように少し視線をそらした幹人くんにキュンッとした。
さっきまでカッコ良かったのに、照れる様子はむしろ可愛い。
そのギャップに、またドキドキと鼓動が早まった。
口じゃないけれど、額より柔らかい場所に幹人くんの唇が触れたことに今更ながら恥ずかしくなる。
これ、口にキスされたら私どうなっちゃうんだろう?
望んでいたはずなのに、こんなにも甘くてカッコイイ幹人くんに唇へのキスをされたら……。
想像しただけで、溶けてしまうんじゃないかと思った。
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