恋人がいる日常 後編

「おはよう。ありがとう……今日はあなただったのね?」


 差し入れのお菓子を受け取りながら彼女――初めて差し入れをくれた後輩を見る。


「はい! やっと順番が回ってきました!」


 嬉しそうな彼女を見て私も笑顔になった。



 たくさんの差し入れを貰って困っていた私。

 相談したすみれ先輩は、差し入れを予約制にしたと報告してくれた。

 予約制にして、一日一人だけという事にしてくれたらしい。

 おかげでちゃんともらったお菓子を消費出来る。


 奈々は冗談交じりで「私たちの分のお菓子なくなっちゃったー」なんて言っていたけれど。


「ハロウィンパーティーのお菓子も調理部の方で少し作らせてもらうことになったんです。美来様、食べてくださいね!」


 頬を紅潮させながら報告してくる後輩は可愛い。

 和やかな気分になって思わずフッと微笑んだ。


「そうなんだ。あなたの作るものはいつも見た目も綺麗で素敵だから、楽しみだよ」

「っ⁉」


 途端、息を呑み胸の辺りをギュッと掴んだ後輩。

 大きく見開いた目で私を凝視している。


「あの……大丈夫?」


 なんだか呼吸をしていない様に見えて声を掛けた。


「っはぁ! だ、大丈夫です」


 やっぱり息を止めていたみたいで、息を整えている。


「美来様……何だか凄くお綺麗ですね? 何かありました?」

「へ⁉」


 思わず大きな声が出た。

 綺麗と言われて何か変わったかと問われたら思いつくのは一つだけ。

 幹人くんと付き合えたこと。

 みんなにも言われていたし、理由がそれだっていうのは分かり切っているけれど……。


「え、えっと……何かあったかなぁ?」


 恋人が出来たからだよ、なんて……。

 親しい友達とかならともかく、それなりに会話したことがあるって程度の後輩に言うには何だか違う気がする。

 普通に照れ臭いし。


 誤魔化す私に、近くにいた奏が助け舟を出してくれる。


「そろそろ教室行かないか? 準備とかもあるだろ?」


 まだ始業まで時間はあるけれど、他にもやることあるだろ、とうながしてくれた。


「あ、そうですよね。引き留めてすみません」


 少し慌てて奏に謝る後輩に、奏は「いいよ、じゃあな」と簡潔に返す。

 私もそれじゃあ、と言って歩き出しながらちょっとだけ後輩ちゃんを見た。


 私相手だとすっごくキラキラした目で見てくる彼女。

 でも、双子の兄である奏には普通だ。


 みんな私たちが双子である事は知っているはずなのに、どうして奏にはああいうファンがつかないんだろう?


 奏も地味な格好は継続中だけれど、私の兄なんだから眼鏡取ればカッコイイって想像はつくと思うのに……。


 不思議だね? と奏に言うと。


「それほど不思議じゃないだろう。俺はお前ほどのカリスマはないからな」


 なんて答えが返って来た。


「カリスマって……」


 私もそんなカリスマなんてたいそうなもの持ち合わせてないと思うんだけどなぁ……?

 やっぱり不思議だよ、と思いながら私たちは教室へ向かった。


 教室で鞄の中のものを出したりしているうちにしのぶたちのも登校してくる。

 三人とまた他愛もない話をしていると、密かに待っていた人が隣の席に来た。


 その気配に彼を見ると、トクンと優しく心臓が跳ねる。


「……はよ」


 いつもと同じ朝の挨拶が、いつもより頬を赤くさせた幹人くんの口から出る。

 照れ臭そうな彼に、昨日のことを色々思い出してしまう。


 抱きしめ合ったこと。

 額にキスされたこと。

 呼び方を変えたこと。


 愛しいっていうのかな?

 胸に温かい感情が宿って、少しでも近付きたいと思った私は立ち上がって幹人くんの目の前に立った。


「おはよう、幹人くん」

「っ!」


 笑顔で彼を見上げて挨拶を返すと、彼は息を呑み口元を押さえる。

 グゥ、と唸る様に喉が鳴ったと思ったら、覆った手の向こうからくぐもった声が聞こえた。


「ウソだろ? 可愛すぎ。抱きしめてぇ……でも壊しそう……」


 なんだか物凄く葛藤させてしまったみたいだ。

 だから、大丈夫だよって伝えるために彼の袖をつまんで軽く引いた。


「私、抱き締めても壊れないよ?」


 みんなの前で口にするのは少し恥ずかしかったから、上目遣いみたいになってしまった。

 もしかしたら抱き締めてっておねだりしているみたいに見えちゃうかな? と更に恥ずかしくなる。


 でも、私が恥ずかしさに悶える前に幹人くんが「うぐぅっ!」と大きく呻いて胸を抑えた。


「美来……今のはマジでヤバい……」


 言い残し、彼は崩れ落ちる。


「え? ええ⁉ 何? どうして幹人くんが倒れちゃうの⁉」


 慌てる私に背後の友人たちから声がかかった。


「美来、見事なノックアウト」

「美来にベタ惚れな久保くんには刺激が強すぎたか」


 奈々、香と続いてしのぶが近くに来る。

 私の肩にポン、と手をのせて。


「恋する乙女の今の美来は普段の十倍可愛いからね。いくら彼氏でもこうなっちゃうよ」


 と何故か納得の声。

 いや、むしろ彼氏だから尚更なのかな? なんて呟きを聞きながら私は困り果てていた。


「ええぇ?」


 十倍とかは流石に言い過ぎなんじゃ……。


「はうっ!」

「ああ! 宮根先輩! お気をしっかり!」


 しかもなんだか教室の出入り口が騒がしい。

 何事かと思ったら人が集まっていて、宮根先輩がドアに寄りかかるように倒れ込んでいた。


 何事⁉ と思っていると、ゆるゆると顔を上げた宮根先輩は頬を染めながら口を開く。


「ああ……美しい上に可愛らしいなんて……美来様、尊い……」

「ええぇ……」


 さらに困ってどうしようかと視線を逸らすと、反対側のドアにも人が集まっていた。


 こちらにはすみれ先輩がいて……。


「美来さん、きゅわわわん……」


 頬を上気させて目を潤ませるほどに気が昂っている様子だった。


「……」


 これ、どう収集つければいいんだろう?

 途方に暮れつつも、私はとりあえず幹人くんを落ち着かせる方を優先したのだった。

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