ハロウィンのかぐや姫

恋人がいる日常 前編

 いつもと同じ朝。

 いつもと同じ登校風景。

 なのに、全てがキラキラして見える。


 青い空はより爽やかに。

 学校前の歩道の街路樹はより生き生きと。

 目にするものすべてが綺麗に見えた。


 好きな人と両想いになって付き合っているという事実が、どんなことも新鮮に受け止めさせてくれる。

 幹人くんがそばにいなくても、幸せな気持ちは続いていてふわふわでキラキラな世界が広がっていた。


 今まで友達とかが惚気のろけたりするのを呆れながら見ていたけれど、こんな気分だったら確かに惚気たくなると思う。

 ……というか、昨晩早速惚気ちゃったし。


 昨日、幹人くんの部屋でずっとおしゃべりしていたけれど、奏から第一学生寮の食堂に夕飯食べに行こうという電話が来たことで二人の時間は終わった。

 名残惜しいけれど明日にはまた会える。

 おやすみ、と別れてからもじわじわ幹人くんと恋人同士になったんだって自覚してきて……。


 終始ニコニコしていて奏には呆れられたっけ。


 食堂ではしのぶ含め友達三人にあの後のことを追求されて……。

 保健室でのこと。

 第二学生寮前で告白されたこと。

 その後幹人くんの部屋でお話したこと。


 私にとって大事な思い出だからそこまで詳しくは話さなかったけれど、それでも一通りの流れは全部聞き出されてしまった。


 そうして食事も終わって別れ際。


「でも良かった。日谷にちやくんが久保くんに運ばれて三人で中庭からいなくなったの見たときは失敗かぁーって思ったから」


 奈々の言葉に私は困り笑顔だ。

 私も告白は延期かな、って思ったもん。


「だよね。ちょっと次の作戦とか考えてたところだったし」


 奈々に同意する香の話を聞いて悪いことしちゃったかな? と思う。

 考えていたという次の作戦を無駄にさせちゃったから。


「ごめん。せめて部屋でおしゃべりする前に簡単なメッセージだけでも送れば良かったね」

「もう。いいの! やっと告白してもらえたところだったんでしょ? 二人きりの時間を邪魔したりしないわよ」


 と、香は強めに私の背中を叩く。


「そうだよ。こうして今聞かせてもらったから問題なしってことで!」


 そしてしのぶが締めくくった。


「ん……ありがとう」

『……』


 三人の優しさが嬉しくて笑顔でお礼を言うと、目の前の三人は揃って呆けたような顔になって黙り込んだ。


「えっと、どうしたの?」


 聞くと、まずしのぶが口を開く。


「……いや……なんか美来、すごく可愛くなってない?」

「え? 特に何か変えたところはないけど……」


 今はもうつねとなった三つ編みのおさげと眼鏡。

 この地味な格好は継続中なので、そんないきなり可愛くとかはならないと思う。


「いや、絶対可愛くなってるって。何て言うか、ふわっとした優しい表情が凄い可愛い!」


 目をキラキラさせて語る奈々に、香もうんうんと頷いた。


「それに綺麗だよね。……やっぱりこれって、両想いの彼氏が出来たから?」

「っ!」


 香の“彼氏”という言葉にドキリと心臓が跳ねる。

 第三者の口からも告げられたことで、また別の意味で実感した。


 別に秘密にしていないし、周りからも付き合ってるって見られるんだよね。

 気恥ずかしいけれど、嫌な気分じゃあなかった。


「そっかー。幸せオーラ全開だからこんなに可愛く見えるんだね」


 奈々の言葉はからかい交じりだ。

 でも、からかわれていると分かっていても否定する気にはなれなくて……。


「……うん。幸せだよ」


 幸せを噛みしめるように微笑んだ。

 一拍置いてから惚気ちゃったな、とちょっと恥ずかしくなる。

 でも、目の前の三人は……。


「可愛い!」

「……きゅんっ!」

「やだ、久保くんに渡したくなくなってきた!」


 奈々、香、しのぶの順でそれぞれ思いを口にすると、三人一緒に抱きついてきた。


「お、おおぅ⁉」


 驚くし、三人一緒に来られると身動きが取れなくなって困る。

 でも嫌ではないから振りほどけなくて、尚更困った。


「……もはや団子状態だな」


 今まで黙って見ていた奏がポツリと感想を漏らす。

 その呆れ顔をフッと微笑みに変えて私を見た。


「久保はまだ頼りないとこもあるけど……とにかく初彼氏おめでとう、美来」


 兄に祝われるのは結構恥ずかしかったけれど、私は「ありがとう」と返したんだ。



 そんな幸せが継続中の私。

 朝食の席でも三人に微笑まし気に見られ、奏には半分呆れられたけれど……。


 ふわふわキラキラの綺麗な世界を歩く私は、一端三人とは別れていつものように校舎の昇降口に向かった。


「おはようございます! 美来様!」


 そして、校舎に入る前に元気な挨拶。


「今日は焼きメレンゲにしてみました!」


 声と同時に差し出されたのは大き目な半透明のラッピングバッグ。

 その中には色とりどりの焼きメレンゲが入っていた。

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