閑話 鈴木香梨奈
中間テストも終わったことで気が抜けた生徒たち。
そこに知らされたハロウィンパーティーイベントにみんな浮足立っていた。
学校側公認でイベントを楽しむのは初めてだから、ちゃちなイベントでもワクワクしている様子が分かる。
でも私は全く楽しめなかった。
原因なんて分かり切ってる。
星宮美来。
夏休み明けに転校してきたあの女の所為で、私の学校生活はメチャクチャだ。
転校生が来るといっても別のクラスだったし、はじめは大して気にしてなかった。
初日にチラッと見たときだって、兄妹揃って地味だなーとしか思わなかったし。
なのに、あんな地味な女の方がいいとか……。
「ふざけてるっ!」
あの日、保健室にあの女が入って来るまでは私と甘い雰囲気を作っていた久保。
別に好き合ってるわけじゃないけど、そういうことをするならある程度疑似恋愛っぽい雰囲気はあった方が盛り上がる。
そうしてお互い気分が高まってきたところに入って来た生徒。
いつもだったらそういう相手に気付かれないようにとスリルを楽しむところなのに……あの女だと分かった途端久保は私に興味を無くした。
あの瞬間の屈辱は今でも思い出せる。
それくらい腹立たしい記憶なんだ。
久保にも腹は立ったけれど、私のプライドを踏みにじったあの女の方が憎らしい。
あんな地味な女に私が負ける?
有り得ない。
何か男を誘うようなことをしたに決まってる。
素朴そうに見えて、案外ふしだらなことを平気でしているんじゃないかって。
だからお似合いの男たちを用意してあげたっていうのに……。
想定外にあの兄妹はケンカが強かった。
抵抗どころか次々と男たちを倒していくし、そのうち久保や双子まで来て場は鎮められてしまうし……。
その結果、私の方が停学を食らうなんてことになってしまった。
しかも私が停学処分を受けている間に、あの女が実は生徒会長や二人の総長が探していた【かぐや姫】なんだと判明したらしい。
初め聞いたときはなんの冗談かと思った。
あんな極上な男たちが二年も求めていた女があの地味子? 有り得ない。
なのに、大勢の生徒がいる食堂で披露された姿は確かに【かぐや姫】と言っても差し支えないほどで……。
納得はしたけれど、同時に憎しみは増した。
極上な男たちにエスコートされて階段を下りる様はまさにお姫様といった感じ。
この学校で、一番愛されるべき王女様とでも言うかのよう。
その立ち位置は、私が欲しかったものだ。
別に男たちに好かれたいわけじゃない。
ただ、その一番の位置にいたいんだ。
このマンモス校じゃあそんな位置づけになれる人間がいるとは思えなかった。
だから、とりあえず今は何かの一番になろうとしていたのに……。
なのに知ってしまった。
その一番という席が存在していたことを。
そして、私は絶対にそこに座ることが出来ないという残酷な真実も。
差を見せつけられた気分だった。
もしかしたら、相手があの女じゃなかったらここまで憎らしいと思わなかったかもしれない。
私をコケにした存在。
私のプライドを踏みにじった存在。
そんな女が、私が手に入れたかった位置にいる。
悔しいとか、腹立たしいとか通り越して、憎らしい。
しかもああやってお披露目したっていうのに、未だに地味な格好を続けている事とかも意味が分からない。
あの地味な状態でも人気の男たちにチヤホヤされているところを見ると、もはや私を馬鹿にしている様にしか見えなかった。
みんなが求める【かぐや姫】のあの女は、地味な格好をしていても愛されるんだと――私とは違うんだと言われている様な気がした。
流石にそれは思い込みだと分かっているけれど、そんな気がして覚えてしまった屈辱は心に残る。
モヤモヤとした気持ちが、ドロドロの嫉妬に変わっていくのが分かっていても止められない。
それでも誰かに吐き出すことが出来れば、憎むまではいかなかったと思う。
愚痴を言って、そうだよねって同意してくれる人がいれば、きっとドロドロとした感情になる前に発散出来ていた。
でも、あの女のお披露目が終わってからは友人たちでさえあの容姿なら納得だよねってスタンスだ。
それでも嫉妬してしまう私に、「嫉妬に狂う女は醜いよ?」なんて笑う始末。
そんな彼女たちに愚痴なんて言えるわけがなかった。
発散することも出来ず、日々積み重なっていく嫉妬と憎しみ。
こんな感情、私一人で抱え込むのは限界があった。
だから……。
「鈴木香梨奈さん、だよね?」
あの女を称賛する声を聞きたくなくてひと気のない場所に来た昼休み。
突然私を呼んだ男の声に警戒しつつも答えた。
「……そうだけど……何の用?」
覚えのある顔だったから答えたけれど、今まで話したことは一度もない。
接点もないのに、どうして私を知っているのか……。
「ちょっと……君があの【かぐや姫】を嫌ってると聞いてね」
「っ⁉」
にこやかに告げられた言葉に警戒を強める。
どうして知っているの?
誰に聞いたの?
ううん、それよりもそれを知って私に何をするつもりなんだろう。
今ではあの女の信者は多い。
そういう奴らにとって、あの女に危害を加えようとした上に未だに嫌っている私は良く思われていないだろう。
この男だってあの女を好ましいと思っているに違いない。
あの女を嫌っている人なんて私くらいしかいないみたいだし、大抵男はたらし込まれてるみたいだから。
「ああ、そんなに警戒しないでくれるか? 悪いようにはしないから」
でも、目の前の男は私に悪感情をまるで抱いていないような笑みを浮かべる。
まだ疑わしい気はしたけれど、話を聞いてみてもいいかもと思えるくらいには警戒を解いた。
「……何なの?」
「実はね、俺にとってもあの子は邪魔な存在なんだ。どうにかこの学校から追い出したいんだよ」
「……」
本当なの?
一度失敗しているから、どうしても疑い警戒してしまう。
でもそんな私の態度も想定内なのか、相手は笑顔を崩さず続ける。
「あの子を良く思っていない人は少ないから、君が協力してくれると助かるんだ」
「この学校から追い出すのを?」
「ああ、そうだ。……あと、ついでにちょっと痛い目に遭ってもらいたいなと思っているくらいかな」
「……」
その言葉に、私の中で積み重なっていたあの女への憎しみが揺れた。
学校から追い出すことができれば……私の視界に入らなくなれば、この持て余している憎しみの炎も消火していくかもしれない。
それに、ちょっと痛い目に遭ってもらうという言葉は甘美な響きに聞こえた。
ドロリとした感情が、喜びをうったえている。
何より、この重苦しい嫉妬の気持ちをもう一人では抱えきれない。
だから、彼を完全に信用したわけじゃないけれど……。
「いいわ。話を聞かせて?」
私の中にある悪感情を吐き出す術に、乗った。
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