夕日色に染まった君と 前編

 久保くんと一緒の帰り道。

 校門から学生寮までの短い間だけの下校。


 夕飯まで時間があるから一度帰ろうとする私に、久保くんが「俺も」と一緒に来てくれた。

 二人並んで校門を過ぎた辺りで、何かメッセージが届いたのか久保くんはスマホ画面を真剣な表情で見つめる。


「……誰から?」


 足を止めてジッと見ているので、そんなに考え込むような内容なのかな? と不思議に思って聞いてみる。


「あ、ああ……八神さんからなんだけど……見てもらった方が早いか」


 言うと、持っていたスマホを私に見せてくれた。


【千隼から話は聞いた。悪かったな……。とりあえず今日はゆっくり休め】


 八神さんからこんなメッセージが来るってことは、坂本先輩すぐに伝えてくれたんだ……。

 と思いながら読み進めていると。


【でもな、美来のことを諦めたわけじゃねぇから。それだけは覚えとけ】


「……」


 なんなんだろう。

 みんながみんな諦めないって。

 この分だと如月さんも同じこと言いそうだな。


「なんか、生徒会長といい八神さんといい、諦めが悪いっつーか……」

「ホントそれだよ」


 苦笑いする久保くんに大きく頷いて同意する。


「……気持ちは分かるけどな」


 と続けた久保くんはそのまま少し黙り込んでしまった。


「……どうしたの?」


 聞くけれど、少し視線を逸らされて「帰るか」と歩き出してしまう。

 そのまま会話が途切れて、私たちは第二学生寮までの道のりを話もせずにゆったりと歩く。


 ただ一緒に帰ってるだけ。

 それも悪くはないんだけれど、やっぱりもっと話したいな。


 歩みを進めながら、チラリと久保くんを見る。


 柔らかそうな猫っ毛の金髪は夕日に染められてほんのりオレンジ色。

 何か考え事をしているのか、焦げ茶の目は前方を一点だけ見つめている。


 カッコイイなぁ……。


 自然と思った。

 私の周囲にいる男の人は何故かみんなイケメンだから、久保くんだけ顔が良いってわけじゃない。

 でもやっぱり久保くんが一番カッコイイなぁって思ってしまう。


 こういうのが恋の魔法ってやつなのかな?

 それとも恋は盲目?


 どっちにしろ私がカッコイイと――好きだと思う男の人は久保くんだけなんだ。


 好きな人と一緒に下校。

 こういうシュチュエーションも憧れてた。

 

 これで恋人同士ならもっといいのに。

 そんな願望が湧き上がってくる。


 告白って、待っていた方がいいのかな?

 いっそ私から――。


 そう思って考え込むように下ろしていた視線を上げてみると。

 

「あ……」


 丁度学生寮についてしまった。

 一緒の帰り道も、もうおしまい。


 そう思った途端私から告白しようと思った気持ちがしぼむように無くなっていく。

 時間切れのような気分になって、言おうとした言葉を呑み込んでしまった。


「……ついちゃったね」

「ああ……」


 代わりに出た言葉はただの事実。

 同意した久保くんの声も心なしか残念そうだった。


 でも仕方ないか……今日は諦めよう。

 坂本先輩たちももう邪魔はしないって言ってたし、また機会はあるよね。


 それに、告白してくれるのを待ってるって言ったのは私だし。

 そんな風に今日の所は諦めて、私は笑顔を作る。


「じゃあ、また明日ね」


 何となく足を止めちゃったけど、ついちゃったからには部屋に帰らないと。

 そのまま歩き出した私だったけれど、袖がクッと引かれる感覚に足を止めた。

 見ると、久保くんが引き留めるように私の制服の袖を掴んでいる。


「……」

「どうしたの?」


 振り返って目を合わせても無言の久保くんに私の方から話しかけた。

 無言のまま、真剣な目で見つめられてドキドキしてしまう。

 だって、この目はさっき保健室で見たものと同じに見えたから……。


「……美来……俺さっき、お前のことをどう思っているのかは話したよな?」

「う、うん」

「でも肝心なこと、まだ言えてねぇ……」

「っ……それって……」


 ドキドキ、ドキドキ。

 期待に胸が膨らむ。


 一度息を吐いて、深く吸い込むと久保くんは一気に言葉を放った。


「美来、俺はお前が好きだ。お前以外の女なんて見えないくらい、惚れてる」

「っ!」


 嬉しさに息を吸い込んで、今の言葉が幻だったらどうしようとそのまま止まってしまった。

 でもゆるゆると息を吐いても、目の前の真剣な目は変わりなくて……。

 夕日以上に赤くなった彼の耳が、事実を物語っていて……。


「ありがとう、嬉しいっ」


 私の言葉に少しホッとしたように彼の目元が緩む。

 そんな仕草も好きだなぁって思って、私も同じ言葉を口にした。


「私も、久保くんが好きだよっ」


 笑顔で伝えた想い。

 ちゃんと伝わった証拠に、久保くんの顔が今まで見たことのないような笑顔を作る。

 顔を赤くしながらも、心から嬉しそうな、無邪気な子供みたいな笑顔。


「そっか……ありがとな」


 あどけなさすら垣間見えるその笑顔に、胸がきゅうぅんっと締め付けられる。


 どうしよう、今のでもっと好きになっちゃったよ……。


 好きという思いは、積み重なっていくんだと初めて知った。

 これからもこんな風に好きが増えていくのかなって思うと、未来は楽しい事しかないように思えてしまう。


 そんなわけないことは分かっているけれど、今の私は心の底から溢れる多幸感を無くすことなんて出来なかった。


「……はあぁ……でも、ホント良かった」


 赤い顔を落ち着かせるためか、大きく深呼吸をした久保くんはしみじみといった様子で話し出す。


「もしかしたら断られるんじゃねぇかと思ってたから……」

「え⁉」


 まさかの言葉に驚きを隠せない。


「え? だって、私告白待ってるとかすごい分かりやすいこと言ってたよね?」


 あのとき久保くんは、その意味を理解したから顔を真っ赤にして挙動不審になったんじゃないの?


「そ、れはまあ……そうなのかなとは思ったけどよぉ……」


 照れているのか気まずいのか、首の後ろを掻いた久保くん。


「でも、美来に好意を持ってるやつは大勢いるし……もしかしたら告白を待ってるって言葉も本当は断るつもりで、ただあんな状態で気持ちを知られた俺を憐れんだだけかもとか色々考えちまってよ……」


 チラッと、私の様子をうかがうように視線だけを上げた。


「……だから、やっぱ結構……いや、かなり緊張したんだぜ?」

「久保くん……」

「でも、やっぱちゃんとしたかったからよ……俺が告白すんの、待っててくれてありがとな」

「っ!」


 気恥ずかしそうにはにかんだ表情に、胸から溢れる思いが止まらない。

 私はその思いのまま、抱きついた。


「っ⁉ み、美来⁉」


 突然抱きついた私に、久保くんは一瞬硬直して驚きの声を上げる。

 きっとまた顔を真っ赤にして慌てさせちゃってるんだろうなって思った。


 私が風邪を引いた後から、触れるだけで逃げ出しちゃうようになった久保くん。

 今は少しは慣れたのか、側にいて話すだけなら普通に接することが出来るようになった。


 どうしてなんだろうと思っていたけれど、まさか触れれば消えてしまいそうな妖精みたいに思われてたなんて……。


 でも。


「私はいなくならないよ。こうして抱き締めても、消えたりなんかしないから」


 久保くんの胸に埋めた顔を上げて赤い顔を見た。


「告白してくれてありがとう」

「っ!」


 短く息を吸い込んだ久保くんは、ゆっくり私の背中に腕を回す。

 そのまま優しく抱き締めてくれた。


「好きだ……本当に、どうしていのか分からないくらい……好きだ、美来……」

「うん、私も。久保くんが好き……」


 そうして私たちは他に人が通りかかるまでそのまま抱き合っていた。

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