保健室で③

 いや、邪魔されてるんじゃないかなぁとは思っていたし、坂本先輩が実は腹黒いってのも分かっていたけれど……。

 まさかこんな面と向かって言われるとは思わなかった。


「は? どういう――?」


 久保くんも意味が分からないとでも言うように困惑の声を上げる。


「……でも、そろそろ限界かな?」


 坂本先輩は久保くんの言葉には答えず、少し寂しそうに笑ってベッドの高志くんを見た。


「高志にもこれ以上無理をさせるわけにはいかないからね」


 その様子に、私は真面目な顔になって静かに問い質す。


「……つまり、ハロウィンパーティーの開催準備をさせて私と久保くんを極力会わせないようにしていたってことですか?」


 もしかしてとは思っていた。

 だって、いくらなんでも急すぎだったもの。

 結構強引に進めていたし。

 初めはどうしてなのか分からなかったけれど、こうも久保くんと会ったり話したり出来ないとなると疑いたくもなる。


「……まあ、ちょっとした意地悪だよ。俺は――俺たちは君のことが好きなんだよ? 君が誰か一人を選んでしまったら、他の男たちはみんな失恋ってことになる。……悔しいじゃないか」


 ねたような表情をする坂本先輩を睨みつける。


 そんな子供みたいな表情したって騙されないんだから!


 こんな本来の坂本先輩からかけ離れている表情をするときは完全に演技だ。

 最近、生徒会のお仕事を一緒にしていたから嫌でも見て理解したし。


「だから、ちょっとした意地悪で会わせないようにしてみたんだ」

「……それ、やっぱり八神さんも協力してたってことっすか?」


 黙って様子を見ていた久保くんが感情を見せない顔で質問する。

 今度は答えるつもりがあるのか、坂本先輩は久保くんの方を見た。


「そうだよ。……まあ、司狼はこういうの好きじゃないから初めは難色を示したけど……」


 それでも如月さんも賛同したし、何よりやっぱり八神さん自身も悔しいとか複雑な感情があったんだろう。

 結局は協力してくれることになった、と聞かせてくれる。


「……そっすか」


 八神さんを慕っているらしい久保くんはショックだったかな?

 そう思ったけれど、彼は仕方なさそうに笑みを浮かべて「八神さんらしいっす」とだけ口にした。


 なんだか納得はしているみたい。

 でも、全くショックを受けていないってわけじゃなさそうだ。


 そんな久保くんを見ていると胸が苦しくなる。

 私は彼を悲しませた坂本先輩をまた睨みつけた。


「悔しいとか、その気持ちは分からないわけじゃないです。でも、だからってこんな風に周りを巻き込んで邪魔するのはどうかと思いますけど⁉」


 明らかに怒りだした私に、坂本先輩は静かに悲しそうに微笑みながら「ごめんね」と謝る。


「私だけじゃないです。久保くんも……高志くんなんて倒れちゃうほどこき使われて!」

「それは違うよ」


 でも続けた私の言葉にはハッキリと否定が投げられた。


「は? 違う?」


 意味が分からない。


 高志くんは生徒会の仕事を沢山して倒れてしまったんじゃないの?

 完全に巻き込まれた人じゃないの?


 頭の中で疑問が巡る。

 そんな私に、坂本先輩は初めて見るような威圧感のある真剣な顔をして続けた。


「高志に関しては別件だ。むしろこうして倒れるように仕組んだからね」

「なんで、そんな……?」

「……高志には、今のうちに自分の限界を知っておいて欲しかったんだ」


 高志くんに視線を向けた坂本先輩は、その目に厳しさを宿らせつつフッと力を弱める。


「高志は真面目で頑張り過ぎるから……。大人になって俺の側近として働くようになったとき、こんな風に倒れてもらったら困るんだ」

「そ、れって……」

「体調を崩すだけならまだいい。でも精神的な意味で動けなくなってしまったら仕事だけでなく生活にも支障をきたす」


 だから今のうちに自分の限界を知って欲しいから、ハロウィンパーティーという仕事を増やしたんだと語った。


「それに、事実ハロウィンのイベントに関してはどうにかしなきゃなかったからね。俺がいるうちに解決とまではいかなくとも指標になる程度のことはしておきたかったんだ」


 威圧感が無くなり困り笑顔になった坂本先輩。

 つまり、ハロウィンのイベントをどうにかしたいと思っていたから丁度良いと思って高志くんに自分の限界を知ってもらって、ついでに私と久保くんの邪魔をしようとしたってこと?


「……」

「……や、でも邪魔をすんのはやっぱ酷くないっすか?」


 うっかり納得しそうになったけれど、久保くんの言うとおりだ。

 坂本先輩の感情的な部分は置いておくとして、人の邪魔をするのは普通に良くない。


「ははっ、まあ、そうだよね」


 笑って同意する坂本先輩には反省の色が見えなくて……。


 これ、やっぱり怒っていいところだよね?


 また文句を言ってやろうかと思っていると、坂本先輩は笑みを仕方なさそうなものに変える。


「でもまあ、これ以上は本気で嫌われてしまいそうだしね。もう邪魔はしないよ」

「え……?」


 邪魔はしないと言われて、喉元にあった文句が奥へ消えた。


「元々ちょっとした障害になればいいなって程度だったし。……あ、でも美来さんを諦めたわけじゃないから」

「は?」


 邪魔はもうしないけれど、諦めたわけじゃない?

 よく分からなくなってきて、聞き返すことしか出来ない。


「大人になればまた好きな相手も変わるかもしれないだろう? だから今回は彼に譲るってだけさ」

「譲るって……」


 呆気に取られていると、隣の久保くんが「は?」と怒りを滲ませた声を上げた。


「美来はものじゃねぇっすよ? 譲るとか……そういう言い方しないでくれないっすか?」

「……久保くん」


 そんな些細な言い回しにも反応してくれる久保くんに、トクンと優しく胸が鳴る。

 それほど思ってくれているんだと、嬉しくなった。


「……そっか。そうだね、すまなかった。……でも、そうか……。そんな君だから、美来さんは選んだんだね」


 最後の方は小さく呟いた坂本先輩。

 その表情は演技でも何でもない寂しそうな笑みだった。


「坂本先輩?」


 でも、私が呼び掛けるとすぐに普段の王子スマイルに戻った。


「まあとにかく、高志をここまで運んでくれてありがとう。司狼には言っておくから、たまには早く帰ってゆっくりするといい」


 そんな言葉で締めくくり、坂本先輩は私たちを保健室から追い出したのだった。

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