保健室で②
「でも多分、本当はもっと前から惹かれてたんだと思う。……じゃなきゃ、八神さんにセフレにすんのダメだとか言われた時点で諦めてただろうからな」
「……」
……そういえば八神さんにたしなめられた後の久保くんは、カノジョなら良いんだろ? とか頓珍漢なことを言っていたっけ。
あのときの呆れも思い出しつつ、私は黙って続きを聞いた。
「とまあ、そうやって惹かれていたところにお前の素顔だろ? インパクト強すぎなんだよ」
「インパクトって……」
「本気で妖精かもとか思ったんだぞ? 触ったら消えちまいそうな気がして、怖かったんだよ……」
笑いたきゃ笑え、と頬を染めて視線を逸らす久保くん。
そんな彼の腕にそっと触れて、「笑わないよ」と伝える。
「惹かれている相手が消えちゃうんじゃないかっていう怖さは、結構分かるから」
そう口にして思い出すのは文化祭前日の夜――二度目の抗争のときのことだ。
刃物がギラついて、久保くんの腕が血に染まって……嫌だと思ったあの気持ちはまだ鮮明に思い出せる。
「美来……?」
不思議そうに私に視線を戻す久保くん。
見ると、その目には戸惑いも見て取れる。
惹かれている久保くんがいなくなってしまいそうで怖かったんだって、伝わっていないみたい。
私と久保くんは両想いだってことはきっと久保くんも分かってる。
私が告白の仕切り直しを待ってると言ったときの久保くんの反応を思えば、気付いているだろうって分かるから……。
でも、私がどれくらい久保くんのことを思っているのかってところはちゃんと分かっていないのかもしれない。
私の心の大部分は、もう久保くんで占められているっていうのに。
「……腕のケガ、もう大丈夫?」
少しでも伝わって欲しいなって思って聞いてみる。
でも久保くんは深い意味には取らなかったのか、目を瞬かせてから笑みを浮かべた。
「え? ああ、痕はまだ残ってるけど傷は完全に塞がったよ」
伝わらないことを少しもどかしく思ったけれど、まあいいかと小さく息を吐く。
今はこんなにすぐ近くにいるんだもん。
側にいられる。
側にいてくれる。
最近中々話も出来なかったせいもあって、それだけでも嬉しかったから……。
だからただ、ケガが治って良かったと口にする。
「そっか、良かった……」
「……美来」
小さく微笑んだ私を久保くんは静かに呼ぶ。
ん? と返すと、彼の腕に触れていた手に硬い手が触れた。
ギュッと握られて、心臓が跳ねると同時に息を呑む。
「っ!」
でも、息を呑んだのは久保くんも一緒だった。
顔を真っ赤にして、握った手が少し緩む。
自分で握ってきたっていうのに、恥ずかしくなっちゃったのかな?
でも、久保くんの硬くて大きな手は緩んだだけで離れてはいかない。
「美来……」
もう一度呼ばれて彼の顔を見ると、頬を赤く染めつつも真剣な目をしていた。
これって……。
期待と緊張で胸が膨らむ。
少し熱を持ったかのように潤む久保くんの瞳に、私が映っているのが見えてドキドキする。
「俺、はじめの頃は結構嫌なやつだったと思う。自分でもクズだなぁって思ってたし……。でも美来を知って、変わった。……その、全部が良い方にってわけじゃねぇとは思うけどよ……」
「……うん」
続く言葉を――待っていた言葉を聞きたくて、私は促すように相槌を打った。
「とにかく、今の俺は女遊びもしてねぇし、比較的真面目に生活してるし……その……」
何かの言い訳のようにそんなことを口にして、自分でも言わなくていいことだったかもとか思ったのかな?
少し気まずげに視線を揺らす。
そんな久保くんがちょっとおかしかったけれど、ここで笑ったら中断させてしまう気がして微笑むに留めた。
そうして待っていると、気を取り直した久保くんは眼差しを真剣なものに戻して私を見る。
「とにかく俺は変わったってことが言いたいんだ。……美来、お前のおかげで」
「久保くん……」
「……」
数秒、そのままの体勢で黙り込む。
私は急かさず、駆け足になる鼓動を落ち着かせながら久保くんを見上げていた。
意を決したように彼の唇がグッと引き結ばれる。
それがほころんで開かれると……。
「美来、俺はお前が――」
コンコン
「失礼します」
『っっっ⁉』
突然のノックと誰かが入って来た様子に、私と久保くんはビクゥッと大きく肩を揺らしてどちらともなく手を離した。
「ごめん美来さん、電話気付かなくて。高志が倒れたってメッセージがあったけれど……?」
真っ直ぐベッドに近付いてきたのは坂本先輩だった。
どうやらメッセージを見て慌てて来てくれたみたい。
「あっはい。中庭で倒れて……丁度久保くんが来てくれたのでここに運んでもらったんです」
答えつつもまた邪魔されちゃったなぁと思った。
けれど、今回は完全に不可抗力だと思うから仕方ないと諦める。
チラリと久保くんを見ると、ものすごく複雑そうな顔をしていた。
まあ、そんな顔もしたくなるよね?
「……もしかしてお邪魔だったかな?」
久保くんの表情から読み取ったのか、坂本先輩が軽く首を傾げながら聞いて来る。
「えっと、それは……」
久保くんはムスッとしてしまって答えそうにない。
だから私が口を開いたけれど、邪魔だともそんなことはないと嘘を吐くことも出来ず歯切れが悪くなった。
「……そうか、邪魔だったか」
ハッキリ答えない私にそんな納得の声が掛けられる。
もしかしたら私の顔にも感情が現れてしまっていたのかもしれない。
うう……読み取って貰えてよかったのか悪かったのか……。
複雑な気分でいたけれど、坂本先輩は特に気分を害したようには見えなかった。
むしろ……。
「良かったよ、直接邪魔出来て。これで少しは胸がすく」
「は?」
フッと、黒い笑みを浮かべる坂本先輩に私は数秒固まった。
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