保健室で①

 保健室の先生は会議中らしく不在だった。

 仕方ないので、とりあえず高志くんをベッドに寝かせて体温を測る。


「39.5℃……冷やさないと」


 高いと思っていたけれど案の定だ。


「あー、確か冷却シートこの辺に置いてあったような……お、あった」


 久保くんがすぐに冷やせるものを探してくれて助かった。

 私はあまり保健室にお世話になることはないからどこにあるかも分からないし。


「あとは病院だな。つっても先生いねぇと家の方に連絡も出来ねぇし……」

「とりあえず坂本先輩に連絡しておこうかな? 高志くん、生徒会の仕事の途中みたいだったし」

「ああ、そうだな」


 久保くんも同意したのですぐに電話をかけてみた。

 でも携帯していないのか気付かないのか、坂本先輩はなかなか電話に出ない。

 仕方ないのでメッセージを送っておいた。


《お疲れ様です。高志くんが倒れました。今保健室で寝かせています》


 と、簡潔な文章で。


 あとは高志くんの眼鏡を取ったりブレザーを脱がせたり、出来ることをして先生が来るのを久保くんと二人で待った。


 高志くんを寝かせたベッドが見える向きで、隣のベッドに久保くんと並んで座る。

 辛そうな高志くんの様子を見つめていたら、なんとなく無言になった。


 久しぶりに久保くんが側にいて、話しが出来る状態。

 なのに、いざ話せるとなると何を言えば良いのか分からない。


 忙しそうだけど体調は大丈夫なのかとか、告白の件はどうなったのかとか。

 聞きたいことは沢山あるはずなのに、声を出そうとすると沈黙に押されたように音が出せない。

 気ばかりが焦って息苦しくなるくらいだ。


 ……私、もしかして緊張してるのかな?


 久々に久保くんの側にいて、嬉しいって思うと同時に心臓がドキドキと大きく鳴って息がしづらい。

 こんなんじゃあまともに話せるわけがないよ。


 片手を胸に置いて、まずは落ち着こうと周囲に視線を巡らしながら呼吸を整えた。

 何度目かの呼吸で少し落ちついた私は、少し前にこの三人でこの保健室にいたときのことを思い出す。


 あのときも確か高志くんは初め寝ていて、久保くんは香梨奈さんといたんだっけ……。


「……」


 なんだか、胸がもやぁっとする。

 香梨奈さんと久保くんは、別に好き合ってたわけじゃないって分かっているんだけど……。


 それにあの体育館倉庫の件以降二人が会っている様子はないし。

 今の久保くんが私以外の女の子に手を出すっていうのは、もう想像も出来ないけれど……。


 それが分かっていても、モヤモヤした。


 私、嫉妬してる。

 自覚して、そんな心の狭いことを思ってしまうなんてと自分が嫌になりそう。

 ムスッとした表情も、隠せないでいた。


「……美来? どうした? 眉間にしわ寄せて」


 案の定、隣に座る久保くんに気付かれてしまう。


「……何でもないよ」

「何でもないって顔かよ」


 突っ込まれてしまい、ダンマリを決め込もうかと迷う。

 でもそうしてしまうと多分そのまま話せずに終わってしまうだろうし……。


 数秒迷って……。


「前に久保くんとここにいたときのことを思い出してたの」


 とだけ伝えた。


 嫉妬してるってバレちゃうかな?


 なんて思いながら彼の表情を伺っていると、久保くんは「え?」と小さく声を上げた後一気に顔を赤くさせる。


「っあ、えと……あのときは、だな!」


 あのときは飄々としていたけれど、今の久保くんは香梨奈さんと一緒にいたことを恥ずかしいと思っているのかな?

 そう思うくらい真っ赤だ。


 でも、何だかちょっと思っていたのとは違ったみたい。


「その、自覚はなかったけど、多分あのときから俺は美来のことが欲しくて……」


 ……私?

 香梨奈さんのことじゃなくて?


「だからその、押し倒したのも若気の至りっつーかなんつーか……」

「……」


 久保くんの言葉に一瞬キョトンとしてしまう。


 あ、もしかして久保くんは香梨奈さんと一緒にいた事じゃなくて、その後に私を押し倒したときのことを思い出してるの?


 それを理解して、目をパチパチさせてしまう。


 あのときのことを思い出していたって言葉で、一番に思い出すのは私のことなんだ……。

 それが分かって、モヤモヤしたものが気恥ずかしさに変わった。

 嬉しいような……でもやっぱり恥ずかしいような。


 そんなじれったい気持ちで胸がいっぱいになり、香梨奈さんのことなんて奥に追いやられてしまった。


「とにかく! あんな無理矢理押し倒すようなマネ、もうしねぇよ」

「……うん」


 そうだね。

 今の――私が好きになった久保くんは、ちゃんと私を大切に扱ってくれてるもん。

 ちゃんと、分かってる。


 温かい気持ちに、自然と笑みがこぼれた。


「だからその……嫌わねぇでくれよ……」

「え?」


 しゅん、とした様子の久保くん。

 フワフワの猫っ毛も少しへたっとなっている様に見える。

 でもどうして嫌うとかって話になるのか分からない。


「『え?』って、あのときのこと思い出して不機嫌そうな顔してたんじゃねぇのか?」

「あ、ううん。いや、そうだけどそうじゃないって言うか……」


 今度は私が慌てた。

 思い出していたのはその前の香梨奈さんといたときの方だよ、なんて今更言えない。


 こ、ここは誤魔化すしか!


「それはそれとして、あのときに比べたら本当に久保くん変わったよね? 押し倒すどころかちょっと触っただけで逃げちゃうんだもん」

「うっ……今は、逃げたりはしねぇぞ?」


 私の誤魔化すための強引な話題転換に、久保くんは言葉に詰まりながらも話に乗ってくれた。


 よし! 誤魔化せた!


「確かにあの頃に比べたらちゃんとお話もしてくれるようになったよね」


 フフッと笑って思い出す。

 久保くんがあからさまに変わったのは、丁度私のいじめ問題が解決して熱を出した後のことだった。


「久保くんが変わったのって、私の素顔を見たから?」


 確か、奏が迎えに来るまで看病してくれたときに見たと言っていたはずだ。

 あの後に顔を合わせてから純情っぽくなっちゃったから、多分そうなんだろうと思ってた。


「決定的だったのはそうだけど……その前、お前が【月帝】の下っ端を蹴散らしてるところを見たからだろうな。……あのときの美来、すげぇ綺麗で……見惚れた」


 でも、久保くんの話だとそれよりも少し前からだったらしい。

 初めて聞く話に、私はちょっとドキドキしながら耳を傾けた。

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