告白の障害②

 私が食べ終わる頃には、すでに久保くんは席を立っていていなくなっていた。

 八神さんは食後いつもゆったりだから、私の方が先に席を立つことになる。


 食後のお茶をたしなむ八神さん。

 いつもならちょっかいを出されなくて助かると思っているのに、今日ばかりは恨めしく思えてしまう。


 久保くんにはたくさん仕事押し付けておいて、自分は優雅に紅茶飲んでるんですか⁉って。


 思わずジトリと睨むけれど、彼は気づいているのかいないのか……。

 普段の野性的な雰囲気からは想像できないくらい優雅にカップを口に運んでいた。


 文句を言いたい気分でもあったけれど、久保くん本人が八神さんに不満を覚えていないのに私が言うのもおかしい気がして口には出来ない。


「……お先に失礼します」


 だから、結局いつもと同じように断りを入れて席を離れる。


「美来さん!」


 しょんぼりしながら階段まで歩いていると後ろから声を掛けられた。


 【月帝】のテーブルの方から八神さん以外の声がしたことに少し驚きつつ振り返り、あ!っと思う。


「なんて言うか……司狼がごめんな?」


 久保くんへの対応や、私が話しかけようとするのを邪魔したことへの謝罪だろう。

 でも、本人からの謝罪じゃないのに受け入れることは出来ない。


 何より、目の前の人物を見て私はそれどころじゃなかった。


「い、いえ……稲垣さんが謝ることじゃあ……」


 声を掛けられるまで彼の存在を認識していなかった私は、何とか戸惑いを隠そうと必死になる。


 きっと、今日だけでなく毎回昼食時にはいたんだと思う。

 でも私はことごとく彼の存在に気づけなかった。


 本人も存在を忘れられることは仕方ないと諦めているみたいだけれど、だからといって忘れてましたなんて言えないし。


 でも隠すのが苦手な私はやっぱり表情に出てしまっていたんだと思う。

 稲垣さんは困った笑みを浮かべていたから。


 それでもそこはスルーしてくれた。


「……司狼もそうだけど、やっぱりみんな美来さんのことが好きだからさ。一人に取られたくないって気持ちはどうしたってあるんだと思う」

「……はい」


 そこは理解しているつもりなので素直にうなずいた。


 私も、久保くんが誰か別の人を本気で好きになっていたらと考えると少なからず嫉妬の気持ちが湧いて来るだろうから……。


 想像できてしまうからこそ、みんなの気持ちを否定することは出来ない。


 私の横に並んだ稲垣さんはそのままゆっくり歩いて私にも歩くよう促した。


「それに、あまり幹人をいじめると君に嫌われるだろうってことも分かってるはずだからな。邪魔をするのも今だけだよきっと」

「そう、でしょうか?」


 階段を下りながら幾分納得いかない返事をする。

 でも、そうであればいいとも思った。


 告白とか置いておくとしても、単純に久保くんと一緒に居たい。

 好きな人の側にいて、他愛ない話をしたい。

 そんな小さな幸せが欲しい。


 もう完全に久保くんロスみたいになっていた。


 こういうとき、私って本当に久保くんのことが好きなんだなぁって実感する。

 これだけ好きになれる人が出来たってことが純粋に嬉しい。

 その喜びにちょっと浸っていると、階下から視線を感じた。


 思わず顔を向けると、私を睨む目と視線がかち合う。


「っ!」


 息を呑む私をそのまま睨みつけているのは香梨奈さんだ。


 この前体育館倉庫で「許さないから」と言われてからというもの、どこかですれ違ったりバッタリ会ってしまったときにこうして睨まれるようになってしまった。

 ハッキリ言ってしまうと八つ当たりされているだけだと思うんだけど、彼女にとってはそんなこと関係ないみたい。

 とにかく私のことが気に入らないって感じに見える。


 今のところ睨んでくるだけで何か仕掛けてくるようには見えないけれど……。

 でも、そのうちとんでもないことをしでかすんじゃないかっていう危うさみたいなものを感じていた。


「美来さん? どうした?……あの子は?」


 一緒に歩いていた稲垣さんが私の変化に気付き、そして香梨奈さんを見る。


「あ、いえ……何でもないんです。ちょっと彼女には嫌われているみたいで……」


 あそこまで睨まれているのを見られて何でもないだけで納得してくれるとは思えなくて、少しだけ説明した。


「え? 美来さんを嫌うような子がいるのか⁉」


 でもそれはそれでとても驚かれてしまう。


「いや、誰だって全ての人から好かれることなんて出来ないですよね? 私を嫌いな子がいてもおかしくないですよね?」

「まあ、それはそうなんだけど……君、男女問わず人気だから」


 驚きの表情のまま稲垣さんはもう一度香梨奈さんの方を見る。


「でもそうか、そういう子もいるのか……」


 驚きや戸惑いの混じった何とも言えない顔で、彼はそんな風に呟いていた。


***


 その日の放課後、私は教室で項垂れていた。

 少しは話せるかと思っていたお昼も結局久保くんとは一言も話せなかったし。

 八神さんも結構あからさまだったし、稲垣さんも謝るくらいだからやっぱり邪魔されてるんだろうな。


 稲垣さんは今だけだよって言っていたけれど……。


「でもやっぱり寂しいよ……」


 机に突っ伏すようにして、今は誰も座っていない隣の席を見る。

 久保くんは今日午後の授業を受けに来ていない。

 昼休みが終わりそうになっても来ないからメッセージを送ってみたら八神さんに頼まれた仕事がもう少しかかるからって返って来た。

 その後は流石に本気で眠いから保健室で放課後まで寝てるって。


 ちゃんと休んで欲しいからそれは良いんだけれど……。

 でも会うことすら出来ないのは寂しい。


 切ない気分で久保くんの面影を探すように彼の席を見ていると、突っ伏している私の頭をポンポンと叩く手があった。


「好きな人と会う事さえ出来ないんじゃあ寂しいよね?」


 しのぶの声に顔を上げる。

 私の心に寄り添ってくれる言葉と慈愛に満ちた微笑みに泣きそうになった。


「しのぶ~」


 震える声で名を呼び目じりに涙を溜めていると、香と奈々も近くに来てくれる。


「流石にここまで来ると見ていられないね」

「そうだよ! みんな美来のこと好きなのは分かるけど、ちょっとやりすぎ!」


 香は真面目な顔で、奈々はプリプリと。

 それぞれ私のことで怒ってくれていた。


「香……奈々……」


 寄り添ってくれる友人たちに感動してしまう。

 本当に泣いちゃいそうだよ。


「香、奈々。ここは私たちが立ち上がるところじゃない?」


 しのぶが二人を見上げて二ッと笑う。

 二人は一度顔を見合わせてから、しのぶを見下ろして同じように笑った。


「そうだね、早く元気な美来に戻ってほしいし」

「もっちろん! 美来のために一肌脱いじゃうよ!」


 何だかやる気満々になった三人。

 私はそんな彼女たちを頼もしさ半分、何をするつもりなのか分からない不安半分で見上げていた。

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