心を結ぶ
心配する兄
「お前の『大丈夫』を信じた俺が馬鹿だった」
私を正座させて目の前に仁王立ちになった奏が言う。
その表情は静かな怒りを湛えていた。
私の隣で何故か一緒に正座している久保くんをチラリと見る。
なんで俺も正座してんだろう? という顔だけれど、奏の様子に口を出せないみたいだった。
巻き込んじゃったなぁ。
そう思いながらこうなった経緯を思い起こした。
***
朝、食事も終えて高峰組を後にした私は、二日前別れた奏たちと駅で合流した。
第二学生寮に歩いて帰りながら、お互いにどんな事があったのかを報告し合う。
「へぇ、久保くんのお母さんって料理上手なんだ?」
「ああ、なんか張り切って沢山振る舞ってくれてさ。美味しかったし……俺太ったかも」
そう言って自分のお腹の辺りを撫でているけれど、奏は結構自己管理意識してるからしっかりカロリー消費の運動もしたんじゃないかな?
少なくともお腹が出ているってことはなさそうだった。
「悪ぃな。あんまし友達とか家に呼んだことなかったから……」
そう言った久保くんの話では、シングルマザーだったから家ではゆっくりして欲しくて友達を家に呼んで遊んだりはしなかったんだそうだ。
思っていたよりお母さん思いな久保くんに、意外なものを見たような気分になる。
ちょっと前までの久保くんだったら本気で信じられなかったかもしれない。
でも、元々そういう優しいところはあったんだね。
母親限定だったのかもしれないけれど、昔から優しい部分があったことを知ってちょっとほっこりした。
「こっちもごはん美味しかったよ。感動して思わず褒めまくったらその後のごはんも腕を振るってくれてね。食べるもの全部美味しかった」
「へぇ……遥華さんだっけ? 彼女のお母さんも料理上手なんだ?」
「え? ううん、お母さんじゃなくて……」
いったん言葉を止めてなんと答えたらいいのかと考える。
ご両親は亡くなっているのに、いると嘘を吐くのはどうかと思うし……。
連さんのことを話したらどういうことか突っ込まれそうだし……。
あ、そうだ。
「遥華が作ってくれたんだよ」
「そうなのか? あまり料理するようには見えなかったけど……。お母さんは料理しない人とか?」
「いや、その……遥華の両親はもう亡くなっているらしくって……」
これ以上嘘を重ねるとボロが出そうだったけれど、ご両親のことで嘘はつきたくなかった。
だからそこだけ正直に話したんだけれど……。
「え? じゃあ家には誰がいるんだ? 祖父母とか?」
「え、その……遥華、独り暮らししてて……」
「お前初日の電話で『遥華の家の人には良くしてもらってる』って言ってたよな?」
「うっ」
細かいところを確実に突かれ、これ以上嘘がつけなくなってしまった。
「……美来、嘘ついてないで正直に話せ」
「う、嘘なんて……」
悪あがきで誤魔化そうとしたけれど、私が嘘をつき通せるわけがなかった。
「バレバレだから。……悪あがきしてないで全部話せ」
「う……はい……」
結局、私が奏に嘘を吐けるわけがなかったんだ……。
***
というわけで、奏の部屋で正座しながら一通り話すことになってしまった。
久保くんは何故か奏にひと睨みされて問答無用で正座させられてたんだけど……何で?
「……ちゃんと反省してるのか?」
「ひゃい!」
いつになく低くドスの効いた声の奏に、私は本気でビビりながら返事をした。
「はぁ……まあ、過ぎたことは仕方ない。でも心配するから、嘘はつかないでくれよ?」
大きなため息を吐いてから幾分声を柔らかくする奏。
私は“うん”と言いかけて思いとどまった。
「美来……?」
「……ごめん。嘘はつきたくないけど、今回みたいに誰かが傷つくって分かってる状況だとどうなるかは分からないよ」
真っ直ぐ見上げて伝える。
一昨日、遥華の手を振り払うことは出来た。
奏に電話して知らせることも出来た。
でも、それをしたら遥華は確実に傷ついただろう。
それにもっと仲良くなりたいと思ったばかりだったから、私の方からその手を離すようなことは出来なかった。
だから、安易に了解は出来ない。
「……」
軽く睨むように見下ろされたけれど、こればかりは奏が怒ると分かっていても譲れない。
それに……。
「はあぁぁぁ……。分かったよ、そこまで頑固になってるってことは絶対に譲れないことなんだな?」
「うん、そうだよ。……ありがとう」
さっきよりも盛大に吐いたため息の後で奏が折れてくれる。
なんだかんだ言って、私の意志は尊重してくれるんだよね。
そこに甘えちゃうのは良くないとは思うけれど、ちゃんと私を分かってくれている兄には感謝しなくちゃね。
「でも嘘つかれるのは困るから、相談はしてくれ。頭ごなしに止めろって言わないようにするから」
「うん、努力する」
状況によってはどうなるか分からないから、ハッキリ“うん”とは言えなかった。
でも譲歩してくれた奏には応えたかったから、笑みを浮かべて頷く。
「……それで、俺は何で正座させられてるんだ?」
私と奏の話がひと段落して場の空気が穏やかになったからかな?
久保くんが初めから思っていたであろう疑問を口にした。
「ああ、それはだな……」
奏の声にまた鋭さが蘇る。
怒っているわけじゃなさそうだけど……。
「お前から高峰組のこともう少しちゃんと聞きたくてな」
「は? 前にも言ったけど俺は高峰組とは関係ねぇって……」
「それは聞いた。でも関係ないからって全く知らないってわけじゃないだろ?」
「それは……でも最近のことは本当に分からねぇぞ?」
二人の問答を黙って聞きながら、私はそっと足を崩した。
これ以上は本気で足がしびれちゃうし、別にもう正座してなくてもいいよね?
「それでもいい。少しでも多く確かな情報が欲しいんだよ。……まさか美来がここまで高峰組に関わることになるとは思わなかったからな」
「……」
どうやら私の所為だったらしい。
いつも苦労を掛けます、オニイサマ。
「……まあ、大した話はねぇけど……それでいいなら」
そして久保くんはやっぱり私に巻き込まれただけっぽい。
……ごめんね?
あとでちゃんと謝らなきゃな。
そう思いながらボーッと久保くんを見た。
そういえば久保くん、いつ告白してくれるんだろう?
告白のやり直しをすると言ってからそんなに日数が経っているわけじゃないからまだ待てるけれど、早くしてほしいなって思う。
今回久保くんが近くにいない状況になって、会いたいと思う気持ちを知った。
小さく胸が締め付けられるような想い。
会いたいと求める心。
やっぱり私、久保くんが好きなんだなぁって再確認した。
そして、彼の一番側にいてもいい権利が欲しいって。
つまり、彼女になりたいって……。
「っ!」
気持ちをハッキリさせて、顔に熱が集まる。
ドキドキと鼓動も早くなったみたいで、久保くんをまともに見ていられない。
そっと視線を逸らしたけれど、久保くんは奏と話しているから私の変化には気付かなかった。
少し落ち着かせてらそっと視線だけでもう一度見る。
タレ目というほどじゃないけれど少し目じりが下がっている焦げ茶の目。
中性的な銀星さんとは似ても似つかない男らしい整った顔。
ふわふわな猫っ毛の金髪。
外見で好きになったわけじゃないけれど、その姿を見てまた好きだなぁって思った。
本当に、いつ告白してくれるんだろう?
もうすぐ中間テストだし、その後くらいかな?
なんて、予測を立ててみる。
楽しみなような。
恥ずかしいような。
緊張するような。
そんな思いが入り混じって、照れくさくなって……。
まさに恋する乙女って感じだな、と自分に苦笑したのだった。
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