閑話 西木戸連 後編
とにかく何事もなかったようで一安心した俺は、自分も風呂に入るついでに銀星の様子を見ようと露天風呂に向かう。
脱衣所に着替えがあったから、銀星もまだ入っているんだろう。
それにしても風呂に入ってる美来ちゃんを見ても襲わなかったとか、銀星も自制出来るようになったってことか?
いいことだと思いながら露天の方に出ると、岩風呂の中に銀星の姿を見つけた。
「銀星、まだいたか」
声を掛けて、かけ湯をしてから湯舟に入り銀星の近くに行く。
「……ああ、連か……」
心地の良い温泉に浸かってゆっくりしているからなのか、銀星の反応は薄い。
「聞いたぜ? ここで美来ちゃん見ても襲わなかったんだって?」
自制出来るようになるなんて成長したんじゃないか? なんてからかって見せる。
でも、銀星の反応は薄くただ暗い夜空を見上げた。
そしてポツリと呟かれた言葉に耳を疑う。
「美来……ああ、俺の女神……」
「は?」
女神、なんて銀星が口にしなさそうなワード。
聞き間違いかと思ってまじまじと見た。
銀星は少し熱っぽく夜空を見上げて、恍惚としたような表情を浮かべている。
「泉の中にたたずんで歌っていた……湯煙の中……神秘的で、美しくて……」
「ぎ、銀星?」
あまりにも銀星らしくない様子にひたすら戸惑う。
何だ?
これ本当に銀星か?
「お、おい銀星? 大丈夫か? のぼせたんじゃないか?」
「のぼせた? ああ……そうかもしれないな。俺は彼女に――俺の女神にのぼせ上ってる状態なんだろうな……」
「いや、マジで大丈夫か?」
ツッコミにも反応は薄く、本格的にヤバイと思い始める。
これは温泉にあてられたな。
それ以外に考えられない。
「お前どれだけ入ってたんだ? とりあえず上がろうぜ。のぼせて頭おかしくなってんだろ?」
俺は入ったばかりだったが仕方なく銀星に付き合って早々に上がった。
念のため部屋まで付き添って「もう今日は寝とけ」と布団に押し込んだ。
銀星の様子のおかしさにちょっと本気で心配したが、流石に明日になれば戻ってるだろう。
そう思った俺の考えは、甘かった……。
***
「すごい……」
腕を振るった朝食に、食べ始める前から目を輝かせてくれる美来ちゃん。
あーもー既に嬉しい。
昨日は和食だったから今日は洋食にしてみた。
フレンチトーストは昨日から仕込んでいたし、ラタトゥイユやサラダもつけて朝からしっかり野菜を取れるようにもした。
カリカリベーコンとキウイフルーツもつけて、栄養バランスも量も丁度良いくらいに出来たと思う。
「ん~~~!」
早速フレンチトーストを口に入れた美来ちゃんは目をキラキラさせて頬を紅潮させる。
あーホント可愛い。
「美味しいです! 外はカリッとしているのに中はしっとりふわふわで……甘さと一緒にあるバターの香りと塩気が抜群です!」
「やー、本当に嬉しいこと言ってくれるよね。頑張った甲斐があったなぁ」
本当、この笑顔と誉め言葉があればどんな苦労も報われると思えた。
そんな風にほのぼのと朝の時間を過ごしていると、朝食の席に珍しく銀星が現れる。
朝は弱くて食べないことの方が多いのに、珍しいな?
なんて思っていた俺は、こっちに近づいてきて美来ちゃんの前に
お互い畳に座っているから目線は同じだけど、銀星が相手を敬うような姿勢を見せるなんて……。
何だ? 天変地異の前触れか⁉ 明日嵐が来るんじゃないだろうな?
大げさだけど、それくらい驚いた。
「銀星さん? えっと、おはようございます」
「……はよ」
戸惑いながらも朝の挨拶をする美来ちゃんに、銀星は照れたように少し視線を逸らして返した。
……は?
銀星が、照れてる?
有り得ない状況に俺は目を見開き銀星を凝視した。
基本俺様な銀星は、褒められようが何だろうがそれが当然といった態度だ。
こんな風に照れるところなんて出会ってから今まで見たことが無い。
しかも美来ちゃんに視線を戻した銀星は眩しそうに彼女を見る。
「美来……俺の女神」
『は?』
俺と美来ちゃん、そして美来ちゃんと一緒に朝ごはんを食べていた遥華の声が重なる。
驚きの目で見られていることも気にせず、銀星はフォークを持つ美来ちゃんの手を取った。
「こんなの初めてだ……美来、昨夜のお前を見て女神が現れたんじゃないかってくらい驚いて心奪われた。お前の側にいられるなら、俺はお前の下僕にでもなってやる」
『……は⁉』
また三人の声が重なる。
有り得ない。
下僕って何だよ。
こいつ本当に銀星か?
「美来……俺の女神。俺の想いをどうか受け取ってくれ」
そう言うと、銀星はまるで何かを誓うかのように美来ちゃんの手の甲に唇を落とした。
「っ⁉」
目を見開いて息を呑んだ美来ちゃんは、その瞳を戸惑いで揺らし俺や遥華を見た。
「なっ⁉ どっ⁉ 銀星さん、どうしちゃったんですか⁉」
「ホント、どうしたんだろうね……? 気持ち悪い」
遥華は銀星を得体の知れないものを見るように警戒する。
俺はあまりのことに言葉が出ない。
助けを求めるような美来ちゃんの視線を受けつつも、こんな銀星をどう扱えばいいのか分からなかった。
銀星……お前マジでどうしちゃったんだよ⁉
そんな思いを胸にしたまま、この家に美来ちゃんのいる日々は終わった。
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