閑話 西木戸連 前編
「はぁー疲れた。流石に朝の仕込みも手間のかかる料理にしようとすると大変だな」
俺は肩を回しながら
数人ならともかくこの家に住む全員の分を用意するのは骨が折れる。
元々は当番制だった食事の調理。
だけど大雑把なここの連中は、味付けはもちろん野菜が生煮えだったり肉が焦げてたりととにかくメチャクチャだった……。
ここに世話になるようになって早々に我慢出来なくなった俺は、小学生のうちからここのキッチンに入っていたな。
そのうち調理は基本俺がやって、他の連中は俺の手伝いって感じになっていたんだ。
料理自体は結構楽しかったから良いんだが、ここの連中は食う方もメチャクチャで……。
いや、食事作法は親父さんや姐さんが厳しいからちゃんとしてるけど、味とかどうでも良くて腹に入ればいい、みたいな……。
料理人泣かせなやつらなんだ……。
だから俺も気が向いたときにしかしっかり料理しなくなってたんだよなぁ。
今回は美来ちゃんが来るって言うから頑張ってみただけで。
「……美来ちゃん、もっと俺の料理食ってくれねぇかなぁ」
無理なのは分かっているけど、ここに住んで毎日俺の料理食ってあの笑顔を見せてくれるといい。
そう思わずにはいられない。
それくらい嬉しかったんだ。
まあでも、学生寮に入ってる美来ちゃんを引き留め続けることは出来ないし仕方ないかと諦める。
だからせめて、明日の朝の最後の食事も美味しいと言ってもらえるように仕込みを頑張ったんだ。
あとは明日うっかり寝坊しないように早く風呂入って寝ないとな。
なんて、明日の美来ちゃんの笑顔を楽しみに廊下を歩いていると何やら怪しい雰囲気の二人組を見つけた。
ヨシとノブが何やら廊下の隅で縮こまってヒソヒソ話している。
不審に思いながら近づくと、とんでもない話が聞こえてきた。
「なあ、ヨシ。本当に大丈夫か? ハルの風呂の札外しちまって」
「まあ、ハルの仕返しは怖ぇけどな。でもそうしねぇと若が中に入らねぇだろ?」
……風呂の札?
遥華のって……まさかあの露天風呂の札のことか?
「そりゃ、若が美来ちゃんと一緒に風呂にでも入って色々既成事実作れば未来の姐さんになってくれるんじゃねぇかって言ったのは俺だけどよぉ……」
「今更怖気づくんじゃねぇよ! 若だって美来ちゃんと風呂入れたら嬉しいに決まってんだろ⁉ あとは若の手腕に賭けるだけだ!」
「……は? 今なんつった?」
流石に聞き流すことのできない話に俺は怒りを込めながら低い声を掛けた。
「ひぇ⁉」
「な、なんだ。レンかよ……」
大の男二人がビクッと体を震わせたかと思うと、俺を見てホッとしたように力を抜く。
「今なんつったって聞いたんだが?」
だが安心してもらっちゃあ困る。
今の話が本当なら、俺は本気で怒るからな。
「な、なんだよレン? 怒ってんのか?」
「俺たちはただ若のためにだな――」
「いいから話せよ」
『へいっ!』
俺の本気を感じ取ったのか、声をそろえて返事をした二人はやっと詳しい話をした。
そして、その内容に俺は青ざめることになる。
こいつらはよりにもよって、銀星を露天風呂に入ってる美来ちゃんの所に向かわせたんだと話した。
遥華と美来ちゃんが露天風呂に入ってるのを見て、例の遥華の札を取り外し銀星に「今露天貸し切り状態っすよ」と言って入るよう促したんだとか……。
それで銀星が美来ちゃんを抱くなりなんなりすれば、美来ちゃんも諦めて姐さんになる覚悟を決めるんじゃないかとか考えたらしい、この馬鹿どもは。
「お、まえらぁ……なんてことしてくれてんだよ」
思わず声が震える。
「美来ちゃんはなぁ、銀星にキスされたくらいで泣いちゃうような子だぞ⁉ だからゆっくり攻めるように銀星を誘導してたってのに!」
「え? マジで?」
「キスだけで、泣く?」
自分達がどれだけ酷いことをしようとしているのか分かっていなかったらしい二人は、俺の言葉で一気に顔面蒼白になった。
「クソッ!」
俺はそんなヨシとノブを放って露天風呂の方へと走り出す。
銀星が露天風呂に向かってどれくらいたったのかは分からない。
二人に聞けば分かるだろうが、そんな時間も惜しかった。
銀星、早まるなよ⁉
一糸まとわぬ姿の女が目の前にいて、あの女好きの銀星が何もしないでいられるとは思えない。
裸を見ても反応しないのなんて、妹みたいに思っている遥華くらいだって自分でも言っていたからな。
遥華も一緒にいるとはいえ、本気になった銀星を止めることは出来ないだろう。
間に合ってくれ!
美来ちゃんの泣いた顔なんて見たくなくて、願いながら急いだ。
でも、露天風呂につく前に小柄な二人の姿を見つける。
「遥華、美来ちゃん⁉」
思わず呼び掛けると、顔を上げた遥華が詰め寄ってくる。
「連? ちょっと聞いてよ! 銀星が露天風呂に入ってきたんだけど! ホント信じられない!」
怒りをあらわにしているけれど悲壮感などは感じない。
ただ覗かれて怒っているって様子だった。
「お、おう……。やっぱり銀星入っちゃったんだな? でも美来ちゃん、何もされなかったのか?」
「え⁉ あ、はい」
俺の質問に少し戸惑いを見せながら返事をする美来ちゃんは、嫌なことをされたようには見えず安心した。
でも、何かはあった様子に眉を寄せる。
「良かった。でもどうしたんだ? なんか様子がおかしいけど……?」
俺の質問に美来ちゃんは困り笑顔を浮かべて「えーっと……」と視線をさ迷わせる。
言いづらいっていうより、言葉を選んでいる感じだ。
「うーん……なんかさ、銀星の様子がおかしかったのよ」
美来ちゃんの代わりに遥華が先に答えた。
「露天風呂で歌ってた美来を見てからずーっと突っ立ったままでさ。声かけても返事しないし、動かないし」
「は?……それは、確かにおかしいな?」
遥華の話では、バスタオルを巻いていたから完全に裸というわけじゃなかったみたいだけれど、あの銀星が布一枚しか身にまとっていない女に何もしないとか……。
しかも今現在狙っている女。
そんなオイシイ状況なら少なくとも抱きつくくらいはしそうなもんだけど……。
「ホントに? 本当の本当に何もしなかったわけ?」
信じられなさ過ぎて念を押すように聞いてしまった。
でも答えはやっぱり変わらなくて……。
「はい、何かされるんじゃないかって警戒したんですけど……じっと見られるだけで本当に何もされませんでした」
美来ちゃんからも聞いたことで本当なんだと理解した。
いや、それでも信じられない気持ちはあるけれど。
「でもわざわざ札を外してあんな堂々と覗きに来たんだもん。相応の代償は払ってもらうわよ……」
何もしなかったとはいえ二人がいる露天風呂に入ってきたんだ。
遥華の怒りはもっともだと思う。
でも。
「あー……銀星が入って行ったのはあいつ自身の所為じゃないみたいだからさ、何もしなかったんなら許してやってくんねぇ?」
流石に不可抗力なのに報復を受けるのはちょっとかわいそうだ。
美来ちゃんに何もしなかったなら尚更。
「は? なにそれ、どういうこと?」
目を吊り上げる遥華に俺はヨシとノブのことを話す。
どう考えたってあいつらが悪いからな。
報復はあいつらが受けるべきだろう。
「へぇ……ノブさんは懲りてなかったみたいね。ヨシさん共々、今度はどうしてやろうかしら」
底冷えするような怖い笑みを浮かべる遥華に、俺は筋肉の塊の二人を思い浮かべる。
ご愁傷様。
でも自業自得だからな。
哀れみは一切なかった。
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