露天風呂にて
そろそろ帰って夕飯の準備しなきゃな、という連さんの主婦のような発言でカラオケ大会は終了となった。
「今日の夕飯も楽しみにしていますね」
またバイクで帰って来て門の前で降ろしてもらったときに笑顔で告げると、感激した連さんにまた抱きつかれそうになる。
けれどそれは遥華と銀星さんに止められた。
「だから抱きつかないの!」
「連、てめぇいい加減にしろよ? 俺のだぞ⁉」
「いや、銀星のじゃないだろうが。まだ」
「ふふっ」
仲の良い三人のやり取りを微笑ましく見る余裕が出てきたくらいには、私もこの人達に慣れてきたのかも知れない。
初めは不良とか暴走族とか、ましてや極道なんて関わりたくないと思っていたけれど……知ってみればそこまで悪いイメージは無くなっていた。
少なくとも高峰組の人達や【crime】の人達のことはそこまで嫌いじゃない。
それが分かったことは、良かったなって思った。
***
「さ、美来。露天風呂に行こう!」
夕食も終え、しばらく遥華の部屋でまったりしていたら元気に誘われた。
「うん。……でも本当に大丈夫? 覗かれたりしない?」
主に銀星さんに、という言葉はあえて言わなくても伝わったみたいだ。
「大丈夫! 前にノブさんがうっかり間違えて入ってきたことあるんだけど、私その報復に色々やったからさ。それ見てたこの家の住人なら同じ
もちろん銀星もね、と自信満々に宣言する遥華に、逆にそう思わせるほどの報復とは何をしたのかと気になった。
「……ちなみに、何したの?」
「ん? えーっと、ノブさんの食事にメッチャ胡椒や唐辛子振りかけたり、靴に画鋲仕込んでみたり……」
つらつらと上げられる事例は、地味ながらもじわじわダメージを食らうようなものばかり。
「泣いて土下座して謝ってくるまでそれ続けたからね。おかげで私を怒らせたら酷い目に遭うってみんな学習してくれたみたい」
「そ、そっか……」
ニッコリ笑顔の遥華に、私はどんな顔をすればいいのか分からなかった。
でもまあ、ここの人たち相手にはそれくらいの方が分かりやすくていいのかも知れない。
「まあでも、そんなに心配なら念のためタオル巻いて入ろうか? 公共の施設ならダメだけど、個人の温泉だから」
「そうだね。そうしようかな」
そんな話をしながら露天風呂に続く脱衣所につく。
すると遥華はどこからか札を取り出して脱衣所のドアの前にかけた。
その札には。
《遥華入浴中。入ってきたらぶっコロす!》
と、殺意のこもった
「……」
うん、遥華のさっきの話とこの札を見て覗きに来ようとする人はまずいないね。
するとしても覚悟が必要だろう。
「さ、親父さん自慢の露天風呂だよ! どう?」
「わぁ……凄いね」
二人で大判のバスタオルを体に巻き付けながら脱衣所を出ると、湯気を揺らす立派な岩風呂が見えた。
ライトアップもされていて、本当にどこかの旅館に来ているように錯覚してしまう。
これは確かに自慢したくなるよ。
そんな感想を抱きながら、まずはかけ湯をして足からゆっくり入った。
「ここから少し離れた街がちょっとした温泉郷になってて、そっちから引いてるんだ」
「へぇー……柔らかくていいお湯だね」
「疲労回復はもちろん、美人の湯って言われてるから……美来に絶対入ってほしかったんだ」
「そうなんだ……ありがとう」
丁度いい温度の温泉に浸かってほっこり一息ついていると、話題は今日の【crime】でのことになる。
「やっぱり美来歌上手いよねー。あのまま美来のコンサートになっても良かったくらいだよ」
「流石にそこまで連続では歌えないよ。それに私はみんなで楽しく歌う方が好きだし」
私の歌を絶賛してくる遥華に照れつつ、コンサートは遠慮しておく。
「そういえば盛り上がる曲ばっかり歌ってたよね? 抗争止めたときみたいにバラード歌わないのかな?って思ってた」
初めは連さんが勝手に曲を入れていたけれど、後半は自分の歌いたい曲を自由に入れさせてもらった。
確かにそのとき入れても良かったんだけど……。
「んー……でもあの盛り上がりをバラードで落ち着かせたくなかったって言うか……あのまま明るい感じが良いなって思ったから」
「お、美来【crime】のこと分かってるじゃん」
「……」
関わりたくないと思っていた暴走族のことを理解していると言われて複雑な気分。
でも、嬉しそうな遥華の笑顔を見たら否定も出来なかった。
ま、いっか。
少なくとも今は【crime】のことを嫌いとは思えなかったし。
「でも美来のバラードちゃんと聞いてみたかったな。あの夜の美来本当に素敵だったんだもん」
「……じゃあ今歌おうか?」
残念そうな遥華に提案する。
素敵な温泉に入れて気分が良かったし、このライトアップされた夜の岩風呂はしっとりしたバラードが合いそうだと思ったから。
「え⁉ いいの⁉」
「うん」
返事をして立ち上がる。
流石にしっかり浸かったまま歌ったらのぼせてしまいそうだから。
ワクワクとした顔に見上げられて、さて何を歌おうかと考える。
遥華はどういうタイプの歌が好きなんだろう?
大抵の女子は恋歌だけど……。
そこまで考えてふと久保くんの顔が頭に浮かんだ。
今の私は恋となったらすぐに彼の顔が浮かんでくるくらい恋愛脳になっちゃってるみたいだ。
きっと、いつもは一つ部屋を挟んで会おうと思えば会える場所に久保くんがいるから、すぐには会えない距離にいるのが寂しいんだと思う。
そんな風に自分を分析して、クスッと笑った。
まさか私がこんな風に誰か一人を思うようになるとは思わなかったよ。
久保くんに会いたいな……。
昨日別れてから二日も経っていないのに、そんな風に思う。
そうしたら、自然と唇が歌を紡いでいった。
遠く離れた恋人を想う遠距離恋愛の歌。
恋人を想って優しく紡がれる旋律から、会えないことから来る不安、忘れられていないかという恐怖。
それが、恋人からの電話一つで明るく優しいものへと戻る。
最後は未来を約束する言葉――「またね」で終わる歌。
特定の人を思い浮かべながら歌ったからかな?
いつもより感情を乗せることが出来た気がする。
瞼を
遥華の方を見下ろすと目じりに涙を浮かべて聞き入ってくれていたのが分かった。
歌が遥華の心にも届いたことを知って良かったと安堵し、私は大きく息を吸いながら顔を上げて周囲を見回す。
そして、息を止めた。
「……み、く?」
そこには、上半身裸の状態の銀星さんが立って私をジッと見ていたから。
目を見開いて、数秒後。
「きゃあぁ⁉」
私は悲鳴を上げて隠れるように湯舟に沈んだ。
「え? どうしたの⁉ って、銀星⁉」
私の様子を見て驚いた遥華も、銀星さんの姿を見つけて更に驚く。
そしてすぐ私を守るように間に入ってくれた。
「ちょっと銀星! あんたあの札見てなかったの⁉ それとも見て分かってて入ってきたの⁉」
銀星さんを睨みつけて非難する遥華が頼もしい。
私はいくら大判のバスタオルをしっかり巻いていても、お風呂に入っているところを異性に見られたことがショックで身を隠すのが精一杯だったから。
「ちょっと銀星⁉ 聞いてるの⁉」
でも、銀星さんはピクリとも動かないどころか言葉を発することもない。
流石に私もおかしいなって思って、改めて銀星さんを見た。
「っ⁉」
視線が合って、ビックリする。
もしかして、ずっと私だけを見ていたんだろうか?
その眼差しも熱っぽくて……でも、銀星さんらしい
「……銀星、さん?」
「……ああ」
試しに私が呼び掛けたら返事があった。
でも、本当にそれだけで動くことはないし相変わらず私を見つめてくるだけ。
「どうしたんだろう?」
「さぁ?」
遥華と二人、顔を見合わせて不思議がる。
「……とりあえずのぼせちゃうし、私たちが出ようか?」
「……そうだね」
銀星さんが動かないならこっちが動くしかない。
念のためバスタオルを巻いていて良かった。
体の線はある程度分かっちゃうけど、裸を見られるわけじゃないから。
それでも近くを通ったら何かしてくるんじゃないかと警戒しながら銀星さんとすれ違う。
でもやっぱり銀星さんは私をジッと熱っぽく見てくるだけで、何か行動を起こすこともない。
本気で不思議に思いながら遥華と脱衣所に入る。
ドアを閉めるとき、ポツリと銀星さんの声が聞こえた。
「……女神……」
って。
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