暴走族【crime】③

「美来の姉御! 歌すっげぇ良かったっす!」

「何飲みますか?」

「……ちょっと待って。姉御は止めてください! あと何で敬語になってるんですか⁉」


 姉御呼びとへりくだった話し方に突っ込まずにはいられなかった。


「え? だって、若が狙ってるなら絶対ものにするだろうし……」

「それなら姉御呼びと敬語は必須ってやつですよ」

「銀星さんのものになんてならないので本気で止めてください」


 淡々と告げて、ことさら冷たい眼差しを向ける。

 すると流石にまずいと思ったのか二人は目を泳がせた。


「あー、そうだな。どうなるかは分かんねぇし」

「そ、そうだな。あ、それで何飲む?」


 慌てるような様子に軽くため息を吐く。

 まあでも、敬語も止めてくれたみたいだからこれ以上は突っ込まないでおこう。


「とりあえずウーロン茶下さい。喉渇いたので」

「あ、私は炭酸水レモン入りでー」


 私がヨシさんノブさんと話している間に、食べ物を見繕っていた遥華も飲み物を注文していた。

 ドリンクを貰うと座れそうな場所に移動して遥華の持ってきたポテトなどをつまみながら休憩する。


「美来やっぱりサイコー! 歌上手いのは知ってたけど、こういう盛り上がる感じのも上手いんだね。すっごく楽しい!」


 ハイテンションで話し出す遥華に、私はちょっと苦笑いだ。


 私も楽しくなったから恨みとか不満は無くなったけど、何がどうなってこういう状況になっているのかの説明は欲しい。

 銀星さんの歌も二曲目に入って、次は他の人が歌うのかステージ近くで待機しているのが見える。


 もはやカラオケ大会って感じ。


「ありがと。でも何でいきなり私がカラオケで歌うことになってるの? 【crime】を紹介するとか言ってなかったっけ?」


 これじゃあ私が紹介されてるだけみたいだよ、と思っていたことを話した。


「あ、それもそうだね。ごめん」


 困り笑顔で謝った遥華はこうなった経緯を話してくれる。


 何でも、昨日私が泊まりに行くことが決定した時点で銀星さんと連さんが色々話し合っていたらしい。

 銀星さんは泣かせなきゃいいんだろ、とか言ってキス以外の女好きスキルを発揮しようとしていたから、流石に遥華も色々と口出ししたんだとか。

 それで、今は私の銀星さんへの印象は最悪だろうからまずは彼のことを知ってもらおうという事になったらしい。


「……」


 それにしては再会してすぐ押し倒されたけど……。


 ともかくそうして話して、私の歌が聞きたいという意見は一致したのだとか。

 けれどあまり時間も無かったから、遥華はその後の話し合いがどうなったのかは分からなかったんだと話す。


「で、昨日の夜になっても詳しいことは聞かされてなかったからそのまま美来を独り占めしようとしてたんだけど……」


 あ、やっぱり独り占めしようとしてたんだ。

 まあ、私はそれでも良かったんだけどね。


「ああやってバイクで待ち伏せしてたでしょ? バイクで移動するってことはここに来るんだろうなって思ってさ。だから紹介するって言ったんだ」


 まさかいきなりカラオケ始まるとは思わなかった、と遥華は言う。


 ん? でも待って。


「でもマイク持ってきて歌うように言ったの遥華だよね?」


 突っ込むと、誤魔化すように「あはは」と笑われた。


「だって、なんかもうセッティングもバッチリだったし、私も美来の歌聞きたかったし……」


 それに、と遥華はステージに向かって雄たけびを上げている【crime】の人達を見つめる。


「こうやって盛り上がってるところ見てもらった方が早いかなって思ったんだ」


 その表情は、情が込められた困り笑顔。

 何と言うか、ヨシさんとノブさんに向けるような顔にも似ていた。


「こいつらってケンカも弱いから舐められやすいし、だから逆に弱い人には大きく出ちゃったりするような馬鹿ばっかりで……本当に仕方のない奴ばっかりなんだけど……」


 そうして、懇願するような眼差しを私に向けた。


「でも身内には優しいし情に厚い奴らなの! ただ馬鹿なだけで!」

「う、うん」


 嫌わないでやってとでも言いたそうに彼らを庇う遥華だけれど、最後はやっぱりディスっている。

 まあ、その言葉には愛情が込められていそうな感じはするんだけどね。


 ……悪意がないだけこくなのかもしれないけれど。


 でも、うん。


「何となくだけど、遥華の言いたい事は分かるよ」


 こうやって盛り上がって馬鹿やって、でもそうやって気を許せると思ったらすんなり受け入れてくれる。

 ただ歌って、一緒に盛り上がっただけなのにもう初めのよそ者感が無くなっているんだもん。


 馬鹿で単純。

 でもだからこそ真っ直ぐに受け入れてくれる。

 【crime】ってチームはそういう集まりなんだってことが分かった。


「美来はこういう馬鹿って嫌い?」

「そうだね……馬鹿で迷惑なだけの人は嫌いだけど、こういう単純で素直な馬鹿はそこまで嫌いじゃないかも」


 好きと言えるほどにはまだ彼らのことを知らない。

 でも、そういう素直さは嫌いじゃないなって思った。


「そっか、良かった」


 と笑顔になる遥華を微笑ましく見ていると、歌い終えた銀星さんもこっちにやって来た。


 瓶のままコーラを一気飲みしている。


「ぷはぁ! 久々に思い切り歌ったぜ。どうだ美来? 俺の歌も中々だろ?」


 なんて自慢げに言いながら近くに来て肩を抱こうとしてくる銀星さん。

 女を侍らせようとするのは彼にとって無意識の行動なんだろうかと呆れながら、私はその手に捕まる前に逃げた。

 そして守ってくれると言っていた遥華の方に引っ付く。


「歌は凄かったです。力強くて聞きごたえがあって素敵でした。でも、銀星さんの女になんてなりませんから!」


 ステージの上で勝手に髪を解いたりしたことは許してないという意味も込めてキッパリ拒否をする。

 でも銀星さんにとってはそんな拒否すら些細なことだったみたい。


「言ってろ。俺は本気になったら諦めるって選択肢は初めからねぇんだ。何が何でも、いずれは俺の女になってもらうさ」

「……」


 これは何を言っても意味がないのかも知れない。


 確かに銀星さんも初めに思っていたほど悪い人じゃないと思う。

 昨日からの遥華や連さんとのやり取りや、高峰組の人達に慕われている様子など見ても人に好かれるタイプの人なんだと思う。


 ……ただ女グセが悪いだけで。


 友達としてなら考えなくはないけれど、銀星さんの女となるとやっぱり遠慮したい。


 大体、私は久保くんが好きなんだし……。


 銀星さんには悪いけれど、異母兄弟という事もあって一緒にいても頭に浮かぶのは久保くんのことばかり。

 久保くんと似たところを見つけては思い出してドキッとするし、違うところを見つけても久保くんだったら……って考えてしまう。


 そういう意味でも、銀星さんの女になんてなれるわけがない。


 それはハッキリしているのに、銀星さんはどこまでいっても俺様気質みたいだ。

 私の言葉なんて気にせず更に話を進め始めた。


「美来、お前【crime】に来いよ」

「は?」


 何を言ってるの?


「かぐや姫は罪を犯して地上に落とされたんだろ? 【crime】は罪って意味だ。罪を背負う俺の女なんてピッタリじゃねぇか」


 銀星さんはなんか上手いこと言ったみたいなドヤ顔してる。

 けど……。


「だからあなたの女になんてなりません。だいたい私自分のことをかぐや姫だなんて思ってませんから」


 あれはあくまで私の名前を知らなかった佳桜高校トップ三人がつけた呼称であって、私がそう名乗ったわけじゃない。


「それに、私好きな人いますから!」


 ここはハッキリ断っておいた方がいいだろうと思って伝える。

 久保くんの名前を出さなきゃバレないよね、と思って。


 でも――。


「ああ、幹人だろ? 親父から聞いた」


 既にバレていた。

 そりゃ、確かに口止めはしてなかったけどさぁ……。


「お前が今誰を好きかなんて関係ねぇよ。今後俺に惚れさせるからな」


 自信たっぷりな言いようにもはや絶句していると、銀星さんはニヤリと口角を上げて続ける。


「俺のものは俺のもの、弟のものも俺のものだ。奪わせてもらうさ」


 その俺様発言には呆れたし、奪われません! とツッコミたい気持ちもあったけれど……。


「……ぷっ」


 とりあえず、吹き出してしまった。


「っぷはっ! 私が冗談で言ったセリフ、マジで言ってるー!」


 隣の遥華も吹き出して笑い出す。

 それにつられて、私も声を上げて笑ってしまった。


「はあぁ⁉ おい、今の笑うところか⁉」


 不満げに声を荒げる銀星さんに更に笑いがこみ上がってしまう。


「なんか楽しそうだけど、何話してたんだ?」


 そこへ機械の操作を他の人に代わって貰ったのか連さんも混じって。


「くはっ! そりゃあ笑うわ。どこのガキ大将だよ」


 笑い声が増えて銀星さん以外に伝染していく。



 その後は不機嫌になった銀星さんに無理やりデュエット歌わされたりしたけれど、少なくとも私が本気で嫌がるようなことはしてこなかった。


 そうしてみんなで代わる代わる歌ったり飲み食いしたりして……。



 なんだかんだ、結構楽しい一日となった。

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