暴走族【crime】②

 仕方なく、ホントーに仕方なく。

 私は銀星さんのバイクの後ろに乗って風に吹かれていた。

 銀星さんの腰を掴み、ヘルメットの中で不満顔をしながら前を向いている。


 別にいいんだよ?

 予定変更自体は。


 ただそれが本物の暴走族って言われている【crime】の紹介とか……。

 関わりたくないと思っていたものにことごとく関わり合いになってしまう状況に、ちょっとうんざりしてしまってるだけ。


 しかも遥華が連さんのバイクに早々に乗ってしまったから、私が銀星さんの後ろに乗ることは決定してしまったし。


 ……まあ、ギュッと抱きつけとか言われなかっただけ良いけれど。


「腰をしっかり掴んで横から顔を出して前を見ろ。俺にしがみつくなよ?」


 乗るときにそう指示されて、逆に驚いた。

 抱きつけと言われると思ったから。


 それを言ってみると……。


「まあ、抱きつかれたい気もするけどな。ふつーに危ねぇだろ?」


 なんて言葉が返って来て更にビックリだ。

 そういうところには常識があるらしい。


 とはいえ、不本意な状況にはやっぱり不満しかない。


 絶対に嫌な思いはさせないから! という遥華と連さんの言葉があったから渋々ついて来ただけだ。

 そんな二人は心強いけれど、今の状況は彼らの所為でもあるから流石にちょっとは恨めしく思う。


 そうして向かった場所は工業地帯の外れ。

 【crime】のアジトとなっている倉庫だった。


 倉庫の扉の前にバイクを停めた銀星さんは、ムスッとしたままの私の手首を掴んで「こっちだ」と引っ張っていく。

 初めて彼に会ったときと同じような状況に更にうんざりした。


 でも、倉庫の中に入った途端そんな気持ちは保っていられなくなる。

 銀星さんが倉庫に入った途端、中にいた大勢の男達が口を閉ざし頭を下げたから。


「っ⁉」


 その統率の取れた様子にちょっとビビッてしまった。

 でも銀星さんは気にせず私の手を引きながら男達の間を通り抜けていく。


 連さんと遥華も私たちの後ろを歩いて進んで行って……。

 その先にあったステージみたいな高い場所に上がり、倉庫内を見回した。


 【crime】のメンバーって、思っていたより少ないかも……。


 それが率直な感想だった。

 間を通ってるときはもっといるように見えたし、本物の暴走族とか言うからもっと大規模なのかと勝手に思っていた。


 少し高い今の位置から見ると、五十人はいない。

 四十人いるかどうかってところかな?

 それともまだ他にもいるとか?


 なんて考えながら見ていると、ヨシさんとノブさんを見つけた。


 何故か子供みたいにワクワクした表情で私たちを見上げている。


 何なの?

 一体何がはじまるの?


「見ろ! てめぇら!」


 いぶかしんでいると、銀星さんが私を引き寄せ肩を抱いた。


「な⁉ ちょっと⁉」

「こいつがあの坊ちゃん高校のトップ連中が探してた【かぐや姫】だ!」


 抗議の声を上げようとしたけれど、銀星さんは気にせず続ける。


「そして、俺が今狙ってる女だ! 手ぇ出すんじゃねぇぞ⁉」

「なっ⁉」


 なんでそんなことを宣言するの⁉


 あくまで狙ってる女ってことで、俺の女と言わなかっただけマシかもしれないけれど。


 遥華は【crime】を紹介すると言っていたけれど、これじゃあむしろ私が紹介されているだけな気がする。


 本当に何がしたいの⁉


 対応に困ってとりあえずそのままでいると、銀星さんの宣言を聞いたメンバーの人たちがザワザワと騒ぎ出した。


「え? あれを総長が狙ってんの?」

「あの地味な女を?」


 聞こえてくる声は、明らかに私じゃあ銀星さんに釣り合わないみたいな言葉。

 別に銀星さんに似合う女になりたいわけじゃないけれど、何だか舐められている感じがイラッとする。


 更にムスッとした顔になった私に、銀星さんはため息をついた。


「はぁ……やっぱ素顔じゃねぇと説得力ねぇか」

「はあ⁉」


 そのため息に更に機嫌を損ねた私は、八つ当たりも含めて銀星さんを見上げる。

 でも、そうして見えた彼の表情はイタズラをする前のたくらみ顔。


 何をされるのかと身構えていると、おさげの先の方を二つとも掴まれた。


「え? あ!」


 気づいたときにはもう髪を結んでいたゴムは外されてしまっていて、スルスルときつく縛ってあったはずの三つ編みが解けていく。

 掴まれていた肩を解放されたのは良かったけれど、せっかく結ったものをまた解かれてしまった。


「何するんですか⁉」

「……あとは、その眼鏡だな」


 私の抗議の声も無視して、今度は眼鏡も取ろうと手を伸ばしてくる。


「ちょっ、止めてください!」


 伸ばされた手を受け流すようにしてクルリと体を回転させて彼の後ろに回った。

 銀星さんが振り返るまでの間に後ろに跳んで距離を取る。


 するとざわついていた【crime】メンバーたちがシーンとなり、次の瞬間湧いた。


「おお⁉ 何だあの女⁉」

「総長の腕避けたぞ⁉」

「しかもあれ、髪メッチャサラサラじゃねぇ⁉」


 突然の盛り上がりにビクッとなって驚いていると、今度は今まで黙ってついて来ていた遥華が近づいて来る。

 その手には何故かワイヤレスマイク。


「はい、美来」

「え?」


 笑顔で渡されたワイヤレスマイクを思わず受け取ったけれど、どういうこと? と首をひねることしか出来ない。


 すると突然大音量の音楽が流れだした。


 周囲の人間にばかり気にしていたからスルーしていたけれど、ステージ横にある大き目のスピーカーから流れてるみたい。


「美来、歌って? 私、美来の歌聞きたい。あ、歌詞必要?」

「え……いや、この曲なら覚えてるけど……」


 戸惑いながらも、聞き覚えのあるイントロだったから歌えると答える。


 ワンシーズン前に発売された人気アイドルの歌だ。

 明るくてポップな、盛り上がる歌。


 カラオケに行くたびに歌っていたし、歌詞は覚えている。


「じゃあお願いね!」

「ええ⁉」


 詳しい説明もなくやることだけ指示されて何が何だか分からない。


 でも遥華が離れて行くと銀星さんも離れて行くし。

 イントロも終わってそろそろ歌部分に入るし。


 私はもう投げやりな気分で歌った。


 さっきからの不満をぶつけるようにストレス発散のつもりで歌っていると、そのうち【crime】メンバーの人たちも盛り上がって来て……。


 なんだか、ちょっとしたコンサート会場っぽくなってきていた。


 一曲歌い終わると、機械を操作しているらしい連さんが「次この曲な!」と勝手に何か入れていて、また聞き覚えのあるイントロが流れる。


「あーもう!」


 一曲歌い終わって少しノッてきたこともあって、私は仕方ないなと思いつつまた歌い出した。


 結局眼鏡もわずらわしくて自分で取ってしまって、三曲目に入ったら今度は遥華も巻き込んで一緒に歌う。

 歌えば歌うほど場の空気が盛り上がって来て、いつの間にか不満なんか吹き飛んで普通に楽しんでしまっていた。


 連続して五曲ほど歌うと流石に疲れて、いったん休憩させてと告げると銀星さんにマイクを奪われた。


「じゃあ次俺な。連、いつもの曲だ」


 そうして流れたのは有名バンドの定番ソング。

 銀星さんの声もなかなかの歌声で、聞きごたえがあった。


 思ったより上手い銀星さんの歌声を聞きながら、久保くんも歌上手いのかな? と思う。


 そういえば久保くんとはカラオケ行ったことないよね。

 今度一緒に行きたいな……。


 なんて思っていると、一緒にいた遥華が「美来」と私を呼んで袖を引く。


「喉渇いたでしょ? あっちに飲み物や食べ物用意してあるみたいだから」


 行こう、と誘われて向かうとそこにはヨシさんとノブさんがいた。

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