暴走族【crime】①

 朝食はこれぞ日本の朝! というような定番が揃っていた。


 白米に豆腐とわかめのお味噌汁。

 納豆と卵焼きに、焼き海苔。

 二切れのたくあんもあって……そこまで手の込んだものじゃ無いけれど、この家に住む人全員の分を朝から用意するのは大変だろう。


「いつもやってることだからなぁ……大変は大変だけど苦に思ったことはないかな?」


 と、連さんは何でもないことのように言うけれど、結構凄いことだと思う。


「苦じゃなくても大変なのに毎朝作ってるんですよね? 充分凄いことだし、やっぱり尊敬します!」


 私なんて休みの日の朝食たまに買ってきたパンにしたり、結構手抜きしちゃうし。


「うっ……美来ちゃん、それ、俺にとってはかなりの殺し文句かも」


 そう言ってまた昨日のように抱きついてこようとする連さんだけれど、今度はしっかり遥華に止められていた。


「欲とかなくて可愛がってるだけだとしても、そんなホイホイ抱きついて良いものじゃないよ!」

「ちぇー……分かってるって」


 渋々広げた腕をしまった連さんは、気を取り直して今日の予定を聞いてきた。


「今日はどーすんの? 昼間は出掛けんの? 家にいるんだったら昼メシも作っとくぜ?」


 それは嬉しい申し出だったけれど、今日は遥華と出掛けると昨日のうちから決めていた。


「ありがとうございます。でも今日は出掛ける予定なので、お昼は大丈夫です」

「そうそう、私とデートするんだもんねー」


 ニコニコ笑顔で腕を組んでくる遥華。

 可愛いけれど、遥華ってちょっとボディータッチが多めだなと思う。

 まあ、別に嫌ではないんだけれど。


 私も笑顔で「ねー」と一緒に言い合うと、連さんが「眼福だなー」とか言い出した。


「可愛い女の子がじゃれ合ってるのっていいよなー」

「うわ、出た変態発言」


 しみじみと言う連さんを遥華はズバッと切り捨てた。


「変態はねぇだろ⁉ 男なら多かれ少なかれ思うことだって!」

「それが変態っぽいんだってば!」


 私を挟んで交わされる口論に「ははは……」と笑うしかない。

 口ゲンカしていても険悪な雰囲気はなくて、なんて言うか私と奏みたいだと思った。

 気を許してる相手だからこそ出来る口ゲンカって感じ。


 遥華にとって連さんは家族なんだな。

 昨日のやり取りを思い返すと、きっと銀星さんも。

 それが分かったひと時だった。


***


 外に出かけるという事で三つ編み眼鏡の地味な格好になった私は、遥華と屋敷の門を出たところで足を止めることとなる。


 出てすぐの場所に、ドドドとバイクのエンジン音を響かせている二人の姿があったから。


「おう、来たな。って、またその格好かよ」

「……銀星さん? えっと……おはようございます」


 銀星さんは朝が弱いらしく、朝食の席にはいなかった。

 だから今日会うのは今が初めてだ。


「ああ、はよ。……ほら、乗れよ」


 挨拶の返し方が久保くんと似ていることに少しドキッとしながら、渡されたヘルメットを思わず受け取る。

 でも、疑問しか浮かばない。


「え? 乗れってどういう……」

「ちょっと銀星⁉ 美来は私と“二人で”出かけるのよ⁉」


 私の疑問の声にかぶせるように遥華が抗議する。

 その様子を見ると、ただ送ってくれるとかではないことは明白だった。


「うるせぇ。遥華、お前ばっか独り占めしてんじゃねぇよ」

「独り占めなんて――」

「してるよな?」

「……」


 遥華は否定しようとしたけれど繰り返し聞かれて黙り込んだ。

 まあ、独り占めと言えばそうかもしれないけれど……。


 でも、元々私も遥華にお世話になるつもりで来たから……遥華以外の人と遊んだり出かけたりする予定はない。


 銀星さんがどこに行くつもりなのかは分からないけれど、良い予感はあまりしないので遠慮したいところだ。


「すみませんが――」

「まあまあ落ち着いて」


 遥華の肩を持って銀星さんの誘いを拒否しようとしたんだけれど、もう一人の人物――連さんが私の言葉を遮るように声を上げる。


「確かに美来ちゃんは遥華が連れて来たんだから二人で遊びに行きたいってのも分かるけどさ。でも遥華こないだ言ったよな? 銀星の邪魔はしないって」

「それは……」

「こんなチャンス滅多にないんだからさ、一緒に来てくれよ。ヨシとノブにはもう先に行って準備しといてくれって言ってんだから」


 ヨシさんとノブさん?

 準備って何?


 疑問に思ったけれど、二人の会話は続いていて聞くことが出来ない。


「……連、あんたさっき人の予定聞いておいてそういう準備してるとか……卑怯じゃない?」

「それは悪いと思ってるよ。でも銀星が起きるまでどうするかハッキリしなかったんだ」


 困ったように笑う連さんはそのまま銀星さんを見る。

 つられるように私と遥華も視線をそっちに移すと、少しムスッとした表情の銀星さんが口を開いた。


「で? 遥華……俺の邪魔すんの? しねぇの?」

「……はぁ、分かったわよ。泣かせないなら邪魔はしないって言っちゃったもんね」


 銀星さんの確認のような質問に、遥華の方が折れた。

 ため息を吐いて連さんの方に行き、ヘルメットを着け始める。


「美来、ごめんね。予定変更」

「え?」


 心から申し訳なさそうな表情をして謝られる。

 そのまま困り笑顔になった彼女の口から出た言葉に、私は数秒思考停止した。


「美来に【crime】を紹介するよ」

「………………へ?」

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