たらし込む一夜②

 私はわくわくしながら次にヒレ肉へと箸を伸ばす。

 けれど、遥華の言葉にピタリと止めることになった。


「まあ、ほぼ全部だよ。野菜切ったりとかは誰かが手伝うこともあるけど」

「………………ホントに?」


 驚いて遥華を見るけれど、嘘をついている様には見えない。

 普通に美味しそうにお刺身を食べていた。


「ん……ホントだよー。嘘言ってどうするの?」


 お刺身を咀嚼して飲みこんでから口にされた答えに、それもそうだと思う。

 でもそれならあまり期待しすぎない方がいいかな? と思い直して今度こそヒレ肉を口に入れた。


「⁉」


 お、美味しい!

 味付けは甘さが控えめで、白米と一緒に食べることを想定してなのか少しだけしょっぱめ。

 お肉も柔らかくて、下処理がちゃんと出来てる証だ。


 一口かみ切って白米を口に入れる。

 口内調理で口の中が幸せであふれた。


 ひと切れ分食べ終える頃にはすでにお茶碗の白米が半分になってしまう。

 まだふた切れあるというのに……。


 これ、おかわり決定?

 あまり食べ過ぎるのもよくないんだけれど……。


 なんて心配をしながら今度はマグロのお刺身を食べる。

 ほんのちょっとだけわさびを乗せて……。


 パクッ


「うっ!」

「ん? どうしたの美来? わさびツーンときた?」

「美味い!」


 私を覗き込む遥華についうったえる。


「このお刺身って切れてるの買って来てるの?」

「へ? ああ、流石にマグロの解体は出来ないからってサクで買って来てるよ?」

「ってことは食べやすい大きさに切るのは連さんがやってるんだ……」


 凄い、と純粋に思った。


 お刺身を切るのは簡単そうに見えて結構難しい。

 もちろんただ切るなら簡単かも知れないけれど、美味しく切るのは難しいんだ。


 私も何度かサクから切ったことがある。

 けど、スジに対して垂直に切るといいのは分かっていても中々キレイに切れない。

 まして厚さをそろえるなんて、かなり慣れていないと無理だと思う。


 お味噌汁のだしの塩梅も丁度良くて、私は「美味しい美味しい」と繰り返しながら食を進めた。


 そうしていると、今まで見なかった連さんがプリンと思われるカップを乗せたトレーを持ちながら私達の座る場所までやって来た。


「美来ちゃん、いらっしゃい。久しぶりだね、俺のこと覚えてる?」

「あ、連さん。お邪魔してます」


 黒髪の赤メッシュの連さん。

 チャラそうでナンパなタイプだと思っていたし、私の嫌いな不良。

 そう思っていたからあまりお近づきになりたいと思っていなかったはずなんだけど……。


「この食事、連さんが作ったって聞きました。お料理上手なんですね!」


 美味しい料理を作れる人はどんな人でも尊敬してしまう。


「え? そ、そうかな? ありがとう」


 ヘラヘラした風だったのに、料理上手だと褒めたら彼は急に照れだした。

 そこに遥華が付け加えるように話す。


「美来、すごく美味しそうに食べてたもんね。ずっと『美味しい』しか言ってなかったよ?」

「へ? そ、そうなのか?」


 トレーを畳の上に置いて私たちの近くに座った連さんは、更に照れてるみたい。

 私はそんな様子の連さんに更に言い募った。


「本当に美味しいです! だしの塩梅も浅漬けの塩加減も絶妙だし、お肉は味付けも良いしちゃんとした処理しているのかすっごく柔らかいし!」

「あ、ありがと……でもそこまで褒める事じゃあ……」


 照れながら謙遜する連さんだけれど、私はあまりの感動に興奮して続ける。


「しかもお刺身の切り方とかもうプロ並みじゃないですか⁉ 私自分で切ってこんなに美味しく出来た事ないですよ⁉」

「っ……!」


 もはや黙り込んでしまった連さんに、私は満面の笑みで告げた。


「連さん、とっても料理上手です! 尊敬します!」

「うっ……」


 すると、胸を押さえて呻いた連さん。

 大丈夫ですかと聞く前にゆらりと体を揺らしたと思ったら、がばっと抱きつかれた。


「なっ⁉」

「ちょっと連⁉」


 私も驚いたし、遥華は引き離そうと連さんの襟元を引っ張っているけれど連さんは私をぎゅうっと抱きしめ離さない。

 でも、私は無理に引き離そうとはしなかった。


 これが銀星さんみたいに欲のある抱擁だったら何が何でも引き離したけれど……。

 今の連さんの抱き締め方はどちらかというとすみれ先輩に似たものを感じたから。


「あの、連さん?」

「何この可愛い生き物⁉」


 控えめに名前を呼ぶと耳元で叫ばれた。

 ちょっとうるさい。


「俺こんなに自分の料理褒められたことねぇんだけど⁉」


 また叫んでからやっと離してくれる。


「ここのやつらって腹に入ればいいって感じだからさ、不味くなければ良いって一々美味いって言ってくれねぇの」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ! だから美来ちゃんみたいに事細かに絶賛してもらったことなんてなくてさ……本気で嬉しいわぁ……」


 最後の方はしみじみと、目じりに涙を浮かべていた。


 美味しいと思ったことを正直に言っただけなのに、ここまで喜ばれるとは……。


「でも本当に美味しかったですから」

「嬉しいこと言ってくれるなぁ!」


 両手を取られ、嬉し涙で目を潤ませながら私を見つめる連さん。

 年上だし少しワイルドな雰囲気のイケメンなのに、今の表情を見るとちょっと可愛いなって思っちゃう。


「連! そろそろ美来から離れなさいよ!」


 すぐ近くで遥華がいまだに引き離そうと連さんのシャツを引っ張っていたけれど、それも気にせず今度はトレーの上のプリンを二つ手に取った。


「あ、そうだ。なぁ美来ちゃん、デザートもいるか? 君が来るって聞いたから用意しといたんだ。ほら、遥華も」

「……ありがと」


 遥華は差し出されたプリンをちょっと不満顔で受け取る。

 プリンは嬉しいけど、早く美来から離れて。とその顔が物語っていた。

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