たらし込む一夜①

「何であんなこと言っちゃうのー?」


 場所を遥華の自室に変え、私は恨めし気に彼女を見た。


「あれ? 言っちゃダメだった?」


 冷たいお茶を出してくれながら遥華はキョトンと目を丸める。

 いつもよりメイクが控えめなのでその表情は特に可愛らしく見えた。


「ダメってわけじゃないけど……わざわざ言う事でもないでしょう?」


 遥華は場の空気を明るくしようとしただけだろうし、私も別に何が何でも隠そうとしているわけじゃない。

 でも、久保くんの父親に知られるとなるとまた別の恥ずかしさが沸き上がる。

 やっぱり、あえて話題にしなくても良かったんじゃないかとは思う。


「ごめんね?」


 遥華は謝りながら困ったように笑っているけれど、その目には少し不安が宿っていた。

 私が遥華を拒絶しないか気にしているような不安。

 明るくグイグイ来る遥華の性格はそんな不安を隠すためのものなのかもしれない。


 その不安を私には見せてくれるってことは、それだけ近しく思ってくれてるってことだろう。

 それが分かったから、私は一つ息を吐いて笑顔で許した。


「うん、謝ってくれたから良いよ。恥ずかしかったけど、別に隠したかったわけでもないから」

「そう? ありがとう」


 私が笑顔になったことでホッとしたのか、心から安心したような笑顔になる遥華。

 その表情に私もホッとして心が温かくなった。

 しのぶとはまた違った癒しを覚えて、つい「遥華って可愛いね」とこぼす。


「え?」

「メイクもいつもより控えめだからかな? 表情がよく分かって……心から笑ってるような顔してる遥華って可愛い」


 正直に、思っていることをそのまま口にすると遥華は両手を自分の胸に当て頬を紅潮させた。


「も、もう……。そんなこと言われたらドキドキしちゃうじゃん。美来、私をたらし込んでどうするつもりー?」

「えー? もっと仲良くなってもらおうかと画策してるー」


 照れながらも笑って冗談ぽく言う遥華に、私も冗談っぽく返す。

 そうして笑い合いながら夕食の時間まで二人で話をした。


 途中で聞こえた「どうしよう。マジで美来にハマるかも」という呟きはどういう意味か分からなかったけれど。


***


 高峰家の夕食の時間は大体決まっているらしく、午後六時ころになったら食堂代わりにしているという広間に連れていかれた。


「わ……」


 広間につく前から騒がしかったから予想していたけれど、予想以上の人数がいる。


 十畳ほどの和室が二間。

 通常は襖で仕切られているっぽいところを全開にして長い座卓テーブルが等間隔で置かれている。

 そしてその席が埋まるほどの人数。


 ぐるりと見回すと端の方にヨシさんとノブさんを見つけたので会釈しておく。


 銀星さんと充成さんは上座の方で、私はそこから少し離れたところに遥華と一緒に座った。


「結構人がいるんだね……?」


 騒がしいから声をひそめる必要はなかったんだけれど、なんとなく気圧されてこっそり遥華に聞く。


「ああ、うん。私や連みたいに事情があって世話になっている人とか、舎弟や若衆でも肉体労働しか出来ないやつは稼ぎが少ないからここに寝泊まりしてるんだ」

「へぇ……。でも肉体労働って何してるの?」


 極道で肉体労働って言うとケンカとか乱暴な取り立てとか良くないものが思いつく。

 もしこの人達がそういったことをする人ならあまり関わらないようにしたいなと思って聞いた。


 でも、答えは予想外のもので。


「んー? そうだね……大工のスキルある人はそっち系の仕事してるし、後は農家の助っ人とか?」

「……え? そういう仕事してるの?」


 驚く私に何を考えていたのか察したんだろう。

 遥華は笑って説明してくれた。


「極道って言ったって、違法なことしたら捕まっちゃうのは変わらないし。今どきの舎弟とかは税理士や弁護士のスキル持ってたりして結構インテリな人も多いんだよ?」

「そうなんだ」

「まして高峰組は抗争とかずっとないからね。ただ強面な集団が集まってるってだけみたいなもんだよ」

「へぇ……」


 ただでさえ不良が嫌いで、極道なんて関わりたくもなかった私はそういう系の人の事情を知ろうともしていなかった。

 そういった理由もあるんだろうけれど、私の中の極道のイメージはちょっと偏っているのかも知れないと認識させられる。


 話を聞いて感心していると、みんなが揃ったらしく充成さんが軽い調子で声を上げた。


「さ、今日は客がいるからな。いつもみたいに騒がしくして怖がらせるんじゃねぇぞ?」


 笑顔だったけれど、その声には少しドスが効いているようにも感じる。

 充成さんの言葉に、騒がしかった男たちはピタッと口を閉じた。


 注目される中充成さんが両掌を合わせて「いただきます」と言うと、大勢が一斉に『いただきます!』と叫ぶ。


 あまりの声の大きさにビックリしたけれど、ちゃんと食事の挨拶をしていた事にもちょっと驚いた。

 なんて言うか……さっきまでの騒がしさを思うと、挨拶とか知るかって感じで豪快に食べるのかと思っていたから。


 それなのに充成さんに合わせて挨拶するし、食べ始めてからも食事マナーを守っている。


 銀星さんなんかは目を疑いたくなるほどに綺麗な所作で食事してるし……。


 髪を下ろしていて美人状態だったから、なんか女物の和服着せてみたいと思ってしまった。

 きっととても綺麗な和服美女が出来上がるだろう。


 ……銀星さん、女だったら仲良くしたいって思ったかも。


 なんてことまで考えてしまった。


 流石に失礼か、と思い直していると遥華に「食べないの?」と聞かれ慌てて箸を持つ。


「食べるよ。……それにしてもしっかりした食事だね?」


 改めて御膳の上のものを見るとどこかの旅館なのでは? と思うほどの品々があった。


 白米にお味噌汁。

 焼き物は豚ヒレ肉の西京焼き。

 お刺身や、きゅうりとキャベツの浅漬けとかもあって……。


「……これ、連さんが作ったって言ったよね? まかさこれ全部?」


 まさかなぁと思いながらまずは浅漬けをつまんでみる。


 ……うん、塩分控えめで素材の味を引き出してる。

 これもうプロだよ。


 出来合いには見えないし、添えものがこれだけ美味しいならメインも期待できるかも。

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