高峰組の人達③

「くおぉら銀星ぃー!」


 唸るような遥華の声が聞こえる。

 続けてゴンッと鈍い音が聞こえると、銀星さんは「グッ」と唸り私の上からどいてくれた。


「遥華! お前何使って殴った⁉ いてぇぞ⁉」

「そりゃ痛い思いしてもらわなきゃ。ちょっと目を離したスキに押し倒すなんて! 美来がやっぱり泊まるの止めるとか言ったらどうしてくれんのよ⁉」


 何故かフライパンを持ちながら仁王立ちする遥華は、憤然と銀星さんを見下ろしていた。


「ったく、ちょっとゴアイサツしてただけだろうがよ」


 ゴアイサツ⁉

 あれが⁉

 完全に襲ってたよね⁉


 体を起こしながら驚愕していると、私が文句を口にする前にもう一人の声が聞こえた。


「はっはっは! 銀星もまだ若いな。すぐになびかない女にはそれ相応のやり方ってものがあるんだぞ?」


 快活に笑うその人は遥華の後ろから現れた。


 この人がここの組長さんで、遥華の養父。

 久保くんと銀星さんの父親か……。


 四十代中ごろといった年齢に見えるその人の印象は正直悪くなかった。

 明るさの中に優しそうな雰囲気が垣間見えて、遥華の言った通り普段は優しい人なんだろうってことが分かる。


 久保くんと銀星さんは母親似だって言うから、ぱっと見は確かに似ていなかった。

 でもよく見ると耳の形が銀星さんとそっくりだし、目の形が久保くんに似ている。

 二人の父親なんだなって、実感した。


 ……ただ、いくら優しい人でも親として今の言葉はどうなんだろう?

 嫌がる女の子を息子が押し倒してたら謝るように言うべきじゃない?


 それを攻め方を変えろみたいにアドバイスするとか……。


 そういえば性格は銀星さんと前までの久保くんに似ている、と聞いた気がする。

 それでか、と少し呆れながら納得した。


「チッ……親に女の口説き方教わるつもりはねぇよ」


 組長さんを嫌そうに見ながら立ち上がった銀星さんは、私に視線を戻し「また後でな」と言って去ろうとする。

 そこに遥華が持っていたフライパンを突き出し声を掛けた。


「あ、銀星待って。暇なら連の手伝いしてくれる? 夕飯作ってたから

「はぁ⁉ なんで俺が」


 銀星さんは文句を言いつつ突き出されたフライパンを受け取っている。

 そのままぶつぶつ言いながらも遥華たちが入って来た障子戸の方から出て行ったから、文句は言いつつも言われた通り手伝いに行ったってことなのかな?


 銀星さんって、案外素直?

 俺様だし強引な人だけれど、身内には甘い人なのかもしれない。


 ちょっとだけ。

 ほんの小指の爪の先程度だけれど、ちょっとだけ好感度が上がった気がする。


「ごめんね美来、遅くなって。ちょっと連に夕飯の支度手伝えーって捕まっちゃってて」


 謝って来た遥華の話では、組長さんを呼んできたは良いものの、ここに連れてくる途中で台所にいる連さんに手伝えと捕まってフライパンを渡されたらしい。

 今は手伝えないと話しているところにヨシさんとノブさんが通りかかって銀星さんをこの部屋に案内したと聞いたんだとか。


「もうフライパン持ったまま慌てて来ちゃったよー」


 困り笑顔の遥華は「でも持ってきて良かったかも」なんて言っていた。


 っていうか、連さんもここに住んでるんだ……。


 もしかしてこの家、私が思っているより結構人がいる?


 そんな疑問を抱きつつ、三人改めて座り本来の挨拶の場になる。

 高峰充成みつなりと名乗った組長さんは、にこやかに話し出した。


「さて、美来ちゃんと言ったかな? 遥華の友達として歓迎する。極道の家ってことで緊張してしまうかもしれないが、怖いことはないからゆっくり泊まって行ってくれ」


「ありがとうございます」


 堂々と上座に座る充成さんの言葉にお礼を言う。

 最初に感じた印象のように、快活で優しい人みたいで安心した。


 でも。


「……いやぁ、話には聞いていたが本当に可愛い子だね。俺がもう三十年――いや、二十年若かったら本気で口説いていただろうなぁ」


 笑って言われたけれど、半分くらいは本気っぽくてちょっと引いた。

 女好きなところはある意味二人の父親っぽいけれど……。


「まあ、流石に俺が口説くのはまずいか」

「……」


 少なくともそれくらいの分別はある様で安心した。


「あ、でもほら! もしかしたら義理の娘になるかもしれないし」


 私がちょっと引いてしまって空気が微妙になったのを感じ取ってか、遥華がとんでもないことを言い出す。


「ちょっ、遥華⁉」

「義理の娘? ああ、銀星がものに出来ればってことか?」


 止めようとする私だけれど、充成さんは面白そうに食いつく。

 期待しているところ悪いけれど、銀星さんの女には絶対ならないと思う。


「ううん、違う違う。もう一人の方」

「ちょっ⁉」

「もう一人? ああ、幹人のことか。そういえば年も同じだし学校も同じだったな?」


 そう言って視線を向けられたので、私は「同じクラスです」とだけ答えた。


「確かに幹人と結婚しても俺の娘という事になるな。……美来ちゃんが義理の娘か……いいな」


 呟き、ニヤリと笑う様子は少し悪い顔をしている。


「どうだ? 幹人と結婚しないか?」


 久保くんと結婚という言葉に私は一気に顔が熱くなる。

 頭も熱くなってしまった私は、ただでさえ出やすい感情を前面に顔に出してしまった。


「うぇ⁉ そ、そそそそんなっ! 久保くんと結婚だなんて……!」

「脈ありか! 銀星は振られたなぁはっはっは!」


 私の表情一つで確信を得られてしまう。

 豪快に笑う充成さんから視線を逸らして、私は顔の熱を冷ますのに必死になった。

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