高峰組の人達②

 玄関でのやり取りが終わると、ヨシさんとノブさんは「若に知らせてくるぜ!」と言っていなくなってしまった。


 わざわざ知らせなくていいのに。


 進んで会いたいと思っていない私はそう思いながら彼らの背中を見送った。


「じゃあ、まずは親父さんに挨拶しに行こうか。お世話になるってことだからさ、一応お願い」


 遥華のおねがいに、必要なことだとは思うけれど緊張する。

 どんな強面の人が出るんだろうって。


 そんな私に、遥華は緊張をほぐすように話しかけた。


「普段の親父さんは普通に優しいからそんなに緊張しなくて大丈夫だよ? むしろ美来くらい可愛い子だったらきっとメチャクチャ可愛がられるから」

「そうなの?」

「そうだよ。普通に同級生のお父さんって感じでいれば良いって」


 実際私の養父だしねぇ、とにこやかに遥華が言うので少しは緊張もほぐれる。


「同級生のお父さん……」


 呟いてから、ふと気づく。


 ここの組長さんってことは銀星さんのお父さんってことで……という事は久保くんのお父さんってことでもあるんだよね?

 異母兄弟だから、父親は同じってことだし。


 そこに思い当たったら、今度は別の意味で緊張してきた。


 好きな人の父親。

 普通に気に入られたいと思う。


「……ねえ遥華。私今変なところない? 食べカスが口についてたりとかしてない?」

「してないけど? どうしたのいきなり」

「え? いや、その……組長さんって、久保くんのお父さんでもあるんだよね……?」


 最後の方は声が小さくなってしまったけれど、遥華にはちゃんと聞こえたらしい。


「ああ、好きな人のお父さんって考えちゃったんだ?」


 そうして改めて私の顔を見た遥華は、にまぁと変な笑顔を浮かべた。


「え? えっと……遥華?」

「やだもう美来可愛い!」


 遥華は私にギュッと抱き着き、離れると嬉しそうに笑う。


「もう、私が男だったら絶対惚れちゃってるよー。歌ってるときはカッコイイくらい綺麗なのに、そんな可愛いところもあるとか……同性なのに胸キュンしちゃうじゃん」

「そ、そう?」


 どう受け取ればいいか分からなくて戸惑いがちに聞き返す。

 悪く見られているわけじゃないから良いのかも知れないけれど……友達に言われると何とも微妙な気分になる。


「そうだよ。……あ、ここで待っててくれる? 親父さん呼んでくるから」

「あ、うん。分かった」


 言いながら開けられた障子戸の中に入ると、遥華はすぐに行ってしまった。


 八畳の和室は客間なのか、座卓と座布団があるだけのシンプルな部屋。

 といっても、床の間には立派な掛け軸と盆栽が飾られていたけれど。


 とりあえず下座にある座布団に座って一つ息を吐いた。


「それにしても本当に広い家だな……」


 玄関からそこそこ歩いたのにまだ家の端が分からない。

 流石と言うべきなのか……。


 極道の家ってみんなこんな感じなのかな?

 想像通りといえばそうだけど、全部が全部こうってわけじゃないよね。


「でも、まさか極道の家にお世話になることになるなんて……」


 呟きながらバス停からのやり取りを思い出す。


 思い返してみても後悔はない。

 遥華を傷つけるような事はやっぱり出来ないし、したくないから。


「……でも、これって奏に相談案件だよね……?」


 スマホを取り出しながら眉を寄せる。


 多分、報告はした方がいい。

 後でバレたらこっぴどく叱られるから。


 でも、確実にここに泊まるのを止めろって言われる。

 遥華のことを思うとそれだけは避けたかった。


 メッセージアプリを起動して、奏とのトーク画面を見つめてしばらく葛藤する。


 迷いに迷った結果――。


「よし、黙ってよう!」


 そう結論を出してスマホをバッグにしまった。


 黙っていればもしかしたらバレないかもしれないし!


 バレないことの方が少ないのは分かっていたけれど、今はそこから目を逸らした。


「だいたい反対される理由はきっと銀星さんのことだし、あまり会わないようにすれば――」

「あ? 俺がなんだって?」


 奏への言い訳のようなことを直接口にしていたら、私が入って来た障子戸とは逆の位置にある襖がサッと開き銀星さんが現れた。


「へ?」


 まさか言ったそばから遭遇するとは思わず、私は体も思考もフリーズしてしまう。


「来たな、美来」


 私を見下ろしニヤリと笑った銀星さんは、フリーズしている私との距離を詰めた。

 その手が頬をかすめて耳の下の髪に入っていく。

 ハッとしたときには、左側の頭を掴まれているような状態になっていた。


「二日間、この家に泊まるんだろ? だったら覚悟しとけ。お前を俺に惚れさせてみせるからな」

「は? なっ! 惚れません!」


 近付いた綺麗な顔があまりにも俺様なことを言うから、私は停止していた思考を無理やり戻してハッキリ拒否する。

 でも銀星さんにとっては私のお断りの言葉もただの戯言の様で……。


「惚れろって……それまでキスはしねぇでおいてやるからよ」


 わずかに甘さを含ませてそんなことを言うと、身体をグッと近付けてきて押し倒された。


「ちょっ⁉」


 待って、これヤバイ⁉

 会わないようにしようとか思った矢先だっていうのに!


 会ってしまった上に押し倒されるとか、まんま奏の心配していたことじゃないだろうかと思ってしまう。


 まずいと思って抵抗しようにも、肩と足はすぐに押さえつけられてしまって身動きが取れない。

 しかも結ばれていない銀星さんの髪がサラリと落ちてくるのが見えて、一瞬その美人っぷりに目を奪われてしまった。


 そうだ。

 銀星さんは肌が白くて中性的な顔立ちをしているから、髪を下ろしているととても美人さんなんだった。


 そのことを目の当たりにして思い出し、思考が巡る。


 綺麗な顔。

 母親が違うだけで、こんなにも違う顔立ちになるんだ……。


 こんなときだっていうのに久保くんとの違いに思いをはせてしまう。


 今の久保くんと比べたら何もかもが違う。


 でも――。


「なんだ? 抵抗しねぇの? じゃあ遠慮なく……」

「え? ひゃあ⁉」


 私が抵抗しないから少し不思議そうだったけれど、銀星さんはその綺麗な顔を私の首筋に埋めた。

 素肌に柔らかいものが触れて、熱い吐息がかかる。


「ちょっ! やめてくだっ――ひぅ!」

「良いじゃねぇか。キスはしねぇっつってんだろ? 味見くらいさせろよ」

「味見って⁉ ちょっ、本当にやめて――やっ」


 弱い部分への甘い刺激は、嫌だと思っていても多少は反応してしまう。

 そして女慣れしているっぽい銀星さんはしっかりと読み取ってしまった。


「ん? なんだ美来。首弱ぇの?……へぇ」


 その声が楽しそうに震える。

 何だか前にもこんなことがあったような、と既視感を覚えた。


 顔は違っていても性格は似ているのかもしれない。

 今の銀星さんは、私が嫌っていた頃の久保くんそっくりだったから。



「イイ声聞かせろよ」

「は、やぁ……ちょっ、本当にやめて――」


 このままじゃ本当にマズイ!


 そう思ったとき――。

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