高峰組の人達①

 門の中はまさに和。

 玄関までは飛び石があって、両脇には日本庭園。

 奥の方にはちょっとした池も見えたから、もしかしたら鯉とかいるのかも知れない。


 玄関も広くて、何やら高そうな大きい壺とか飾ってあって……どこの旅館ですか?って聞きたくなる。


「……凄いね」


 思わず感嘆の息を吐いて呟いた。


「でしょう? 私も初めはビックリしたんだよ? でも流石にもう慣れちゃった」


 靴を脱ぎながら明るく笑って言う遥華は、もう本当にいつも通りだ。

 私もならって靴を脱いでいると、奥の方から二人分の足音が聞こえてくる。


 ドスドスと、重そうな足音に大柄で乱暴そうなイメージが湧く。

 そして奥の廊下から現れたのはまさにそのイメージ通りの人たちだった。


「おう、ハル。帰ったのか?」

「未来の姉御になる女ってのはその子か?」


 黒髪の男とスキンヘッドの男。どっちも強面で筋肉質だった。


 二十代前半っぽい二人の男は近くに来ると私をジロジロと見下ろす。

 大きくて背も高めの男達にぶしつけに見下ろされて流石にたじろいだ。


「ちょっと! ヨシさん、ノブさん! 美来をいきなり威圧しないで頂戴!」


 遥華が叱りながら間に入ってくれて助かった。

 これ以上近付かれてたら反射的に拳が出てしまいそうだったから。


「おお、悪い」

 ヨシさんと呼ばれた黒髪の男が遥華の叱責に申し訳なさそうにして少し離れた。


「スマンスマン」

 ノブさんと呼ばれたスキンヘッドの男の方も倣うように下がる。


「ごめんね美来。この人達ちょっと態度が乱暴で……」

「ううん、大丈夫だから」


 手のひらを向けてジェスチャー付きで気にしていないことを伝える。


 確かに粗野な感じはするけれど、遥華の叱責で普通に謝っていたもん。

 悪い人たちってわけじゃないみたいだから。


 でも、一つだけ気になることがある。


「それよりもさ、さっきその……ノブさん? が言っていた《未来の姉御》って、何?」


 つい、最後の方の声音が低くなってしまう。

 だって、その言葉を単純に考えるとさ……姉御って多分組長の奥さんとかのことだよね?

 そこに《未来の》なんてつくってことは、今の組長じゃなくて未来の組長。

 ……多分、銀星さんのこと。


 つまり何? この家の人達の中では私ってすでに銀星さんの女ってことになってるとか?


 ちょっと、頬が引きつった。


 でも遥華は慌てて訂正する。


「あ、違うの! 美来が来るって伝えたときに銀星が『俺が今狙ってる女だ』なんて言うから、この人達が早とちりしちゃってるだけだから!」

「……そう」


 それもどうなんだろうと思ったけれど、少なくともみんながみんなそんな風に思っているわけじゃないと分かっただけでも良かったのかも知れない。

 何とも言えない気分で遠い目をしている私に、ヨシさんとノブさんはまた私をジロジロ見て口を開く。


「にしてもホントにこの子が若が狙ってる女なのか?」

「可愛くないとは言わねぇけど……地味すぎねぇ?」


 随分とぶしつけな視線を向けられていると思ったけれど、言葉もぶしつけだった。

 そしてノブさんが手を伸ばしてくる。


「とりあえずその眼鏡取ってみろよ」

「は? ちょっ!」


 言葉と共に眼鏡を取られそうになり、私は反射的にその手をかわす。


「お? 見た目のわりにすばしっこいな」


 と、今度はヨシさんまでも手を伸ばしてきた。


「なっ⁉ 何なんですか⁉」


 彼らの腕をかわしながら非難の声を上げるけれど、二人はまるで鬼ごっこでもしている様に楽しそうだった。


「おお! これでも逃げれんのか?」

「よっしゃ! これならどうだ⁉」


 子供みたいに楽しそうな二人は本当に遊んでいるかのよう。


 何この人達。

 なんかすっごい大人げないんだけれど⁉


 逃げるのは簡単だったけれど、いつまで続ければいいのかとうんざりした。

 すると、この広めの玄関に底冷えするほどの低い声が響く。


「……ヨシさん?……ノブさん?」

『⁉』


 その声が聞こえた途端大の男二人はビクリと震えて動きを止める。

 見ると、遥華が絶対怒っているというのが分かるほどの冷気を漂わせた笑みを浮かべていた。


「あんた達、いい加減にしなさいよ?」

「ひぃっ!」

「は、はいぃ!」


 遥華の本気の怒りに、ヨシさんとノブさんはビシッと直立不動になる。

 筋肉質の大柄な大人の男二人が、一人の女子高生を怖がっている姿は中々にシュールだった。


「ごめんね美来。こいつら脳筋だからさ」


 見事なほどに冷気を消し去った遥華が私に申し訳なさそうに説明する。


「脳筋……」

「うん。つまり馬鹿なの」

「……」


 ハッキリ言っちゃったよ……。


「悪い人達じゃないんだけど、たまに面倒臭いんだよね。早とちりや勘違いして暴走するし……」

「……そっか」


 なんて返せばいいのか分からなくてそれしか言えない。

 そんな私に、遥華は眉尻を下げて申し訳なさそうに提案をする。


「でさ、ここにいる大人の男って親父さん以外だとみんなこんな馬鹿ばっかりなんだ」

「そ、そうなの?」


 相槌を打ちながらヨシさんノブさんを気にして横目で見ると……。


「ハル、ひでぇよ……」

「そりゃ、頭は良くねぇけどよぉ」


 と小さな声で反論していた。

 そんな小さな声でもしっかり聞こえていたのか、遥華は二人をキッとひと睨みして黙らせる。


 ……遥華、強い。

 むしろ遥華が姉御って感じじゃないかな?


 なんて考えていると、遥華は私に視線を戻して続きを話した。


「だから、もしかしたら今みたいにみんな美来のこと舐めてかかってくるかもしれないんだ……」

「それは……困ったね……」

「うん。だから申し訳ないんだけど、この家にいる間だけでも眼鏡取って髪解いてくれない?」

「へ?」


 笑顔でされた提案に私は目をパチクリ。


「えっと……素顔でいれば舐められないってこと?」

「もっちろん!」


 半信半疑な思いで確認すると、当然でしょ? とばかりに返って来た。


「素顔の美来見て馬鹿にするような奴いるわけないじゃん」

「そうかな?」


 確かに地味な格好よりは舐められたりはしないだろうけれど……。

 でもそこまで断言するほどかなぁ?


 ちょっとの疑問はあったけれど、遥華の言う事にも一理あるので考えてみる。


 奏には出来る限り素顔見せるなって言われてるけど、それは主に外での話だし……。

 家の中だけなら大丈夫かな?

 銀星さんたちにも素顔はバレてるし……構わないよね?


 舐められてさっきみたいなことがまたあっても面倒だし、と思った私は遥華の提案を吞むことにした。


「家の中にいるときだけだからね?」


 念を押して私は髪を解き眼鏡を取る。

 スルスルと勝手に解けていく髪を軽く手櫛で整えると「おお……」「マジか……」という声が聞こえた。

 目の前の遥華も「わぁ……」と感嘆の息を吐きながら少し頬を染めている。


「これでいいかな?」


 確認すると、遥華はコクコクと頷いた。


「いいよ! 美来は可愛いし美人だし、これで舐めてかかるような奴がいたら逆に見てみたいよ!」

「すげぇ……こんなに可愛い子だったのか……」

「未来の姉御にするなら問題ねぇどころかピッタリだぜ」


 少し興奮する遥華に続いてヨシさんノブさんも感想を口にする。


 でも姉御になんてなりませんから!


 ツッコミを口にするべきかと少し迷っていると、遥華が何か納得したように頷いた。


「銀星が変わる瞬間見て誘惑されたって言ってた意味も分かるなぁ……ドキドキしちゃった」


 なんの屈託もない笑顔で告げられた言葉に微妙な気分になる。


 誘惑、してないんだけどなぁ……。

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