遥華の家 後編
「……というわけで、私の気持ちがみんなに知られてしまうことで久保くんが嫌な思いをしないかってことが心配なの。……奏は――あ、私の双子の兄なんだけどね、奏は大丈夫だろうって言うんだけどそれでも心配で……」
「ふーん……美来に双子の兄がいるってところも初耳でビックリだけど……。少なくとも銀星に関しては大丈夫なんじゃないかな?」
「そうかな?」
銀星さんの人となりは詳しくは知らないから、私には判断できない。
でも、少なくとも私よりは知っているであろう遥華の言葉に希望を見た。
「美来が心配しているようなネチネチしたいじめなんて絶対しないだろうし」
「……確かに」
何となく俺様っぽい銀星さんが誰かをネチネチいじめている姿は想像できない。
「それにその久保くんって確か銀星の異母兄弟なんでしょ? 私は面識ないけど」
「あ、うん。そうらしいね」
相槌を打ちながら、私自身そういえばそうだったと思い出す。
銀星さんに初めて会った後に一度聞いただけだったから、ちょっと忘れかけていた。
「きっと銀星なら、『俺のものは俺のもの。弟のものも俺のもの』とか言い出して奪いに来ると思うよ」
「ぷっ、何そのガキ大将発言。でもなんか分かるかも」
奪いに来られるのは困るけれど、確かに似たようなことは言いそうだと思ったら本気でおかしくて笑ってしまう。
そのまま遥華は面白おかしい話をしてくれて、私の不安をさりげなく解消していってくれた。
ああ……やっぱり遥華、好きだなぁ。
しのぶとはまた違うタイプだけれど、相手のことを思いやることが自然と出来る人だ。
だから私は、もっと遥華と仲良くなりたいなって思ったんだ。
……でもそうして足を進めていくうちに、何故か遥華の口数が減っていくことに気づく。
同じ色の塀が長く続く辺りになると本当に黙り込んでしまって、どうしたのかと聞かずにはいられなくなった。
「遥華? どうしたの? なんか黙り込んじゃったけど……」
聞くと、さっきまで元気に笑顔を浮かべていた遥華が今にも泣きそうな顔になって私を見た。
「……あの、ね。私の家ってちょっと特殊なの。……美来はそれでも私の家に泊まってくれる?」
「え? 特殊?」
聞き返すと、丁度続いていた塀の切れ目につく。
遥華はそこで足を止めた。
見ると、そこには立派な屋根付きの和風門がある。
そして入り口横の通常より大きな表札に書かれていた文字は――。
《高峰組》
「……ここが、私の家なんだ」
「……」
あまりにも予想外のことに私は言葉を失い固まってしまった。
「えっと、まあ、見ての通り極道って言われる家なんだけど……でもここの人たちは悪い人じゃないんだよ⁉ 元々高峰は任侠の家だし、抗争みたいなものもお祖父さんの代で終わったから今は暴力的なことは一切していないし!」
「……」
言い募る遥華の言葉にもなんて答えていいか分からない。
悪い人達じゃなくても、極道と言われるような家にお世話になるのはどうなんだろうって思いがどうしてもある。
それに何より……。
「……でもここって、銀星さんの家でもあるんだよね?」
どちらかというと一番の不安要素はそこだった。
どうして遥華の家が銀星さんの住む高峰組なのかは分からないけれど、何か事情があることくらいは分かる。
だからそこを私の方から追及するつもりはない。
でも、私を狙っているという銀星さんと同じ家に泊まるという事は……それだけ彼に襲われる危険があるってことなんじゃないかな?
「それはそうなんだけど、銀星からは責任持って私が守るから! 美来を泣かせたら許さないって言っておいたし!」
「遥華……?」
必死な様子に遥華の表情をよく見る。
泣きそうな顔で必死になって私を繋ぎとめようとしている。
それはまるで、私が泊まるのを拒んだら遥華自身をも拒んでいると受け止められそうなほど。
……ううん、多分その通りなんだ。
遥華の今の様子を見ると、“私を拒まないで”と言っている様にしか見えない。
……ここに泊まるのを拒むのは簡単だ。
どんなにいい人でも、極道の世話になるわけにはいかないって言えば良い。
常識的に考えてもそれが普通。
でも、そうして拒んだらきっと遥華との縁もここで切れてしまう。
どんなに私が今まで通りに接しようとしても、遥華の方が逃げてしまうと思う。
傷つきたくないから。
今泊まるのを拒んだらきっとそれは遥華を拒むのと同意義で……多分、深く彼女を傷つける。
遥華の必死さでそれが分かってしまったから、私は「分かったよ」と返した。
「ちょっと……いや、結構驚いたけど……でも分かったから。……改めて二日間よろしくね?」
「美来……? え? 本当に?」
「うん。……あ、でも銀星さんのことは本当にお願い。襲われそうな場所でゆっくりなんて眠れないもん」
そこは念を押しておく。
「うん……うん! もちろん! 美来は私が絶対守るから! ありがとうっ」
そうして笑顔になった遥華は目に涙を溜めた状態で私に抱きついてくる。
私はそれを受け止めて、遥華との縁が切れなかったことを純粋に嬉しいと思った。
……遥華は抱きついたまま自分のことを教えてくれる。
元々は父親が高峰組の舎弟だったんだと。
でも遥華が生まれるのと同じくらいに足を洗って、真っ当な仕事についた。
だから遥華は小学生の低学年の頃までは普通の一般家庭で育ったんだって。
でも四年生になる少し前くらいに、両親が揃って亡くなってしまった。
しかも祖父母は父方母方どちらもとうに亡くなっていて、頼れる親戚も無し。
そのままだと遠縁をたらい回しにされるか施設に入るかというところに、高峰の組長さん――つまりは銀星さんのお父さんが声を上げてくれたのだと。
高峰組の組長だとは知らなかった遥華だけれど、何度か顔は合わせていて面識はあった。
面白いおじさんだと認識していた遥華は、二つ返事で彼にお世話になることを決めたんだって。
「ここの人達は本当に気のいい人だし、銀星もあんなだけど私のことは幼馴染としてそれなりに大事にしてくれてるし。……ここに住んでいることに後悔はないんだ」
「うん……」
「でもね、ここに住むようになったら……それまでいた友達がみんな離れて行っちゃって……」
「遥華……」
段々嗚咽交じりになってきた遥華の背中を撫でる。
似た立場になったことはないから、本当の意味で彼女の気持ちを理解することは出来ない。
でも、ちょっとだけ分かる気がした。
自分は何も変わらないのに、周りが勝手に判断して離れて行ってしまったときの気持ちは。
状況は違うけれど、似たような思いをしたことはあったから……。
「不良ばっかりの南校ですらさ、高峰組って聞いただけでビビるんだもん。だから家に呼べるほど仲の良い友達もいなくてさ」
そう言って顔を上げた遥華は悲しそうに笑う。
でもその悲しみが優しくほぐれていくように嬉しそうな笑みに変わった。
「だから美来が泊まるって言ってくれて本当に嬉しいの。ありがとね」
「……ううん、お礼を言われるほどのことじゃないよ。……じゃあ、案内してくれる? この家広そうだし」
「あはは、確かに広いね。じゃあ迷わないように私について来て!」
まなじりに残る涙をぬぐった遥華は、いつもの元気を取り戻すとそう言って私の手を引いて門の中に入って行く。
私は緊張しながらも、ためらうことなく足を進めた。
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