第二学生寮のトラブル 後編

 家、かぁ……。


「帰っても大丈夫だと思う?」

「いや、ダメだろ」


 難しい顔をしている奏を見て聞くと即答される。


「だよねぇ……」


 三連休で家に戻る。

 それはきっと奏をストーカーしてた子も同じだと思うから。

 帰って地元でバッタリなんてなったら、わざわざ私達まで遠くの学校に通った意味がなくなる。


「なんだ? 帰れない事情でもあるのか?」


 一緒にいて私たちの会話を聞いていた久保くんが疑問の声を上げる。

 その辺の事情を誰かに話したことはなかったもんね。


「うん、まあ……会うわけにはいかない人がいてさ」


 ストーカーのことなんて言いふらすことでもないから、ちょっと曖昧に答えた。

 久保くんは「はぁ……」とよく分からないながらも納得の声を上げる。

 その口から更に何か疑問が出てくる前に、今度は奏が久保くんに質問した。


「で、久保は家に帰るのか? お前の家ってこの辺なんだっけ?」

「え? ああ、寮にいられねぇならそうするしかねぇだろ。あと、そこまで遠くはねぇな」


 聞かれたことに素直に答える久保くんに奏は「じゃあ」と自然な様子で口を開く。


「俺お前の家泊まるから、よろしく」

「ああ……って、は⁉」


 あまりにも当然のように言われて久保くんはうっかり了承の返事をしてから疑問の声を上げた。

 でも一度了承したものを覆すのを奏が許すはずもなく……。


「あ、良いんだな? サンキュー、助かったよ」


 断りの言葉が出てくる前に笑顔で押し通していた。


「は? え? なぁっ⁉」


 混乱しているうちに押し切られた久保くんは言葉にならない声を出し続ける。


「奏……」


 私は強引な兄にジトッと湿り気を帯びた視線を送ったけれど、彼は「ん?」と一見爽やかにも見える笑みを私に向ける。

 ……いや、私にまで笑顔で押し通さなくても良いでしょ。


「はぁ……まあ、別に構わねぇけどよぉ……」


 いまだに少し寝ぐせがついたままの頭を搔きながら、久保くんが諦めの言葉を口にする。

 そして私に向き直った。


「で? それなら美来はどうすんだ? 流石に俺の家は無理だぞ?……色んな意味で」


 “色んな”というところで少し頬を染めていた久保くんを不思議に思いつつ、私は確かにどうしようと悩む。

 久保くんに言われずとも、男の子の家に転がり込むわけにはいかないし……。


 助けを求めるようにさっさと自分の宿泊先を決めてしまった奏に視線を送ると。


「とりあえず女友達片っ端から当たってみれば?」

「まあ、それしかないかぁ……」


 ホテルに泊まるっていう手もないわけじゃないけれど、そんな無駄なお金は使いたくなかったし。

 私はとりあえずしのぶに連絡を取ってみた。


「うーん……でもしのぶもこの三連休は家に帰るって言ってたしなぁ……」


 呟きながら電話を掛けると、比較的すぐにしのぶは出てくれた。


『美来? どうしたの?』


 もう家についてゆっくりしていたらしい彼女に一通りの事情を説明する。



「というわけで、泊めてもらえるところを探してるんだけど……」

『そっかー……災難だね。ここはうちに来てって言ってあげたいんだけど、私の部屋ってお姉ちゃんと共同でさ、泊めてあげることが出来ないんだぁ』


 ごめんね、と謝ってくるしのぶに気にしないでと返した私は、香と奈々にも連絡を取ってみる。


『あーごめん、無理だわ。親戚の法事でちょっと離れたとこに泊まりで行かなきゃなくて』

 と、香。


『あ、ごっめーん! 言ってなかったっけ? 私この連休家族旅行なんだ』

 と、奈々。


 二人にも「気にしないで」と返しながら電話を切った私は、内心結構焦っていた。


 どうしよう。

 他に頼れそうな人って……。


 とりあえず連絡先を知っていて泊めてくれるかもしれない女の子に、片っ端からメッセージを送ってみた。


「なんだ? みんなダメだったのか?」


 見守ってくれていた久保くんがそう声を掛けてくれる。


「えっと……どうかな? 特に仲の良い子たちは駄目だったから、今他の子たちにメッセージ送ったところで……」


 そう言うと流石に奏も心配になってきたのか真剣に考えてくれた。


「泊めてくれるところがないのは困るな……」

「うん……どうしても見つからなかったら私だけでも家に帰るしか――」

「ダメだ!」


 顎に指を置いて考えていた奏が、私の言葉に大きく反応する。

 確かに奏のストーカーには私も会ったら何かされそうな気はするけど……そこまで強く止められるとは思わなかった。

 目を丸く開いて驚く私にハッとして、奏は取り繕うようにコホンと咳払いする。


「お前だってあいつに会ったら何言われるか分からないだろ? とにかく、帰るのだけはダメだ」

「う、うん……」


 珍しく感情を荒立たせた姿を見せる奏に戸惑いつつも、私自身例のストーカーに会いたいわけじゃないから頷いた。


 そんなやり取りをしている間にメッセージを送った数人から返事が来ていたので、チェックしていく。


「すみれ先輩も泊まりで出かけるのかぁ……」


 みんな何かしら用事があったり事情があったりで、断りと謝罪の言葉が続く。

 私だけじゃなく奏も久保くんも困り顔になって来て、本当に別の方法を考えなきゃと思ったとき。


「あ! 一人泊まっても良いよだって!」


 やっと見つけたOKの返事に、私は喜々として二人に遥華のメッセージを見せたのだった。

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