高峰組

嵐の前の静けさ

「おはよー」

「おはよー。今日の差し入れも凄いね」

「あはは……」


 挨拶と共に言われた香の言葉に、私は苦笑いを返す。


 朝登校した時点で私の腕にはいくつものラッピングされたお菓子が乗っていた。

 しのぶと一緒に第一学生寮で朝ごはんを食べてから教室に来るまでの間に貰ったものだ。

 今までなかったことだけど、原因は私のファンが急増したせいみたい。


『美来さんの可愛さがみんなに理解されて嬉しいわ』


 そう言ったのはファンクラブの人数が増えたことにより管理が大変と言いつつ嬉しそうにしていたすみれ先輩だ。

 彼女の話では《美来さんは可愛いファンクラブ》に入会希望する生徒が後を絶たないのだとか。

 ただ、「可愛いより美しいじゃない?」という声も聞こえているからもしかしたら第三のファンクラブが出来るかも知れないと聞かされた。


 いや、ファンクラブとかもうお腹いっぱいです。


 地元でも似たような人達はいたけれど、こんないくつも種類が分かれるようなことはなかった。

 さすがマンモス校と言うべきか……。

 人数が多いと予測もつかないことになってしまうのかな。


 まあとにかく、そうやって人数が増えたことで今までは何となく控えていた差し入れというものを躊躇いもなく渡してくる人が現れた。

 その最初に私が断っていればここまで増えることはなかったんだろうけれど……。



「あ、これ初めてくれた子のお菓子でしょ? 今日も凝ってるねー。アイシングって結構難しいんでしょ?」


 私の差し入れを物色していた奈々が、デフォルメされた可愛い私のイラストをアイシングで上手に表現しているクッキーを手に取る。


「正解」


 答えながら今日も凄いなって思った。


 そう、この最初に差し入れをくれたのは一年の女の子。

 私が髪を切られたときにかばっていた子だ。


 その子がはじめ顔を真っ赤にしてどもりながらも一生懸命渡してくれたのは、とても綺麗なトッピングがされたカップケーキ。

 生クリームがバラの花のようになっていて、チョコで作られた蝶が留まっている様にトッピングされていて、アザランや金箔などもあって凄くキラキラしてた。


 なにこれプロのパティシエ⁉


 と思うくらいの出来に断るなんて考え自体湧いてこなかった。


 食べるのすらもったいないと思ったけれど、「明日も作ってきますから!」と言われたのでしっかり写真を撮ってから食べた。

 お味もとても美味しかったです。


 でも、そうやって受け取ってしまったせいで他の子達も差し入れしていいんだ! となってしまったみたい。

 そのため差し入れの量は日に日に多くなっていた。


「でもこの量、もう食べきれないでしょう? ちょっと何とかした方がいいんじゃない?」


 しのぶに心配そうに言われて私は眉を下げて「うん……」と頷いた。


 もうすでに一人で全部食べれる量は超えている。

 一口くらいは食べるようにしているけれど、それすらももう限界に近い。


「……後ですみれ先輩にでも相談してみるよ」


 受け取ってもらえるだけで良いんです! という彼女たちには悪いけれど、せめて量を減らしてもらわないと……。


「ま、とにかく今日の分も消費していかないとねー」


 奈々は私の落ち込みそうな気持ちを跳ね飛ばすように明るく言うと、差し入れの中からクッキーの詰め合わせを取った。

 そうして中から一つつまみ取って。


「ほら美来、あーん」


 差し出されたクッキーを迎え入れるように口を開けると、ポンと軽く投げ入れられた。

 口に入った瞬間にバターの香りが広がる。

 手作りの優しい味がして、幸せな気分になった。


「うん、美味しい……」


 自然と微笑みながら感想を口にすると、なんだか三人から微笑ましいといった表情が向けられているのに気づく。


「そんな風に幸せそうに食べてもらえてるんだから、ちょっとしか食べてもらえなくてもプレゼントしてくれた子達は嬉しいと思うよ」

「そうかな?」


 しのぶの言葉にそうだったら良いな、と思った。

 今でさえ全部食べられないのが申し訳ないって思っていたから。

 その上で差し入れを止めて欲しいなんて言えない。

 私が食べることでくれた子達が喜んでくれるって言うなら尚更。


「ほらほら、そんな顔しないの」


 香がミニパイの袋を取ってそれから一つつまみながら言う。


「あの子たちだってそういう申し訳ない顔をさせたくて作ってるわけじゃないでしょ? 悩むのは相談するときにしなって」


 そしてあーんされてミニパイも食べる。

 レモンパイだったみたいで、サクサクのパイ生地の中に爽やかなレモンの香りとクリームの甘さが広がる。


 やっぱり幸せー……。


 うん、そうだね。

 色々考えるのは後にしよう。


 そうして一口食べては他のみんなに食べてもらうという事を繰り返していると、始業時間が近くなってきたのかいつもギリギリに来る久保くんが教室に入って来た。


「あっおはよう」

「……はよ」


 挨拶を返しては、耳を赤くしてフイッと視線を逸らす久保くんのいつもの挨拶。

 そのまま自分の席に突っ伏して寝てしまうのもいつものこと。


 でもちょっとだけいつもと違うように見える。


 フワフワの猫っ毛に寝ぐせを見つけてつい触れて撫でたくなってしまう。

 手を伸ばしかけて、ドキドキしている自分に気づいて引っ込めた。


 違うく見えるのは、多分気持ちを自覚したから。

 今みたいにちょっとした瞬間に可愛いなって思ったり、カッコイイなって思ったり……久保くんの仕草一つ一つに目が行ってしまう。


 恋をするってこんな感じなんだね……。


 ちょっとのことでこんなにも嬉しくなる。

 胸に温かい気持ちが宿る。

 ドキドキして、恥ずかしいって思うときもあるけれどそれも嬉しくて……。


 初めての感覚に、私は戸惑いつつもその喜びをかみしめていた。


 ふと、視線を感じて顔を上げると友達三人が微笑ましいという言葉を顔に張り付けて私を見ているのに気づく。


「な、何?」

「いやー微笑ましいなぁと思って」

「でもまさか美来が選んだのが彼とは……ちょっと意外」

「そーかなー? でも最近の彼なら納得出来なくもないんじゃない?」


 しのぶ、香、奈々の順に言い当てられて「ぅえっ⁉」と変な声が出る。


「な、何のコトカナ⁉」

「いや、美来表情に出やすいからバレバレ」

「ぅぐっ」


 誤魔化そうとしてみたものの香にズバッと指摘されてしまう。

 そうだ……顔に出やすい私が嘘とかまず無理なことだった……。


「ま、私たちは美来の幸せを願ってるからねー。見守るよ。相談にも乗るし!」

「ありがとう、奈々」


 そんな感じで私の気持ちは結構周囲にバレてしまっている。

 本人にもほぼバレてしまっている状態だし、もうホント久保くんからの告白待ち状態だ。


 早く仕切り直しをして欲しいと思う反面、そうやって付き合った後のトップ三人の反応が怖いとも思う。


 奏は大丈夫って言うし、私も彼らが悪い人ではないと思ってはいるけれど……。


『如月さんにバレたら少なくとも睨まれるくらいはするだろうな』

『あと生徒会長はネチネチいじめそうだよな!』


 何故か早々にバレてしまっていた勇人くんと明人くんにはそんなことを言われた。


 というか、私の好きな人を知っていても好きだと告白してくる二人って……いや、それでも諦めることは出来ないとも言われたけれど……。



 とまあ、そんな感じで少し困ったことはありつつも比較的平穏になった私の学校生活。

 このまま何事もなく平穏が続けばいいなぁ、なんて思ったのがフラグになっちゃったのかな?


 ゆっくり出来るかなと思っていた三連休の週末に、まさかあんなことになるなんて思いもしなかったんだ。

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