閑話 星宮奏
ノートパソコンを開いてSNSなどのチェックをした俺は、「チッ」と思わず舌打ちをした。
ある程度の予測はしていたけど、やっぱり出回っていた。
お披露目をしたときの、美来の素顔の写真が。
本人の許可も取らず勝手に写真を撮っては気軽にSNSとかに上げるやつはどこにでもいる。
ダメだって言われて分かってるはずなのに上げるし、それを見た顔も知らないやつらが何も考えず拡散して行くんだ。
俺はすぐにキーボードを打ち込んでいく。
サイト管理者にメッセージを送ったり上げた本人に頼んだりと方法は様々だけど、何とか削除してもらわないとならない。
お披露目当日からチェックはしてるが、中々完全には消せない。
だからといってやらないわけにはいかないんだ。
ったく、仕方なかったこととはいえやっぱり素顔を晒すのはリスクがあったな。
以前も街で素顔を晒したことはあったけれど、あれは街中っていう紛れることが出来る場所だった。
実際あの日のうちに軽く調べてみたけど、今回のように美来の素顔がさらされて拡散されるようなことにはなってなかった。
せいぜい、不良達が集まって目立ったときの写真が『イケメンばっかり!』という文字と一緒に晒されていたくらいだ。
でも今回はこんな風に拡散される危険性は予測していた。
食堂という狭い空間だから紛れる事なんか出来ないし、ましてやお披露目としてむしろ見せつけていたし。
食堂で、食事を終えた後の僅かな時間だけとはいえあのマンモス校だ。
かなりの人数がいる。
大人数となれば、こんな非常識なやつが何人かいてもおかしくない。
だから分かってはいたんだ。
こうしてSNSに写真を上げられる可能性も、それが拡散される可能性も。
実際、地元では何度かやられてたしな。
地元にいるときはある程度は諦めていたけど、今は駄目だ。
何としてでも消しきらないと……。
じゃないと、あいつらに居場所が見つかってしまう。
美来を狙ってる地元の不良。
美来を連れて転校したのはあいつらから逃げるという意味の方が強いから。
「……はぁ」
でも、やっぱりこういう地道な作業は骨が折れる。
舌打ちくらいしたくなるし、ため息もつきたくなる。
ひと段落した俺はチラリと部屋の隅を見た。
何を思ったのか、珍しく夜俺の部屋を訪ねて来た美来は俺が作業しているのをいいことに部屋の隅でボーッとしている。
こういうときの美来は、自分で答えが出ているのに背中を押してもらいたくて相談に来ているんだ。
で、背中を押してもらいたいだけっていうわがままだからちょっと申し訳なくなって黙り込む。
妹のことだ、分からないわけがない。
作業もひと段落したし、そろそろ話しかけてみるかと思い立ったとき――。
「ねぇ、奏……私、恋してもいいのかなぁ?」
美来がポツリと弱音を零した。
なんの相談かと思ったけど、そういう話か……。
「……良いに決まってるだろ?」
恋することに臆病な妹に、俺はいつもと同じ答えを口にする。
そして今回はもう一言付け加えた。
「……きっとお前が心配するようなことにはならないよ」
それは、予測でしかないけどある程度の確信もある。
美来が気にしているのは小中学生の頃の話だ。
昔から無自覚に人をたらし込んでくる美来を好きになるやつは沢山いた。
それこそ男女関係なく。
そのせいで誰か特定の相手と二人きりで出かけたとか、美来が不用意に誰々が好きだと口にしてしまうと、翌日にはその相手がいじめのターゲットになっていたことがたまにあった。
そういうことが何度か重なって、美来は誰か特定の人と出かけたり……恋人を作ったりとかはしないことに決めていたようだ。
「……そう、かな?」
背中を押して欲しい美来は不安そうな顔をしながらも期待に満ちた目を俺に向けた。
今美来を取り巻いている男連中は不良が多いけれど、理不尽な理由で痛めつけたりはしない。
高峰銀星に関しても、調べてみれば思ったより悪い奴らじゃなさそうだしな。
……まあ、警戒は必要だろうけど。
「……それに、久保なら俺もまあ賛成するよ」
「ふへっ⁉」
恋の相手を言い当てられて驚き恥じらいの表情を見せる美来。
やっぱり久保か。
でも珍しいな、美来がもう自覚してるなんて……。
小中学生の頃のことがあったから、美来は無意識にそういう相手を作らないようにしている様だった。
友達だと、大切な相手だと思った相手ほど恋に発展しないように一線を引く。
だから双子じゃあ無理だったんだ。
あいつらは比較的早く友達認定されてたからな。
他にも二人の総長や生徒会長もいたけど、あいつらは二年前の出来事で美来の地雷を踏んでる。
シビアな考え方もする美来だけど、結構乙女チックな夢も見てる。
ファーストキスはちゃんと好きな人と。
そんな憧れをぶち壊した三人は初めから恋の相手にはなり得なかったんだろう。
むしろ警戒されて当然だ。
そういう意味では久保は奇跡的に地雷を回避していた。
初めはセフレにするとか言って襲ったりしたこともあったから、友達認定されてなかったし、むしろ警戒されてた。
その時点でまず友達としての一線を引かれてなかったんだ。
それに、キスはしようとはしていなかったみたいだしな。
でもそのままだったらやっぱりあの三人と同じようにずっと警戒されるだけだったろう。
俺もあいつがあのままだったら美来に近付けさせないようにしただろうし。
まさか本気になったらあんな風に変わるとは思わなかったからなぁ……。
内心苦笑いだ。
触れるのすら緊張してしまうほどの純情になるとか誰が予想出来る?
しかも他の女なんて全く眼中になくなって、一途なほど美来しか見なくなった。
触れるどころか、まともに会話するのも時間がかかったみたいだしスローペースにもほどがある。
……でも、恋に臆病になっていた美来にはそのスローペースが丁度良かったんだろう。
それに、そうやって少しずつ近付いていく過程で久保は美来の泣き場所になったりと心の拠り所になって行った。
美来の、前でも後ろでもなく隣にいたいと言った久保。
一途に美来しか見なくなったあいつなら、俺もいいと思った。
まあ、ちょっと頼りないところはあるけどな。
「え? な、なんで久保くんの名前が出てくるのかなっ⁉」
「声裏返ってるし……お前のことなんてお見通しなんだよ」
「うっ……」
押し黙る美来にフッと笑みを見せて俺は背中を押した。
「大丈夫だから、お前はちゃんと自分の気持ちを大事にしろ」
「……ん、分かった」
ホッとして頷いた美来からノートパソコンに視線を戻し、俺は作業を再開させる。
美来の恋が邪魔されないように、あいつらに居場所を特定されないように。
地道な作業に精を出した。
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