双子の決意 前編

 第二学生寮に帰っても、久保くんとは会えなかった。

 私の方から訪ねるのも迷惑になるかもと思って部屋は訪ねることが出来なかったから。

 翌日は会えるし、そのときの様子で対応を決めよう。


 そう思ったんだけど――。


「あ、久保くん。おはよう」

「っ!……はよ」


 教室でやっと会えて、挨拶はいつも通り返してくれた久保くんは、すぐに視線を逸らして机に突っ伏して寝てしまった。

 よくよく見ると耳が赤かったから、寝たふりなのかもしれないけれど。


 でも、そういう体勢に入られたら無理に話をすることも出来なくて……。

 結局、教室でもまともに話をすることが出来なかった。


 前に看病してもらった後から目が合ったりすると逸らされたり、身体が近づきそうになると避けられたりしていた。

 でも最近は少し落ち着いて、結構普通に話したりは出来るようになっていたんだけれど……。


 これじゃあ看病後の頃に戻っちゃったみたいだよ。


 久保くんへの気持ちを自覚しかけている状態だから、今の彼との距離が寂しかった。


 でも、食堂でなら話せるかな?


 今日は【月帝】のテーブルで食べる日だし、少しくらいは話すチャンスがあるかも。


 そう思っていた私は愚かだったのか……。



「美来、お前もっとこっち近づけよ」


 と、八神さんに椅子を移動されて久保くんの椅子から離されてしまった。

 そうして離れると尚更話しかけづらくなるし、目を合わせようとしてもこっちを全然見てくれないし……。


 寂しい気持ちがモヤモヤになって、段々イライラしてきた。

 結果。


「……美来、お前今日は一段と食いっぷりが良いな?」


 隣の八神さんが軽く驚くくらいのやけ食いをした。


「……今日は、こうやって食べたい気分なんです!」


 答えながらも次のスープに手を伸ばす。

 こういう食べ方は食べ物にも作ってくれた人にも悪いからあまりしたくはないんだけれど、今ばかりはやけ食いでもしないとやっていられなかった。


「じゃあ、これも食うか?」


 差し出されたのは八神さんが食べていたピザの一切れ。


「……あーんとかしませんよ?」

「あ、ああ」


 それを狙っていたのか、残念そうな顔をした八神さんだったけれど、ピザはちゃんとくれたのでやっぱり悪い人ではないんだよなぁとちょっと心が落ち着いた。


「……ありがとうございます」


 だからそのことには笑顔でお礼を言って、ピザはちゃんと味わって頂く。


 学生の食堂でピザとか、やっぱりここの食堂って普通じゃないと思う。

 しかもやっぱりここの料理は学生の食堂の域を超えていた。


 チーズはしっかり芳醇な香りが残っている。生地はふわもちなのに表面はカリッと仕上がってるし。

 それでいて焦げ目もほど良くホント文句なし!


 やけ食いしていた私だけれど、思いもかけず八神さんからもらったピザで癒されることが出来た。

 だから食べ終わってから、今度は心からお礼を言う。


「八神さん、ありがとうございます。ピザ、本当に美味しかったです」

「っ! お、おう……」


 戸惑い気味に返事をした八神さんは、私から視線を逸らしてなにやらぶつぶつ言い始めた。


「なんだ? 今こいつ地味な格好のままだよな? なんでキラキラしてんだ? フィルターでもかかってんのか?」


 そんな風によく分からない独り言を口にしていたので放置しつつ、最後にお茶を飲んでいると少し離れていた久保くんが「ごちそーさん」と言って席を立った。


「あ」


 モヤモヤイライラが落ち着いたこともあって、また久保くんに話しかける意欲を取り戻した私は彼を追いかけるように席を立った。


「久保くん!」


 階段までの間で名前を呼ぶと、ちゃんと止まってくれる。

 私が追いつくと同時に振り返った彼は、明らかに気まずそうだった。


「えっと……昨日のことなんだけど……」


 そう切り出しながらもどうしたらいいのかと迷う。

 でも、その言葉に久保くんはすぐに反応して「ストップ!」と止めるように手のひらを私に向けた。


「昨日のことは忘れてくれ。……いや、やっぱ忘れなくて良いんだけどよ!」


 久保くん自身いまだに整理が出来ていないのか、自分の言葉を言ったそばから否定している。


「その、別に隠してたわけじゃねぇし……。でもな、流石にあんな状況でお前に伝わるとかねぇだろ?」

「え……あ、うん」


 普通に考えても、あんなところに人が隠れてるなんて状況滅多にないし。

 ましてや話題にしている本人がいるなんて考えもしないと思う。


「だから、ちゃんと仕切り直しさせてくれ。返事がどんなものだとしても……流石にあれが告白になったとか嫌だから」


 後頭部を掻いて視線を泳がせながら頼んでくる久保くんが何だかちょっと可愛く見えて……私はさっきまで感じていたモヤモヤやイライラが完全に消えていく気がした。

 八神さんのおかげで落ち着いたけれど、まだ少しくすぶっていたから……。


「うん、分かった」


 私も正直その方がいい。

 まだ、久保くんへの気持ちに名前を付ける勇気がないから。

 その時までに、私も受け止められるようにしておこう。


「仕切り直し、待ってるね」


 無意識に出た言葉に、久保くんは「え?」と私の目を見返す。

 自分の口にした言葉がどういう意味を持つのかまだ気づいていなかった私は、笑顔のまま見つめ返した。


「っ! あ……え? マジ、で?」


 驚き、昨日以上に真っ赤になった久保くんは、呼吸すらまともに出来ているのか心配になるほど。


「久保くん? 大丈夫?」


 声を掛けたけれど、さっきみたいにまた手のひらを突き出されて止まった。


「あ……だ、だいじょーぶ、だ……多分。……とにかく、その……またな」

「あ、うん……またね?」


 どっちにしろ同じ教室に戻るんじゃあ……と思ったけれど、それは口にしないでおいた。

 フラフラと階段を下りていく久保くんを見つめながら、付き添わなくて大丈夫かなぁと思う。


 でも、なんとなく今私が行ったら逆効果な気がしてただ彼を見送った。


 どうしていきなりあんなに赤くなっちゃったんだろう?

 私が仕切り直しの告白を待ってるねって言ってからだけど……。


「……あ」


 その意味にやっと気づいた私は、久保くんほどではないにしても顔を赤くさせてしまう。


 そうだ。

 仕切り直しの“告白”を待っているって言ったんだ。


 フルつもりなら普通はそんなこと言わないだろし、これはその告白をOKするって宣言したみたいなものなんじゃない⁉


 それに気づいてアワアワと内心慌てふためいていたら、後ろから声が掛けられる。


「美来? こんなとこで突っ立ってどうしたんだ?」

「久保と昨日のこと話してたのか? あいつなんかフラフラしてたけど……振ったのか?」


 勇人くんに声を掛けられて、明人くんが何だか嬉しそうに笑いながら言う。


「え⁉ い、いや。振ってはいないよ⁉ 仕切り直ししたいって言われただけ!」

「なーんだ。でもま、確かにあれは仕切り直ししたいよな」


 ニヤニヤと、明人くんは面白がってるみたいだ。

 でも、勇人くんは冷静に私を見てくる。


「……で? 美来はなんで顔赤くしてんの?」

「え⁉」


 流石にそんなすぐには顔の赤みは引かなかったみたい。

 勇人くんに突っ込まれてしまった。


「は……いや、ちょっと変なこと口走っちゃって恥ずかしかったって言うか……」


 告白を待っているなんて言っちゃったと知られるわけにもいかず、もごもごと誤魔化した。


 でも勇人くんは胡乱うろんな目をして「ふーん」と見つめてくる。

 その目が久保くんが去って行った階段の方に向けられて、また私に戻って来た。


 なんかあっただろ? とその目が語っている。


 何その見透かしたような目⁉

 まるで如月さんみたいだよ⁉


 如月さんは結構初めから私が【かぐや姫】だって気づいてるんじゃないかと思うことが良くあった。

 そんな彼と似てきているんじゃないかと思ってしまう。


「変なことって何言ったんだよ?」


 そんな勇人くんとは違って、明人くんは直球で聞いてきた。

 そこ、聞かないで欲しかった!


「……恥ずかしかったって言ったでしょ? 言わせないでよ」


 何が何でも言いたくない私は、口を尖らせてはぐらかす。

 子供っぽいかな? と思ったけれど、二人は手で口元を覆い、揃って私から視線を逸らした。


 凄いね、タイミングも逸らした角度も一緒だよ!


 耳が赤くなってるから照れてるんだってのは分かるけど……今照れる要素あったっけ?

 不思議に思っていると、勇人くんが先に気を取り直した。


「まあ、言いたくないなら聞かねぇけど……」


 そう前置きをしてまたさっきの見透かしたような目を私に向ける。

 思わず唾を飲みこむと、彼は明人くんの方に話しかけた。


「なあ……明人」

「ん?」

「俺、決めたわ」

「……そっか」


 二人はいったい何のことを話しているのか……。

 私には分からなかったけれど、いつもの息ピッタリな二人に戻ったような雰囲気だけは感じた。


 もしかして、明人くんに遠慮してしまう原因のことで心が決まったってことなのかな?


 良かった。

 これでいつもの仲の良い双子に戻るね。


 その原因となったのが何だったのか。


 それを思い出すこともせず、私はただ二人が元に戻ったことを喜んだ。


 そして翌日、元々何が原因で勇人くんが明人くんに遠慮することになったのかを嫌でも思い出す羽目になる。

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