心のゆくえ③

「メチャクチャカッコ悪いんだけど」


 そのまま続けてつぶやいた言葉に、私はムッとする。


「別にカッコ悪くはないと思うけど?」


 つい、反論してしまう。


「は? 別にあんたの意見なんて聞いてないし」


 睨みつけてくる派手女子に、そりゃそうだとは思う。

 でも言わずにはいられなかったんだ。


「……」


 とはいえそれ以上伝えることもなくて黙っていると、彼女はまた出入り口に視線を戻しどうでも良さそうに息を吐いた。


「まあ、あの状態を見れば百年の恋も冷めるってやつよ。……別に恋はしてないけど」

「え……?」


 付け加えられた言葉にちょっと驚く。

 さっきだって甘い声を出して久保くんの胸に引っ付いていたのに……。


「久保くんを好きなわけじゃないの?」


 だから、思わず聞いてしまった。

 すると彼女はまた私を睨むように見て鼻を鳴らす。


「そんなわけないじゃない。あんな、私を一番に見ない男。この学校のセフレの中では一番みたいだったから相手してあげてただけよ」

「……」


 あまりにもな言い分に絶句してしまう。


「なあ美来。俺らももう帰ろうぜ?」

 会話が途切れたのを見はからってか、勇人くんが腕を引っ張る。


「片付けも済んだしな。もう用事はねぇだろ?」

 明人くんも私の手を掴み出入り口に誘導する。


「あ、うん……」


 未だに私を睨んでくる派手女子を気にしながらも、確かに用事はないので促されるままに出入り口に足を向けた。


「ねぇ」


 でも、彼女の方から声が掛けられる。


「あんた、生徒会長や総長たちが探してた【かぐや姫】だったんでしょ?」

「あ、うん……」


 一瞬否定したくなったけれど、もうお披露目もしてしまったし認めるしかないと思って頷く。


「私も食堂であんたの素顔見たし、それ自体には納得してるけど……」


 ぶしつけな眼差しで私を上から下までジロジロ見てくる。


「でもそうやってチヤホヤされて、良い気にならないでよね」

「良い気にって……」


 いや、久保くんや双子はともかく、あのTOPの三人にはチヤホヤされたくないんだけど……?

 そこを突っ込もうか悩んでいると、彼女はまた私を強く睨みつけた。


「私は鈴木すずき香梨奈かりな。覚えてなさい、私はあんたを許してないから」

「は?」


 許してないって、何を?

 少なくとも私は彼女に直接何かをした覚えはない。


 久保くんと保健室に一緒にいたとき、彼が彼女――香梨奈さんじゃなくて私を選んだことで恨まれてるっぽいのは知ってたけど……。


 でもここまで睨まれるようなことなの?

 むしろ私が不良をけしかけられて怒りたいくらいなのに。


「保健室のときも、倉庫のときも。あんたは私に恥をかかせたのよ?」

「それはお前が勝手にそう思ってるだけだろ⁉」


 明人くんが代わりに怒ってくれるけれど、香梨奈さんは「うっさい!」と物凄い形相で彼のことも睨んだ。


「そうやって守られてるところもムカつくのよ!」

「な⁉ 別に守って貰ってるわけじゃ――」

「どうとでも言えるわよね。あんたはみんなに求められてる【かぐや姫】なんだもの」


 明人くんたちはたまたま一緒にいただけだし、第一私は守って貰わなきゃならないほど弱くない。

 でも、香梨奈さんには今見えている光景が全てみたいだ。


「とにかく、許さないから」


 睨みつつも今は怒りを抑えた彼女は、そう言い残して体育館倉庫から出て行った。


「……」


 言うだけ言って去って行った彼女に、モヤモヤする。

 反論したいことも沢山あったのに、言い逃げされた気分だ。


「なんだあれ? 腹立つー」


 でも明人くんもそう言って怒ってくれて、少し気が楽になる。


「あの様子じゃまた何かしてきそうだよな。美来、気をつけろよ?」


 心配してくれる勇人くんに「うん」と答えて、私たちはやっと体育館倉庫から出る。


 香梨奈さんのことも気がかりだけど、久保くんも大丈夫かな?

 私に惚れてる、なんて……あんな状態で聞かれたくなかったよね?


 でも……嬉しかった、な……。


 明人くんからの告白は困るなぁって思ったのに、久保くんの気持ちを聞いて嬉しいと思うなんて……。

 やっぱり私、久保くんのこと――。


「美来?」


 考えながら歩いて、答えを出そうとしたとき、心配そうな勇人くんに名前を呼ばれた。


「ん? 何?」

「本当に大丈夫か? あの女のことなんか気にすんなよ?」


 励まそうとしてくれる彼に笑顔を向ける。


 ……やっぱり、友達として好きなんだよね。勇人くんのことは。


 好きだって言ってくれることは光栄に思う。

 でも、大事な友達だからこそ私に関わることで嫌な思いをして欲しくない。

 これまでの経験から、友達だと――大事だと思うからこそ、好きになられると困る。


 その結果はいつも嫌な思い出にしかなっていないから……。


 ……久保くんも、はじめはともかく今は大事な友達だと思ってたんだけどなぁ……。

 なのに明人くんたちみたいに困るなぁって思わないのは……どこが違うんだろう? 

 疑問に思いながら、私は勇人くんに答えた。


「ありがとう、でもそこまで気にしてるわけじゃないから。今は久保くんのこと考えてたんだ。大丈夫かなって」

「ああ、流石にあれは俺もちょっと同情するわ」


 苦笑いで言葉を返してきたのは明人くんだ。


「聞かせるつもりがなかったことを聞かれちゃったんだもんなー」

「うっ……でも私だってあんなこと言われるとは思わなかったし……」


 責めてるわけじゃないだろうけれど、非難するような言い方をされてもごもごと言い訳をしてしまう。


「まあ仕方ねぇだろ。聞いちまったもんは」


 そう言って明人くんは慰めるように頭をポンポンと撫でてくる。


「……だよね」


 そうだ。聞いちゃったものは仕方ない。

 だから、これからどんな態度で接すればいいか考えた方が有意義だ。


 そうしてまた久保くんのことを考える私に、勇人くんがポツリと声を零す。


「美来……お前もしかして久保のこと……」


 でもその呟きは小さくて、聞いて欲しいと思っているわけじゃなかったみたいだら反応はしなかった。

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