心のゆくえ②
私と一緒に明人くんも歩き出したから、いつものように三人で横並びに掃除道具の置き場所である体育館倉庫に向かう。
倉庫の中には跳び箱やマット、卓球台などが所狭しと置いてある。
その片隅の大き目のクリーンロッカーに道具をしまっていると、バタバタと誰かが倉庫に近づいて来る足音がした。
「んだよ⁉ 引っ張んなっての!」
苛立った声が聞こえる。
ただ、その声は聞き覚えのあるもので……。
「ん? 何だ? 久保の声?」
明人くんがそう言って少し入り口の方を見ると、もう一つ声が聞こえてきた。
「話があるって言ってんでしょ⁉ 早く来てよ!」
気の強そうな女の子の声に、私は何故かピタッと動きを止めた。
久保くんが、女の子と一緒にいる?
たったそれだけのことなのに、何だか嫌な気持ちになる。
別に久保くんは女嫌いとかいうわけじゃないし、何なら少し前までは色んな女の子と関係を持っていたみたいだった。
でも最近は遊んでいないみたいだったし、女の子と一緒にいるところを見た覚えがない。
だから今の久保くんが私以外の女の子と一緒にいるというのがちょっと信じられないと思ってしまった。
うん、多分……そのはず。
最近見ていない光景だから、信じられないって思っているだけ……。
自分に言い聞かせるようにそう考えていると、勇人くんが「あれ?」と声を上げる。
「もしかしてこの倉庫に向かって来てねぇか?」
「っ⁉」
その言葉と共に足音が確かにこっちに向かってきているのを感じて、私は思わず二人をロッカーの中に押し入れてしまった。
「え⁉」
「うぉ⁉」
そのまま私も中に入って、ロッカーの扉を閉めてしまう。
そのほんの数秒後、倉庫の入り口から久保くんともう一人の女の子が入ってきた。
「……なぁ、なんで隠れてんだ?」
一応気遣ってか小声で聞いて来る明人くん。
「別に普通に俺たちが倉庫から出て行けばいいんじゃねぇ?」
もっともなことを言う勇人くん。
「え? えっと……なんでだろう?」
私は自分の行動が自分でも理解出来なくてそう返すことしか出来ない。
「なんでって、お前なぁ……」
丁度私の左にいる明人くんが呆れた様子でため息を吐く。
それにどう答えようかと悩んでいるうちに久保くんたちの会話が始まってしまった。
「んだよ話って。俺はもうお前と関わるつもりねぇんだけど?」
明らかに不機嫌そうな声。
その声に怯むことなく女の子は甘ったるい声を出した。
「本当に? 確かにセフレみんな切ってるみたいだけど……あんたがそれで処理出来てると思えないんだけど?」
「問題ねぇから良いんだよ」
「もしかして例のあの子? でもあの子とはシてないんでしょう? やっぱり溜まってるんじゃないの?」
そう言って艶っぽく笑った彼女は久保くんの胸にピトッとくっついた。
「……」
モヤッ
……なんか、嫌な気分になった。
「なぁ、もしかしてあの女……こないだ【月帝】の下っ端に美来を襲わせようとした女じゃねぇ?」
同じく二人の様子を盗み見ていた勇人くんが気づいて口にする。
私も言われて気づいた。
確かに今久保くんに引っ付いているのは前に保健室で久保くんと一緒にいた派手女子だ。
その後私に【月帝】の下っ端をけしかけて……確か停学処分になったって聞いた。
停学明けたんだ……。
「引っ付くなよ、問題ねぇっつってんだろ?」
そう言って彼女を引き離す久保くんにホッとする。
やっぱり今は女遊びしていないんだな。
「なによ、まさかあの噂本当なわけ?」
引き離された派手女子はムッとして不満そうに話す。
「なんだよ……」
「あんたがあの【かぐや姫】とか呼ばれてる女に骨抜きにされてるって噂よ」
「っ⁉」
え……私?
驚いて、思わず大きな声が出そうになる。
久保くんが私に骨抜きになってるなんて噂があるの?
どうしてそんな噂が?
そう思う一方で、どこか嬉しいと思ってしまっている自分がいる。
骨抜きになんてしてはいないけれど、そうなるってことは久保くんが私に好意を持っているってことになるわけで……。
それを嬉しいと思うってことは……。
……どうしよう、この気持ちって。
何故かよく奏からは鈍感だって言われる私だけれど、自分の気持ちにまで鈍感じゃないと思う。
初めて抱くこの強い感情は、きっと……。
「……美来? お前、もしかして――」
「っ……美来っ」
右の方から勇人くんのつぶやきが聞こえたと思ったら、すぐに明人くんの切羽詰まったような声が聞こえた。
「お前この状況であんまり引っ付くな。色々と我慢出来なくなるだろ?」
「え? ごめん、でも流石に三人だと狭くて……」
何を我慢するのか分からなかったけれど、とにかくくっつかない方がいいことだけは分かったから離れた。
でもそうすると今度は勇人くんにくっつく感じになっちゃって……。
「っ! み、美来っ⁉ ちょっ、これヤバイから!」
小声で叫ぶという器用なことをする勇人くん。
何がヤバイの? と思いながらも「ごめん」と短く謝った私は、仕方なく扉に引っ付くように体を寄せる。
そのとき、丁度久保くんの声が聞こえた。
「……そうだよ。俺はあいつに……美来に、骨抜きになるくらい惚れてるんだ」
「――っ!」
息を呑み、驚いて……ガタン、と音を立てて扉を開けてしまった。
「え? あ、わっ!」
開く扉と一緒に私はバランスを崩して体が傾く。
久保くんの言葉に驚いたこともあって、すぐに体が反応出来なかった。
「は? ちょ、美来!」
「お、おい!」
勇人くんと明人くんが助けようとそれぞれ腕を掴んでくれたけれど、二人も体勢が悪かったのか一緒に倒れてしまう。
結果、ドダァンという盛大な音を立てて三人床に倒れてしまった。
「ってー……悪ぃ、支えられなかった」
「美来、大丈夫か?」
痛みを抑えて私を真っ先に心配してくれる二人に、「大丈夫」と答えて顔を上げた私はそのまま固まってしまう。
バッチリ久保くんと目が合ってしまったから。
「え? な……美来? なんで……ってか、今の聞いて……」
驚愕という言葉がふさわしいほどの表情でつぶやいた久保くんは、直後カーッとまさにゆでだこのように顔を赤くした。
「あ……」
これは、気まずい。
久保くんの気持ちを盗み聞きしてしまった状態だから。
聞いてなかったことに――は、流石に無理だよね。
直接告白されたわけでもないのに返事をするっていうのも違うし……。
……というか、私はなんて返事をしたいと思ってるんだろう?
視線を外せないまま色々考えていると、赤い顔のまま口をはくはく開け閉めしていた久保くんがそれをギュッと引き結んだ。
そして……。
「ウソだろぉーーー⁉」
叫びながら走り去ってしまった。
「……は?」
「なんだ久保、相当恥ずかしかったのか?」
呆気に取られる私と違い、起き上がりながら呆れ気味な勇人くん。
「まあ、本人に聞かれてるとは思わねぇだろうからな」
明人くんは私に手を貸してくれながら苦笑いしていた。
立ち上がった私はスカートについたほこりを手で払い、久保くんが去って行った方を見る。
久保くん、大丈夫かな?
このまま変な風にギクシャクしないと良いんだけど……。
最近は友達として良い感じに親しくなれたと思った。
そのことを私自身嬉しく思ってたから……。
「……なに、あれ?」
ポツリとこぼされた声でこの場にはもう一人いたことを思い出す。
見ると、彼女も久保くんが去って行った出入口の方を見て呆然としていた。
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