心のゆくえ①

 予定外のことに私は精神的疲労を覚えたけれど、とりあえず小芝居は終わり三人から解放される。

 やっぱりあの人達は危険だ。


 二年前みたいに私が泣くようなことはしないみたいだけれど、迫ってくるあの感じは困る。

 物凄く困る。


 出来る限り近付きたくはないけれど……でもお昼には絶対に会うからなぁ……。

 こっそり一般席に行っちゃダメかな?


 考えて、すぐに無理だと諦める。


 一般席にいても多分見つかり次第二階に連れて行かれそうだし、何より【かぐや姫】としてお披露目してしまった。

 多分もう私も二階席でお昼ご飯を食べる特別な生徒という認識をされてしまっているだろうから、一階では食事出来ない。


 となると後はお弁当を持ってきて食堂以外で食べるしかないんだけど……。


 食堂のごはんを食べられないなんて……苦行に等しい。

 あそこの美味しいごはんが毎日の癒しなのにー!


 というわけで、結局二階席で食べるというのは変えようがなかった。


 もうそこは諦めて、極力あの三人には近づかないようにしよう

 そう決めたその日の放課後。


 掃除当番だった私は、他の数人の女子と一緒に体育館倉庫付近の掃除をしていた。



「お、美来。お疲れ~」

「掃除そろそろ終わるか?」


 あとはゴミを捨ててきて道具を片すだけだった私に、二つの同じ声が掛けられた。


「勇人くん、明人くん。どうしたの?」


 わざわざ私を探しに来たような彼らにちょっと驚く。


 なにかあったのかな?


「いや、ちょっと様子を見に来ただけだけどさ」

「様子?」


 明人くんの言葉に首を傾げる。

 聞き返した言葉には勇人くんが答えてくれた。


「昼に【かぐや姫】としてみんなの前に出ただろ? 今までと周囲が変わって戸惑ってないかなーとか思ってさ」

「ああ……」


 それを指摘されて、私は何とも言えない笑みを浮かべることしか出来ない。


「まぁ……クラスの人はそこまで態度が変わったりとかはなかったから」

「そうなのか?」


 明人くんの驚く声に、私は昼休み以降の様子を思い出した。


 クラスの人たちの態度はあまり変わりなかった。

 しのぶをはじめ、香や奈々とか仲の良い友達はちょっと興奮気味だったけどそれ以外に変わった感じはない。


 他のクラスメートはソワソワしている様子も見て取れたけれど、特に話しかけて来たりということもなかったし。


 前に私をいじめていた子たちは様子がおかしかったけれど、何か悪いことをするようには見えなかったから大丈夫でしょう。


 他は【月帝】や【星劉】のメンバーらしき人たちが私に話しかけようとけん制しあってたみたいだけど、大体久保くんが近くにいたからか結局話しかけられることはなかった。


「うん、ちょっと私を見る目が変わったかなってくらいで、態度まで急変する人はいないからあまり戸惑いはないかな?」

「へぇー……もっと人が押しかけて行ってるんじゃねぇかと思ってたけど、違ったんだな」


 感心したように明人くんが言うと、勇人くんが「でも分かるかも」と納得の声を出す。


「美来ってその地味な格好してても……なんつーか可愛いよな。魅力があるって言うか」

「ああ、そういえばそうだな」


 同意する明人くんに、勇人くんが続けて話す。


「前々からそういう魅力を感じてたから、容姿に驚いたとしても態度が急変したりってことがなかったんじゃないのか?」

「そ、そうかな?」


 容姿を褒められることは多かったけれど、それ以外の部分でそんな風に言ってもらえたことはほとんどないから純粋に照れた。

 気恥ずかしくて視線を漂わせていると、一緒に掃除をしていたクラスメートが控えめに声を掛けてくる。


「美来さん、まだ話が続くんなら私たちがゴミ捨ててくるね? 美来さんは掃除道具片付けるのお願い出来る?」

「え? あ、うん。ごめんね」

「ううん、こっちこそ。じゃあバイバイ」

「じゃあねー」


 そうして彼女たちは大きなゴミ箱を持って去って行った。


「なぁ美来、もしかしてさっき照れてた?」

「へ?」


 クラスメートを見送っていると、明人くんがズイッと近づいてきて下から覗き込むように腰をかがめていた。

 上目遣いで見てくる様は、正直可愛い。


「なんか、珍しく恥ずかしがってるように見えたけど?」

「え? いやその……」


 別に誤魔化す必要はなかったんだけど、ニヤニヤとイタズラっ子のような顔で見てこられたから素直にそうだよ、って言いにくかった。


 ……それに、勇人くんがまた一歩引いてるから。


 普段は変わらず仲の良い双子で、今までと同じように常に一緒にいるしじゃれ合ってる。

 でも、こうして明人くんが私に絡んでくると遠慮しちゃってる感じ。


 話を聞いてからまだ数日だし、勇人くんが自分の気持ちにどう決着をつけるのか見守ろうと思ったけれど……。


 いつになるか分からないから、何だかちょっと辛い。

 やっぱり二人は常に仲の良い双子でいて欲しいなって思う。


 私と奏とはまた違った双子の形。

 そんな二人を見ていると、なんて言うかほっこりしてこっちまで元気になれるから……。

 だから急かすつもりはないけれど、早く気持ちの整理をつけて欲しいなって思う。


 そんな風に勇人くんを見ていたことを明人くんに気づかれちゃったみたい。

 小さくため息を吐いた彼は、曲げていた腰を戻して私が持っていた床ブラシをつかみ取った。


「これ片付けるんだろ? 手伝うぜ?」

「え? あ、ありがとう」


 一瞬遠慮しようと思ったけれど、もう床ブラシは奪われてしまっていた。

 それに床ブラシ三本と塵取りを一人で持っていくのはちょっと大変だったから正直助かる。

 多分ゴミ捨てに行ってしまったクラスメートも明人くんたちが手伝うだろうって予測して行っちゃったんだろうし。


 初めから当てにしていたみたいで申し訳ないけれど、お礼を言ってお願いした。


「じゃあ勇人くんも一本持ってくれる?」


 頼むと、勇人くんは「ああ」と言って二本持ってくれる。


「え? 一本で良いよ?」

「美来はもう塵取り持ってるだろ? こういうとき女が男より重いもの持つなよ」

「あ……」


 勇人くんはそのまま歩き出してしまったから奪い取ることも出来ない。

 それに奪ってまで持つほどのことでもなかったから、隣に行って歩きながら「ありがとう」とお礼だけを口にした。

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