休み明けの争奪戦③

 坂本先輩にエスコートされ少し進むと、私の両側に立つように八神さんと如月さんが来る。


「……もしかして二人も一緒に?」


 聞くと、「当然だろ?」と左にいる八神さんが男らしい笑みを浮かべて答えた。


「【かぐや姫】を――お前を探し求めていたのは他でもない俺“たち”だ」

「そう。その俺“たち”が揃ってお披露目するからこそ、他の生徒たちに知らしめることが出来るんじゃないか?」


 八神さんの言葉に同意して続いたのは如月さんだ。

 口角を上げて楽し気な笑みを浮かべている。

 そんな二人に私は何とも言えない笑みを浮かべた。


 二人の言うとおりだし、奏の言った一番効果的な方法なら確かにこの二人もいてくれた方がいい。

 それは分かってる。

 分かってるけど、気が進まないことに変わりはなかった。


 しかも元を正せばこの三人が私を【かぐや姫】とか言って探し続けていた所為でこんなことになっているんだから……。


 とはいえ、今私に協力してくれている事には変わりない。

 だから。


「……じゃあ、お願いします」


 と伝えて私は三人と階段の方へ向かう。

 すると、階段を一つも下りることなく階下からの注目が集まった。


 この佳桜けいおう高校のトップとも言える三人をともなって現れた私に、一般生徒たちはザワリと騒ぎ出す。

 坂本先輩に手を引かれ。左に八神さん、右に如月さんを引きつれそのまま数段下りる。


 そうして更に注目を集めたところで一度足を止めた。


「あの三人が揃ってる⁉」

「何よあの地味な子⁉」

「あ、まさかあの子が噂になってる【かぐや姫】なの⁉」


 非難じみた驚きの声がここまで聞こえてくる。


「もしかして素顔見せてくれるんじゃねぇの?」

「へぇー。でもよ、あの地味子が眼鏡取って髪解いただけでそこまで変わるかぁ?」


 面白がっているような声も聞こえてきた。


 そう。

 そういう人たちに素顔を見せて、私を【かぐや姫】だと認めさせるための小芝居を今しているんだ。


 さっき如月さんはお披露目と言っていたけれど、その通りだと思う。

 お披露目をして、【かぐや姫】だと認めさせて、黙らせる。


 ちょっと強引だけど、一番効果的で手っ取り早いんだ。


 それでも納得しない人は現れるだろうけれど、生徒会長だけじゃなく二人の総長まで出てきた。

 この三人に逆らうような真似をする人は中々いないだろう。



 痛いくらいの視線を感じる。


 地元ではこんな風に注目を浴びることもたまにあった。

 でも、今はそれなんて比じゃないくらいの注目度だ。


 流石にちょっと緊張してくる。


 でも、私がやることは一つだけ。


「……じゃあ、眼鏡を取るよ?」


 坂本先輩が確認しながら私に近づく。

 何も言わないことで、了解の意志を伝えた。


 坂本先輩は口にした通り私の眼鏡を外す。

 それと同時に、両隣にいる総長たちが私のおさげを結んでいる髪ゴムを取った。


 眼鏡が外れたことで少しの解放感を覚える。

 しっかり結われていた三つ編みがスルスルとほどけていくのを感じる。


 軽く伏せてた顔を上げ、私は向けられている視線を一身に受け止めた。


 ザワザワと騒がしかった階下の一般生徒たちが、波が引くように静かになっていく。

 私はそんな彼らを軽く見渡してから――ふわりと笑みを浮かべた。


「っ!」

「わぁ……」

「んなっ⁉」


 息を呑む音。感嘆のため息。驚きの声。

 それらの音でまた少し騒がしくなった様子を見ながら、私は浮かべている笑顔が引きつらないよう頑張っていた。


 私はお姫様。

 今だけはお姫様。


 そう言い聞かせていないと今すぐこの場から逃げ出したくなってくる。

 注目されるのは多少慣れているけれど、こういうお披露目とか自分の容姿を見せつけるみたいなことは苦手だから……。


 ううぅ……早く教室戻りたいよぉ……。


 私は笑顔の裏で泣きたい気持ちになりながら耐えていた。



 あとは坂本先輩にエスコートされながら階段を下りて、食堂を出ればこの小芝居も終わり。

 だからすぐにでも足を進めたかったんだけど……。


「……ああ……やっぱり君はとても美しくて可愛らしいな」


 エスコートしてくれるはずの坂本先輩は、そう言って甘さと妖しさを宿らせた目を私に向けてくる。


「えっと……坂本先輩?」


 笑顔は崩さないようにしながら、進んでくれないことを軽く非難するように名前を呼んだ。

 でも非難の色は無視されて、彼の目が何かをたくらむように細められる。


 何を? と思った次の瞬間、エスコートのために坂本先輩の手に置いていた私の右手が掴まれ軽く引かれた。

 そしてその指に坂本先輩の唇が触れる。

 チュッと音が聞こえ、手にキスされたんだと気付いた私は笑顔のままで固まってしまう。


 すると今度は右側にいる如月さんが私の髪をひと房すくい上げた。


「そうだな、やっと見つけた美しい【かぐや姫】……。今度は手に入れるために全力を出させてもらう」


 そう宣言し、髪にキスをされた。


 んなっ⁉


 その言葉と行為に流石に少し頬が引きつる。

 それでも頑張って取り繕おうとしていたのに……。


「この二年、ずっと会いたかった。ずっと欲しかった」


 左隣にいる八神さんがグッと近付いて、私の頭――こめかみの上辺りにキスをする。


「っっっ⁉」

「これからは本気で奪いに行くから、覚悟しておけよ?」


 呼吸すらも数秒止めてしまった私に、八神さんは不敵な笑みを浮かべて告げた。


 いっそ今すぐ逃げてしまいたい気持ちを何とか抑え、私は三人のお誘いをお断りする。



「………………全力で、ご遠慮します」

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