久保くんのケガ 後編
パクッと食べてくれてホッとする。
「美味しいでしょ?」
「……ん……美味いよ……」
何故かすっごく顔を赤くして口元を押さえているけれど、私の目論見通り美味しいと同意してくれた。
私は「でしょう?」と笑顔で言いながらまた自分の分のティラミスを食べる。
うん、やっぱり美味しいね。
「なっ⁉ 美来、お前っ」
美味しいものを食べ合って緊張もほぐれたと思ったんだけど、何故か久保くんの方は更に顔を赤くさせて驚きの声を上げる。
「え? 何? そんなに顔赤くしてどうしたの?」
私の方が驚いちゃうよ。
久保くんは赤い顔のまま視線をさ迷わせて何かを言おうかどうか迷っている様子だった。
「……その、お前……気にならねぇの?」
「へ? 何が?」
「だってそれ……」
と、私のスプーンを指差す久保くん。
続いた言葉に、私は数秒思考停止した。
「かっ間接キス、じゃねぇの?」
「……」
数秒経って理解した途端、私も顔がカァッと熱くなる。
そ、そうだ。
私が口をつけたスプーンで久保くんに食べさせて、それをまた私が使った。
しかもスプーンは一度も拭いたりしてない。
これはどう考えても間接キス。
「あ、えっと、その……」
自分が何をしたのか、何をさせてしまったのかを理解してとにかく恥ずかしかった。
「ご、ごめんね?」
とりあえず謝ったけれど、久保くんは赤い顔のまま「別に……」と許してくれる。
「その、嫌なわけじゃ……ねぇから……」
「そ、そう?」
嫌がられてたわけじゃないならと一先ずホッとする。
あーんってされることは良くあるから特に気にしてなかったけれど……そうだよね、こういうのも間接キスになるんだ……。
ああ、だから奏は異性からあーんってされても食べるなよって注意してたんだね。
今更ながら理解した。
そんなことを考えていて、ふと思う。
そういえば、私の方から誰かに食べさせたのってもしかしたら初めてなのかもしれない。
そっか、だから間接キスとか気にしてなくてやらかしちゃったのかも。
「食べさせてもらうことは良くあるけど、私が誰かにするのは今までなかったから気付かなかったみたい」
そう弁解した後、私は気恥ずかしさを誤魔化すように頭の後ろを掻きながら続けた。
「久保くんがはじめての相手だね」
「……」
すると、瞬時に久保くんの表情が固まる。
私何か変なこと言ったかな? と不安に思いかけたのと同時に、彼は突然ゴンッと大きな音を立てて頭をテーブルにぶつけた。
「え? え!? ど、どうしたの久保くん⁉」
突然の意味不明な行動に驚くことしか出来ない私に、久保くんはそのままの状態で顔をこちらに向けた。
「そういうこと無闇に言うな。……襲いたくなるだろうが」
「襲いたくなるって……」
久保くんの言葉を繰り返しながら、瞬時に思う。
いや、しないよね?
出会った頃の久保くんならそんなことを言うまでもなく襲ってきたと思う。
でも、今の久保くんはやらないだろう。
どうしてこんなに変わってしまったのかはいまだに分からないけれど、一緒にいても危険は感じない。
「……前までの久保くんならしたかもしれないけど、今の久保くんはしないよね? なんで?」
何度か聞こうとしたけれど、なんだかんだでちゃんとした答えを聞いていなかった気がする。
だから、せっかくの機会だしとついでに聞いてみた。
「……」
少し黙り込んだ久保くんは、私から視線だけをそらして拗ねたような声でボソボソと話す。
「……しないんじゃなくて出来ねぇんだよ……お前が、美来が大事だから……」
「え?」
ドキッとした。
……大事……久保くんが、私のことを大事だと思ってくれてるの?
彼の言葉を
信じられないような、嬉しいような、気恥ずかしいような……。
トクトクと、優しく鼓動が早まる。
……そっか、大事だと思ってくれるようになったから優しくなったんだ。
そのことに、純粋に嬉しいと思う。
あまりの急な変わりように、はじめは何か企んでるんじゃないかって思った。
でも、一緒に過ごしたり泣いてるところを慰めてもらったりしてそんな様子は感じ取れなくて……。
ただただ不思議だった。
いつの間に私をそう思ってくれるようになったのかは分からないけれど、大事だから優しくしてくれているっていう納得のいく答えが分かってスッキリした気分。
「そっか……ありがとう、久保くん。私も久保くんのこと友達として大事に思ってるよ」
嬉しいと思った気持ちを返すようにそう言うと、久保くんは何故かムスッとした顔になった。
「……分かってねぇ」
「え?」
「いや、なんでもねぇよ」
何が分かってないっていうの?
まあでも、すぐになんでもないって言うくらいだから大したことじゃないのかな?
そう思ってそれ以上聞き返さずにいると、「それより」と久保くんは少し真面目な顔になった。
「……昨日の夜、どうして校庭にいたんだ? なんであんな……みんなの前で歌ったりしたんだ?」
「あ……それは……」
「お前は、みんなに【かぐや姫】だって知られたくなかったんじゃねぇのかよ?」
「そう、なんだけど……」
まるで非難されているような様子に言葉を詰まらせる。
確かに、バラさないでと頼んでおいて何してるんだって状態だよね……。
正体は隠したままにするつもりだったけれど、稲垣さんに見つかってしまったせいで結局バラされちゃったし。
「八神さんも、【星劉】の総長も、みんなにバレちまったぞ? しかも二年も一年も目の色変えて【かぐや姫】のこと話し出すし……」
「え? そうなの?」
「そうだよ! お前、どんだけすげぇことしたか自分で分かってんのか!?」
「ご、ごめん……」
分からないから、謝るしかなかった。
「私はただ……一般生徒にまで被害が出始めて、申し訳なくて……そうしたら坂本先輩に昨夜のことを提案されて……」
言い訳じみてしまうかもしれないけれど、とにかく思っていたことと事実を話す。
「何事もなければ私が出ることはなかったんだけど……」
と、一度言葉を切って久保くんの左腕を見る。
あのときの感情が蘇って来て、ギュッと眉を寄せた。
「スターターピストルとか爆竹の音でみんな冷静な判断が出来なくなって、刃物まで取り出して……」
手を伸ばして、そっと彼の包帯に触れる。
「久保くんがケガをしてるのを見たら、もう止まれなかったんだ……」
「美来……?」
少し戸惑った声に、私は顔を上げて困り笑顔を向ける。
「私の方から黙っててってお願いしてたのに、バレちゃうようなマネしちゃってごめんね……でも、止められて良かった……」
久保くんに叱られても、その思いは変わらない。
後悔はしていない。
「美来……」
私の思いを少しは分かってくれたのか、久保くんは毒気を抜かれたように怒りを鎮めてくれた。
「いや、俺こそ大声出して悪かった。……抗争、止めてくれてありがとな」
「うん」
お礼を受け取って、お互いに笑い合った。
その後は明日のことを話したりして久保くんの部屋を後にする。
明日、私は生徒会室にこもるだろうし、久保くんも北校舎の第二音楽室からほとんど出ないだろうって。
明日も学校では会えないんだなって思ったらちょっと寂しく思ってしまったけれど……。
「じゃあ、今日はわざわざありがとな」
すぐそこなのに、私の部屋の前まで来てくれた久保くんに改めてお礼を言われる。
「私こそ、長居してごめんね?」
「いや、それは俺が引き留めたからだろうが」
軽く呆れたように言われて、笑い合う。
優しくなった今の久保くんと過ごすのは、何だか居心地が良くて名残惜しい気持ちになっちゃうな。
でも、お風呂上がりの久保くんをずっと外に立たせておくわけにもいかない。
昼はまだ暑さがあるけれど、夜は冷えてきたから。
「……じゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
そうして私はゆっくりドアを閉めた。
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