久保くんのケガ 前編
生徒会の仕事も一通り終えて、明日もよろしくとしっかり頼まれつつ部屋に帰った。
時刻は七時。
私はすぐに財布とスマホだけを持ってコンビニに走る。
本当はちゃんとしたお店で買いたいけれど、流石に閉まってる時間だし。
そう思いながらスイーツコーナーでお目当てのものを買った私は、帰ってくるとそのまま久保くんの部屋のインターフォンを押した。
部屋の明かりはついてるから、いるのは確実。
でもすぐには出てくる気配がなくて、どうしたのかな?って思った。
もしかしたらお風呂中? と思った頃にやっとバタバタと玄関前に足音が近づく気配がする。
ガチャリと音を立てて開けられたドアから、いつもふわふわ揺れている猫っ毛をしっとり濡らした久保くんが出てきた。
「はいはい、こんな時間に誰――って、美来?」
軽く目を見開いて驚く彼に、私はコンビニの袋を軽く持ち上げて用件を告げる。
「ちょっとお見舞いにね。ごめん、お風呂中だった?」
濡れ髪から予測して言うと、戸惑いがちに久保くんは「あ、いや」と答える。
「風呂からはもう上がってたから。ちょっと包帯巻くのに手こずってただけだ」
その言葉に自然と彼の左腕に目が行く。
気になっていたケガ。
今の状態はどんな感じなんだろう。
まだ、痛いよね?
でも血が出てる感じはないから、少しは傷塞がったのかな?
思いつつ、包帯の巻き方に軽く眉を寄せた。
「ぐちゃぐちゃだね?」
「片手じゃやりづらくてよ」
困ったように笑う久保くんに、私は当然のように提案する。
「私がやろうか?」
「え!?」
「しっかり巻いておかないと困るでしょう?」
「そ、そうだけどよ……」
何故か大げさなほど驚きと戸惑いを見せる久保くんを不思議に思いながら、私は「じゃあちょっとお邪魔するね」と近づいた。
「っ!」
驚いてるみたいだったけれど、ドアをさらに開いて私が通れるように避けてくれる久保くん。
ちょっと強引だったかもしれないけれど、拒まれてはいないみたいだからそのまま中に入った。
包帯はちゃんと巻かないと傷を押さえておけないだろうし……迷惑そうなら包帯だけ巻いて帰ろう。
「じゃあ、頼む」
向かい合う様に座って腕を差し出してくる久保くん。
戸惑ってはいるみたいだけど、やっぱり困ってたんだろうな。
強引でも申し出て良かったと思いながら一度ぐちゃぐちゃな包帯を解いていった。
包帯を全て取ると、しっかり筋肉がついた男らしい腕にガーゼが貼りついてある。
流石にそれには少し血が滲んでいた。
「……」
思わず眉を寄せ、ガーゼの上からそっと手のひらを乗せる。
「美来?」
何してるんだと言いそうな声で呼ばれたけれど、私は傷に意識を集中する様に口を開いた。
「早く良くなりますように」
念じたからって本当にすぐ治るわけじゃない。
でも、こういう手当てをすることで少しでも痛みが和らいでくれると良いなって思った。
「美来……」
「あ、ごめんね。すぐに巻くから」
私のただの自己満足だ。
いつまでもこのままでいるわけにはいかない。
そうして巻き始めると、久保くんはポツリと零れるようなお礼を口にしてくれる。
「いや……ありがとな……」
「あ……うん」
そのお礼は多分包帯を巻くことだけじゃなくて、さっきの手当てへのお礼も入ってる。
それを感じ取って、何だかちょっと気恥ずかしくなってきた。
……でも、迷惑ではなさそうで良かったって思う。
「……よし、これで大丈夫かな?」
包帯の端をしっかり止めて状態を見る。
看護師さんほど上手く巻けてるとは思わないけど、少なくともあのぐちゃぐちゃ状態よりはかなりマシだよね。
「ああ、サンキュ。マジで助かった」
「どういたしまして」
ちょっとでも助けになれて良かったな、と微笑む。
「っ!」
すると、そんな私の顔を見た久保くんは何故か驚いたように息を呑んだ。
どうしたっていうんだろう?
キョトンとする私から目をそらした久保くんは、「あ……えっとー……」と言葉を探し始める。
何か困らせちゃった?
でも迷惑って感じじゃないけど……。
なんて考えながら彼の言葉を待つ。
「あ、そういえば何持ってきたんだ? お見舞いとか言ってたけど……」
「え? あ、そうそう。大したものじゃないけど……食べて?」
言われて思い出し、私は袋からコンビニスイーツを取り出した。
カップに入った状態のケーキ。
食べれないのもあるかもしれないから、ショートケーキタイプのとティラミスのにしてみた。
「この間私が髪切られたときケーキ持ってきてくれたでしょ? そのお礼も兼ねてってことで。……本当はちゃんとしたケーキ屋さんで買いたかったんだけど、時間なかったから」
「気にしなくていいってのに……でも、ありがとな」
そう言って笑ってくれてホッとする。
そのまま置いて帰ろうかと思ったけれど、引き留められた。
「お前も食ってけよ。流石に2つは食えねぇし。……それに、聞きたいこともあるしな……」
「え? うん、分かった」
というわけで、そのまま一緒に食べることになった。
「どっち食う?」
「いや、久保くんに買ってきたんだから久保くんが決めてよ」
そんなやりとりをして久保くんが選んだのはショートケーキの方。
私はどっちも好きだし何の問題もない。
そろって「いただきます」をして、パクリと一口。
「ん、美味しい」
お店で食べるのが一番美味しいとは思うけれど、コンビニスイーツもこだわって作られてるからやっぱり美味しい。
こんなふうに手軽に食べられるのも利点だよね。
ホント、コンビニ様様だよ。
「……ホント、美味しそうに食べるよな」
久保くんも一口食べながら私をジッと見る。
その目が何だか優しげで、思わずドキッとしてしまった。
「そ、そうだね。美味しいもん」
答えながら、なんでこんなに緊張しちゃうんだろうと不思議になる。
そしてそれを誤魔化すように私は自分のティラミスを一口分すくって「食べる?」って聞いてみた。
「は?」
「ホントに美味しいから、味見してみて?」
「いや、だってお前それ……」
「良いから! ほら!」
同じものを食べて、美味しいなって言い合えれば緊張もほぐれるかと思ってちょっと強引に勧める。
そんな私の勢いの吞まれたのか、久保くんは戸惑いを前面に押し出しながらもゆっくり口を開いた。
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