プロジェクト《かぐや姫》決行①

 そして、決行の日。


 文化祭前夜。


 学校の生徒達が翌日の文化祭に浮足立ちながら、明日に備えて寮に帰っていく。

 いつもなら遅くまで残っている人もいるらしいけれど、坂本先輩が色々と手を回したみたいで夜には関係者以外校内に残らない様にしていた。


 短い時間しかなかったけれど、今日のために色々と準備をした。

 でも、本当なら私が出るようなことにならないのが一番いい。

 坂本先輩が話してくれたシナリオ通りなら、抗争がはじまってある程度みんなが発散出来たところで総長達の一騎打ちに持ち込み、互角の戦いを見せた後引き分けという形にする予定なんだそうだ。


 そんなキレイに収まるものなのかな? と疑問に思ったけれど、「そういう風に人心を操作することも出来るんだよ?」と黒い笑顔で言われたのでそれ以上深くは聞かないことにした。


「……ホント、何事も起こらなきゃいいんだけど」


 夕日で橙色に染まっていく外を見つめながら、私は教室で一人呟いた。

 奏としのぶは準備をするからと言って私一人を残してどこかに行っちゃったし……。

 私も手伝うと言ったのに、今は休んでおいてと残されてしまった。


 休むって言ったって……ボーッとするしか出来ないし、そうなると今晩のことばかり考えちゃう。

 大丈夫なのかな?って、不安ばかりが募る。

 やっぱり手伝いに行こうかと思い始めたとき、教室の外から声が掛けられた。


「……美来? お前、まだ残ってたのか?」


 聞き覚えのある声に視線を向けると、そこには久保くんがいた。


「久保くん……」


 教室に入ってきた久保くんは、私の近くまで来ると少し視線をさ迷わせて口を開いた。


「その、もう帰った方が良いんじゃねぇか? 明日に備えてよ」

「……」


 言葉を選ぶような仕草から、この後の抗争に私を巻き込まない様にしているんだなって分かる。

 抗争があることを私が知っていると思ってもいないだろう久保くんは、さりげなく私を帰そうとしているみたい。


「おい、まだ誰かいるのか?」


 なんて返そうかと考えていると、またドアの方から聞き覚えのある声がした。

 現れたのは明人くん。

 彼は私より先に久保くんの姿を見て軽く息を呑んだ。


「っ!」


 ピリッとした空気が流れる。

 思わず私まで緊張してしまうと……。


「あ、美来じゃん。どうしたんだ? 早く帰らねぇの?」


 と、勇人くんも顔を出した。

 途端に緊迫した雰囲気が霧散する。

 そのことにホッと息をつくと、二人も教室の中に入ってきた。


「……早く帰った方がいいぜ、美来。もうほとんどの生徒は寮に帰ったみてぇだし」


 ピリついた雰囲気はなくなっても、僅かに不満そうな色を残して明人くんが近づいてくる。


 ああ、そっか。

 どうしてピリついてるのかと思ったけど、双子と久保くんはこれから抗争で敵対するからなんだ……。

 普段も仲が良いとは言えないけれど、それでも同じ学校の同級生として普通に過ごしていたのに……。


 これで【月帝】と【星劉】が和解出来なかったら、ずっとこんなピリピリした雰囲気になるのかな?

 ……ううん、もっとひどい状況になる気がする。

 ちゃんと和解出来るといいな。


 ……それに。


 三人を見返しながら思う。

 それに、単純にケガをしてほしくない。

 抗争だから、つまりはケンカをするんだよね。二年前みたいに。


 発散させるためっていうのが目的みたいだから、殴り合いはどうしたってしちゃうんだろう。

 せめて大けがにならないようにと願うばかり。


 気を付けて、と言いたいけれど……。


「美来?」

「おい、どうしたんだ?」


 不思議そうに私を見る双子。


「美来、帰らねぇのか?」


 何かあったのか、と心配そうな顔をする久保くん。


 私が抗争のことを知っていると三人は知らない。

 だから、気遣う言葉もかけることは出来ない。

 仕方ないから、私はせめて心配かけないようにしようと思った。


「帰るよ。今はちょっと奏たちを待っていたの」


 心配かけないように笑顔を作る。

 顔に出やすいっていう私の表情筋、頑張って。

 自分に言い聞かせながら、そうやって心配をかけまいと笑った。


「ん? ああ、そうなのか」


 表情筋の頑張りが功を奏したのか、私の内心はバレずに済んだみたい。


「明人、俺らそろそろ行かねぇと……」


 勇人くんが私を気にしつつも明人くんの袖を引くと、明人くんも「ああ」と答えて教室を出る。


「美来、じゃあ明日な!」

「生徒会長にこき使わされそうになったら俺たちのところに避難してきていいからな」


 なんて軽口を叩きながら去っていく二人を手を振って見送った。


「あー……じゃあ俺も行くわ。美来、ちゃんと帰れよ?」

「うん」


 久保くんも私に念を押して教室を出ようとする。

 その背中に、ケガしないでねってまた言いそうになって慌てて口を押さえた。


 久保くんはドアのところでもう一度私を見ると、片手をあげて「じゃ」と去って行く。


 本当に、みんな無事に明日を迎えられるといい。

 そう思いながら見送った。

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