プロジェクト《かぐや姫》始動③
二年前のあの抗争は二人の総長と坂本さんで仕組んだことだったらしい。
なんでも、当時の【月帝】と【星劉】も今のようにピリピリした状態だったとか。
そのため、周囲に影響が出てしまう前にあえて抗争を起こして発散させてしまおうと画策したということだった。
「でも、持ってこない様に言っていて、幹部達でチェックもしたはずだったのに何故か数人が刃物を持ってきていたんだ」
あとは知っている通りの展開だと坂本先輩は話す。
「そう、だったんですね……。え? でも私関係ありますか? 確かにあのときはみんな止まってくれたみたいですけど、私その後すぐ逃げちゃいましたし」
あの後でまたケンカが再開したっておかしくなかったわけで……。
そんな疑問を投げかけると、坂本先輩はあの妖艶さを纏って私を見つめた。
「っ⁉」
「君は自分のことを分かっていないね」
とろけるような笑みは、やっぱり憧れのようなきらめきを宿している様にも見える。
「君の歌声を聞いて、その姿を見て……。あそこにいたすべての男は君に魅せられたっていうのに……」
「ぅえ⁉ み、魅せられた?」
キスされたんだから、坂本先輩達三人はそうであってもまだ分かる。
でも、あの場にいた男――って言うか要は全員ってことでしょう?
その全員が私に魅せられていたとかは流石に言い過ぎなんじゃあ……。
戸惑いつつも納得していない様子が分かったんだろう。
坂本先輩はクスリと笑って「ほら、分かっていない」と口にした。
そのまま妖しく笑う坂本先輩に心が絡めとられそうになったとき――。
「はいストップ」
と、私の目の前に奏の手のひらが現れる。
坂本先輩の誘うような妖しさを遮断された私は、目をパチパチとさせてから安堵の息を吐いた。
うっわ。
何だかよく分からないけど危なかった気がする。
「……坂本先輩。兄の前で美来を誘惑とかやめてくれません?」
「はは、そうだね。次は君がいないときにするよ」
と、またもや腹の探り合いのようなやり取りがされていた。
そうしていつもの王子様スマイルに戻った坂本先輩は、「とにかく」と話をまとめた。
「そういうわけで、二年前は結果としては大きな事件もなく不良達を発散させることが出来たんだ」
「そうなんですね」
とりあえずは理解出来たのでそう返事をする。
「で、ここからが今回の話だ」
と、やっと奏は本題の話に戻ってきた。
もう、面倒な説明だけ人任せにするんだから。
ジトッと見るけれど奏は素知らぬふりをしているのか気にした様子はない。
「それで? 今回は確実に自分達だけで何とかなると自信を持って言えますか?」
真剣な目で奏は言う。
だから、私も黙って坂本先輩の答えを待った。
「……正直に言おう。……自信はないよ」
流石の坂本先輩も笑顔を消して答える。
「万全は期すつもりだけれど、それは二年前も同じだった。正直、どうなるか分からないというのが本音だね」
無表情に近い顔でそう言った彼は、スッと私に視線を向けた。
「……だから美来さん……また、君の歌声を聞かせてくれないか?」
「え……?」
妖しくもない、優しくもない真剣な目に見つめられてすぐには答えられない。
また、歌声を。
ということはつまり、二年前と同じことをして欲しいということだろうか?
戸惑いと、理解がちゃんと追いついていないのとでなんて答えればいいのか分からない。
そうしているうちに奏のため息が聞こえた。
「……はぁ……。結局のところ、美来頼みですか?」
「まあ、念のためだよ。想定外なことが起こった時のね。……それに、僕が頼むことを見越してこうやって一緒に来たんじゃないのかな? 奏くん?」
「……」
意味深な坂本先輩の言葉に奏は睨みつけるだけだった。
そして坂本先輩はその視線を受け止めるだけ。
……この二人、相性悪いのかな?
なんて思っていると、奏の視線が今度は私に向けられた。
「……美来はどうしたい?」
「え?」
「関係ないってことで放っておくか? それとも起こるかどうかわからない想定外のことの対処のために、歌う準備をするか?」
どうしたい? ともう一度聞かれる。
「私は……」
聞かれて、考える。
関係ないと言えば関係ない。
でも、今回【月帝】と【星劉】の関係が悪化した原因の一つは私でもある。
私のせいではないけれど、少しは気にしていたし……それに、つい昨日には一般生徒にも被害が出始めてしまった。
もう、気にしないなんて無理なんだ。
「ちなみに想定外なことが起こっても私が歌わなかったらどうなりますか?」
もうほとんど心は決まっていたけれど、もう一押しが欲しくて聞いてみた。
「そうだね。……【月帝】と【星劉】が本格的に対立するのは避けられないかな」
「そう、ですか」
やっぱり、と思う。
そこまでは予想出来たこと。
でも、続けられた言葉は予想以上に悪いものだった。
「いまこの学校は、北は【月帝】、西は【星劉】、東は生徒会といったようにそれぞれの校舎をそれぞれの組織が管理しているようなものなんだ。【月帝】と【星劉】が本格的に対立すればその影響は一般生徒にも出る」
「そんな!」
「それぞれの組織のトップである僕たちが幼馴染だから、話し合う機会もあってすり合わせることで均衡を保ってきた。でも対立が深まれば司狼と怜王の間に亀裂が入る。そうしたら均衡は崩れてしまうだろうね」
坂本先輩は悲しそうに微笑みながら告げる。
あまりにもな状況に絶句していると、奏がジトッとした目で坂本先輩を見た。
「坂本先輩。それ、ほぼ脅しになってませんか?」
「そうかな? でも事実だよ?」
そんな言葉を交わした二人は私を見る。
どうする?
そう聞かれている。
正直、私が歌ったところで本当に何とかなるのか分からない。
例えその場が治まっても、一時しのぎにしかならないんじゃないかな、とも思う。
でも、対立が深まって昨日みたいなことが頻繁に起こってしまうのはやっぱり嫌だ。
坂本先輩の説明を聞かなくても心はほとんど決まっていた。
だから私は二人を交互に見てから真剣に答える。
「歌うよ。……奏、手伝ってくれる?」
私の決意に、奏は当然とばかりにうなずいてくれた。
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