《月帝》と《星劉》の対立⑤

「うっ、ふぅ……」


 しゃくりあげる声も落ち着いてくると、背中の久保くんの手もゆっくり離れていった。


「大丈夫か?」


 控えめに、心配そうに聞いてくる。

 泣きはらした赤い顔をあまり見られたくなくて、視線だけで彼の顔を見ると私を案じてくれる心配そうな表情があった。

 その表情がまた私の心を温かく満たしてくれて……何だか、気恥ずかしくなる。


「っ大丈夫だよ。ありがとう……ごめんね?」


 濡らさない様にとは思ったけど、やっぱり少しは久保くんの服を濡らしてしまった。

 それに、長々と胸を貸してもらって……。

 だから離れながら謝ったけど、「気にすんな」と言われるだけだった。

 心配そうな眼差しはそのままジッと私を見ている。


「……その、あんまり見ないで? 酷い顔してるでしょ?」


 泣きはらして真っ赤になった顔を見られたくない。

 気恥ずかしさもあって両手で顔を隠してしまう。


 すると、結んでいない髪がひと房すくい取られた。


「っ⁉」

「……酷くなんかねぇよ。美来はいつだって可愛い。……この髪型も、よく似合ってる」

「え……?」


 可愛い?

 似合ってる?


「……っ!」


 あ、あれ?

 何か、胸がキュウって苦しいような……?

 でも嬉しいような?


 良く分からないけれど、泣いたのとは違った意味で顔が赤くなってきている気がする。

 どうして?

 可愛い、なんて昔からよく言われていた言葉なのに……。


 分からなくて、その言葉を言った久保くんを見る。

 何が違うんだろうって、今度は私の方が彼をジッと見つめた。


「っ⁉」


 するとじわじわと頬や耳が赤くなってきた久保くん。

 すくい取った私の髪がサラリと落ちると、一気に動きがぎこちなくなった。


「っぅあ、と。えっと……も、もう大丈夫みてぇダナ⁉」


 語尾がおかしい。

 明らかにテンパっている久保くんに、私は自分のドキドキが治まっていくのを感じた。

 あれだ、自分より慌てている人がいると逆に落ち着くとか、そういう感じのやつ。


「じゃ、じゃあ俺自分の部屋に帰るから! その、ケーキでも食って元気出せよ⁉」


 言うが早いか、久保くんはそのままドアを開けて出て行ってしまった。

 止める暇すらない素早い行動に呆気にとられる。

 結局胸の締め付けとか顔が熱くなってきたのとかの理由は分からなかった。

 というか、最後は久保くんの方が赤かったし。


 まあとりあえず、久保くんのおかげで泣くことも出来てスッキリした。

 あとは貰ったケーキでも食べて元気を出さないとね。


 久保くんに感謝して、私は嫌な感情を残すことなく穏やかな気持ちになれたのだった。




 ……翌朝。


「……なんかスッキリした顔してないか?」


 部屋を出てすぐに顔を合わせた奏にそう言われる。


「そ、そう?」


 泣いたらスッキリしたと言えればいいんだけれど、奏にはあまり泣いたことは言いたくなくて誤魔化そうとしてしまう。

 顔もあの後すぐに冷やしたし、それほどれぼったくなってはいないはず。


「あー、久保くんがケーキ持ってきてくれてさ、甘いの食べたから色々落ち着いたのかも」


 あながちそれも間違ってはいないし。

 なんて思いながら説明したんだけれど納得してくれたかどうか……。


「ふーん。……ま、元気なったならいいけど」


 納得したかは微妙だったけれど、突っ込んで聞かれなかったのでホッとする。


「じゃあ朝ごはん食べに行こうか!」


 元気よくそう言って先に歩き出した私は奏のつぶやきを聞いていなかった。



「……久保が泣き場所か……」

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