《月帝》と《星劉》の対立④
ピンポーン
誰だろ?
奏かな?
そう思って誰か確認することなく私はドアを開ける。
「奏? どうしたの?」
なんて言いながら開けたドアの先にいたのは奏じゃなくて――。
「なっ⁉ お前ちゃんと確認してからドア開けろよ。不用心すぎ」
驚いた顔をした久保くんだった。
「え? あ、ごめん。奏かと思って……どうしたの?」
いくら部屋が近くても用事もないのに訪ねてきたりはしない。
夜にわざわざ久保くんがくることも珍しいなと思いながら聞いた。
「……これ」
何かを言いたそうな顔をしながらも、まずは手に持っていた箱を差し出してくる久保くん。
「え? 何?」
差し出されたものを思わず受け取る。
両手で持てるくらいの白い箱は、よく見るケーキ屋さんの箱だった。
「……ケーキ?」
「ああ……その、後で食えよ」
「えっと、ありがとう。でもどうしたの? 突然ケーキなんて」
わざわざお店のケーキを食べるような特別なことでもあったかな?
不思議に思っている私に、久保くんは「あー」と迷うように声を上げてから顔をそらして言葉を紡いだ。
「……その、嫌なことがあったときは甘いものでも食って忘れたほうがいいだろ?」
「え?」
「髪、切られたって聞いたから……」
「……」
それを聞いて、わざわざケーキを買ってきてくれたってことだろうか。
胸にぽぅ、と温かいものが宿る。
同時に、心の奥底に押し込めた悲しみがあふれ出てきた。
まるで、氷の壁で閉じ込めていた悲しみの雨が、その温かさで溶かされてしまったような……。
「っあ……」
グッと我慢することもできず、自然と涙があふれてきてしまった。
「は? え? ちょっ⁉ な、泣くのか?」
「ご、ごめっ……止まらなくてっ」
「あああ、えっと……ちょっと玄関まで入るぞ⁉」
慌てた久保くんは、そう断りを入れてから私ごと部屋の中に入って来る。
でも自分で言った通り玄関より先には行かない。
前までの久保くんなら身の危険を感じるような状況。
でも、どうしてかな?
今は逆に安心できてしまう。
それがまた、涙腺を締められない原因になってしまっているけれど。
「どうした? ケーキ嫌だったか? それか俺なんかしたか?」
焦りを隠しもせずに次々質問してくる久保くん。
そりゃそうだ。
好意でケーキを渡したら突然泣かれてしまったって状況。
立場が逆なら、私だって焦って質問攻めにしちゃうと思う。
「っちがっ、嫌とかじゃなくて……」
しゃくりあげそうになる喉に力を入れて、何とか誤解だけはさせない様にと話す。
「久保くんが、優しいから……。何か、あふれてきちゃって……」
「美来……」
「いきなり泣いてごめんね? はは、おかしいな。奏としのぶの前でも我慢出来たのに……前に一回久保くんの前で思い切り泣いちゃったからかな?――っ」
一通り話し終えると、また雫があふれてきてしまう。
うう……どうして止まらないの?
久保くんを困らせてしまっている自覚はあるから、早く泣き止んで気にしないでって伝えないと。
そう思うのに、せき止める壁がなくなったらしい涙は全然止まってくれない。
するとしばらくオロオロしていた久保くんが決意を固めたように口を引き結んだ。
手に持ったままだったケーキの箱を私から取り上げ床に置き、2、3回深呼吸をすると両腕を広げる。
「え? 久保、くん?」
「……泣きたいなら胸くらい貸してやるよ」
「でも、嫌なんじゃあ……」
この間思わず泣きついてしまったときもかなりうろたえさせてしまった。
またそうやって嫌がることをさせたくはない。
「嫌じゃねぇよ。ただその……お前に触れられると緊張するだけだ」
「緊張って……ちょっと前には押し倒してきたのに?」
「そ! それは、だな。その……なんにしても、今は緊張するんだよ!」
ぶっきらぼうに叫ぶ久保くんの頬は赤い。
流石にこれは照れてるんだろうなって分かった。
「……泣くの我慢なんかするなよ。泣きたいときは泣けば良いじゃねぇか。……その、俺の前でしか泣けないって言うならいつでも胸くらい貸してやるから」
照れて、少し視線をそらしながら言ってくれる。
「っ! 久保、くんっ」
その言葉に。
その優しさに胸の温かさが増していく。
涙が、止まらない。
「うっ、わぁぁぁ……」
久保くんの胸を借りて、私はしばらく泣いていた。
きっと、この涙は髪を切られたからってだけじゃない。
ここ最近の悲しいと思った出来ごと全てが積み重なった涙だ。
私は悪くなくても、私が原因で【月帝】と【星劉】の対立は激化している。
チーム同士だけの対立だったら、気にはなるけどまだ
でも、ついに今日他の一般生徒にまで被害が出始めてしまった。
私の心はそのすべてを受け止められるほど強くはないし、柳のように受け流すことも出来ない。
だから、心の容量もいっぱいいっぱいだったんだ。
抱えきれない感情を涙で洗い流したかったんだって、泣いてしまってから気づいた。
どうして久保くんの前だと泣けるのか分からなかったけれど、やっと出来た泣き場所は私の心に安らぎをくれる。
緊張すると言っていた通り久保くんははじめ体を強張らせていたけれど、少しするとそっと背中を撫でてくれた。
ぎこちない動きのその手は、緊張しながらも慰めようとしてくれているのが伝わってきて……。
その優しさに、胸が温もりで満たされていった。
そうして悲しみの雨を流して、心が暖かい陽だまりのような光に照らされてくると少しずつ涙は収まっていく。
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