《月帝》と《星劉》の対立③
「しのぶ? 私は大丈夫だよ? どうしたの?」
いつになく強引な様子のしのぶに私の方が戸惑う。
ついて来ている奏も無言で、私はどうしたらいいのか分からない。
連れて来られたのは物置状態になっている空き教室。
その中の座れるくらいには空いているスペースに来ると、やっとしのぶは私の方を見た。
「……美来、無理してるでしょ?」
「え?」
「美来のこと全部知ってるわけじゃないけど、今無理して笑ってることだけは分かるよ?」
「っ!」
見透かされていた。
そして、指摘された途端私の笑顔ははがれてしまう。
いつも感情が顔に出やすいと言われる私だけれど、泣くのを耐えるときの笑顔だけは結構うまく出来ると思ってたのに……。
「……もう、どうして分かっちゃうの?」
泣きはしない。
ショックは受けていたけど、泣くほどのことじゃ無い。
それに、すぐ近くに奏もいるから……。
泣いたら、奏に余計な心配を掛けちゃう。
ゆっくり、深く呼吸をして荒れそうになる感情を押し流した。
「……少なくとも、いつもの笑顔じゃないことくらいは分かるよ」
眉尻を下げて微笑むしのぶに、私も同じような笑顔を返す。
「はは……そっか」
心の中の悲しみの雨が少し弱まった気がした。
しのぶはそれくらい私のことを気にかけていてくれてるってことだから。
「……美来は自分の髪大事にしてたもんな」
今まで黙っていた奏がそう言って私の頭をポン、と優しく叩く。
「……うん」
そう。
結構……ううん、すごく大事にしていた。
『
そう言ってくれたのはおじいちゃんだったかな?
私はその言葉に得意げになって、よく『撫でさせてあげる!』なんて言っていたっけ。
でも、顔のつくりと違って髪はちゃんと手入れしないとすぐに傷んでしまう。
中学に入ってすぐのころに枝毛を発見したときは地味にショックだった。
それからは頑張って維持し続けたから今も綺麗だと言ってもらえる髪になってる。
自分で努力して維持しているものだから、こんな風に無造作に切られると悲しくなるんだ……。
「……」
何とも言えない重い沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのは優しいしのぶの声だった。
「……とりあえず、髪解いてみよう? あまり目立たないかもしれないし」
「……うん」
このままでいるわけにもいかないし、一度解いてみないことにはどこの部分を切られたのかよく分からない。
素直にしのぶの言葉に従った私は、解くとともに落ちていく切られた髪を見て喉にグッと力を込めた。
泣かない。
泣いちゃダメだ。
なんとか耐えながらすべての髪を解くと、しのぶの眉間にしわが寄る。
「ごめん美来……目立たないってことはないかも」
鏡がないから自分じゃあちゃんと確認出来ないけれど、丁度顔の横部分が切れているみたい。
丁度顎の辺りまでの長さ。
「……これじゃあ不格好だね」
「うーん……美来さえ良ければ反対側私が切っても良い? 寮の部屋に行けば散髪用のハサミあるし」
しのぶの提案に少し迷う。
ちゃんと切って整えてもらうなら理容室とかに行った方が良いだろう。
でも、切られた側とそろえるためだけに理容室に行ってお金を払うのもちょっと……。
最近色々と出費もあったから、節約できるところは節約したい。
「お願いしても良いんじゃないか? しのぶ結構器用だし」
うーんと悩んでいると奏が後押ししてくれる。
「生徒会の方とかには俺から知らせておくから、今日くらいはそのまま早く寮に帰っても良いんじゃないか?」
奏にそこまで後押しされたら断る理由もない。
私はしのぶに「じゃあお願い」と伝えて、奏を空き教室に残して第一寮へ向かう。
「……しのぶでも泣き場所にはなれなかったか。……いや、俺がいたからか? でも……」
空き教室を出る直前、奏のそんな呟きが聞こえた。
***
ジョキッ
ジャキッ
少しずつ、慎重に髪が切られていく。
しのぶは丁寧に切ってくれてるから、髪を切られても悲しいとか嫌だとは思わなかった。
彼女から息が詰まるくらいの緊張を感じて、真剣に切ってくれてるんだなと思う。
そんなしのぶが「ふぅ……」と息を吐いて私の髪から手を離す。
「さ、出来たよ」
そう言ってケープ代わりのタオルを取り手鏡を渡してくれた。
鏡に映った私の髪はちゃんと左右対称。
切られた方もちゃんと整えてくれている。
そうして出来上がった髪型は――。
「美来、本当の【かぐや姫】みたいだね?」
「やっぱり、そう見える?」
いわゆるお姫様カットになった私は、長い黒髪ということもあってまさに【かぐや姫】っぽかった。
その後は一度第二学生寮に帰っても良かったけれど、夕飯の時間まで一時間弱ということもあってしのぶの部屋でおしゃべりして待つことにした。
「しのぶは文化祭の準備大丈夫なの?」
「奏に美来を頼まれてるし、良いの」
なんて答えになっているようななっていないような。そんな言葉を胸を張って口にした。
わざとらしいほどのその仕草に思わず笑ったりして、沈んでいた心も浮上していく。
夕食時には奏も合流して、食べ終えたら二人で第二学生寮に帰る。
その頃にはだいぶ落ち着いていて、髪を切られたショックや悲しみはなくなったと思っていた。
……思っていたんだ、夜の七時を過ぎたころに私の部屋のインターフォンがなるまでは。
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