二人の総長④

「ここに座れ」


 室内にあった椅子を指し命令される。


「え?……はい」


 とりあえず言うとおりにしてみようと思って座ると、これまたジッと見下ろされた。


「えっと……如月さんは座らないんですか?」


 他にも椅子はあるのに座る様子のない如月さんに聞いてみる。

 さっきからジッと見られすぎて居心地が悪い。


「いや……」


 視線をそらさないままそう言った如月さんは、おもむろに私の眼鏡に手を伸ばしてきた。

 反射的にダメ! と思って眼鏡のツルを掴むと、彼の手はピタリと止まる。


「……眼鏡、外してみろ」

「何でですか⁉ 嫌です!」


 自分で出来なかったからか命じてくる如月さん。


 でもダメに決まってる。

 良いわけがない。


 まさか素顔見るために引き留めたの?

 だとしたら失敗だったかも。

 ちょっと心配だから、とか思ってないでさっさと出て行けばよかった!


 と、少し後悔していると如月さんの眉間に深いしわが出来た。

 私の態度が不満なのかと思ったんだけど……。


「……無理やり眼鏡取ろうとしたら、お前泣くか?」

「は?」


 どうして突然泣くとかってなっちゃったの?

 いや、眼鏡取られただけじゃ泣かないし。

 焦りはするけど。


「別に泣かせたいわけじゃないんだ。お前も……【かぐや姫】も……」

「っ⁉」


 こっちでも【かぐや姫】の名称が出て軽く息を呑んだ。

 八神さんも何考えてるんだろうって思ったけど、如月さんもどうして私に【かぐや姫】のことを話すんだろう?


 まさかとは思うけど、如月さんにはやっぱりバレて……?


 いつも探るように、見透かすように私を見てくる如月さん。

 もしかしてバレてる⁉ と思ったことは一度や二度じゃすまない。


 私は眼鏡を取られない様に掴んだまま警戒するように如月さんを見た。

 でも如月さんはやっぱり疲れているのか、重いため息をつきその手を下ろす。

 下ろした手は途中で私のおさげを手に取り――。


「あっ」


 結んでいたゴムを取ってしまった。

 眼鏡を取られない様にと気を配っていたせいか、髪ゴムを取られる可能性を失念していた。


 如月さんには前科があったのに!


「やっぱり、綺麗だな……」


 そう呟いた彼は当然のようなしぐさでもう片方のおさげも解いてしまう。


「え? あ、ちょっ⁉」


 まさかどちらも取られるとは思わなかったのと、まだ眼鏡を取られる危険があったのとで手を眼鏡のツルから離せないでいた私。

 髪が完全に解けてしまってもどうするのが正解なのか良く分からなかった。


 そうして少し混乱しているうちに、サラサラと揺れる私の髪をひと房すくい上げる如月さん。


「……こんなに綺麗な髪は【かぐや姫】しか見たことが無い。なぁ、美来……だったか……。お前は【かぐや姫】なんじゃないのか?」


 その問いは、ほぼ確信めいたものなんじゃないだろうか?

 でも、だからと言って私から「そうです」なんて言うわけにもいかない。

 万が一当てずっぽうだった場合墓穴を掘ることになっちゃうから。


 いまだに眼鏡から手を離せないでいる私に、如月さんは「まあいい」と言って私の後ろに回った。

 警戒して振り返ろうとすると、静かな低い声で「そのままでいろ」と命じられる。


 え? 何? 私何されるの?


 いっそ今のうちに逃げた方が良いんじゃないかと思っていると、解かれた髪を後ろに流すように如月さんの両手が首の後ろに入って流れて行った。

 サラサラと全ての髪が落ちていく感覚と共に如月さんがポツリと願う。


「とりあえず今は、俺を癒してくれ……」

「い、癒す?」


 って何をどうやって?

 本気で分からず聞き返すと。


「お前はそのままでいればいい」


 と返される。


 え? このまま座っていればいいってこと?


 良く分からなくて眼鏡を掴んだ手もそのままにしていると、背中に流された髪をゆっくり手で梳かれた。


「っ」


 頭皮に伝わる感覚でどこを触れているのかが分かる。

 何とも言えない感覚に恥ずかしくなるけれど、如月さんは無言で私の髪を梳き続けている。


 ……如月さんって、もしかしなくても髪フェチなのかな?


 思えば二年前、初めて会った時も髪を触られていた気がする。


 ってことは私の髪を触るのが癒しってこと?


 多分そうなんだろうなと納得しつつも、でも何で私が髪を触らせてあげなきゃならないの? という疑問もわいてくる。


「んっ……」


 髪を手櫛で梳かれるたび、大きな手で撫でられるたび。


「ぅん……」


 何だか恥ずかしい気持ちになってくる。


「っん」

「……」


 数回髪を撫でられたと思ったら、何故か突然ピタリと如月さんの手が止まった。

 止まってくれるのはありがたいけど、突然だったからどうしたのかと思う。

 もう終わりってことで良いんだろうか?


「如月さん?」


 一応動かないままで問いかけると、耳元で「はぁ……」と重いため息を吐かれた。


「美来……あんまり色っぽい声出すと……襲うぞ?」

「はい⁉」


 突然の危ない発言に思わず距離を取るように腰を浮かせる。

 同時に見た如月さんの表情は不機嫌そうなもの。

 でもその目には少し欲望のようなものが見えた気がして……。


 あ、これ逃げないとダメなやつだ。


 瞬時に判断した。


「書類、置いときますね」


 すぐに告げて、一時ひざの上に乗せていた書類を座っていた椅子に置き立ち上がる。


「あ、ああ」


 如月さんが私の素早い行動に戸惑っているうちに、さっさと理科準備室の出口へ向かう。

 髪ゴムは如月さんが持ったままだけれど、今日はちゃんと予備を持ち歩いているから大丈夫。

 私だって、銀星さんのときのことでちゃんと学習したんだから。


「じゃあ、失礼しました!」


 最後にもう一度挨拶をして私はドアを閉めた。

 追って来るような足音は聞こえない。

 そうしてやっと私は息を吐き緊張の糸を緩めた。


 全く、やっぱり油断するべきじゃなかったってことだね。

 バレてるかどうか以前になんかおかしな雰囲気になっていたし。


 八神さんといい如月さんといい、二年前より少し優しくなっている気がしたから油断しちゃったみたいだ。


 ちょっと気を引き締め直さないとないかな?


 そう思いながら、私はやっと生徒会室へと戻れたんだ。

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