二人の総長③

 え? え? でも、好かれてるって分かっても……困る!

 だって私、学生のうちは特定の人つくるつもりないし……。


 今までも告白みたいなことをされたことはあるけど、そういうのは全部断ってきた。

 特定の人を作るのは、ちょっと……今はまだ怖いから……。


 とにかく、八神さんには私が【かぐや姫】だとバレなきゃ告白もされないだろうから……多分大丈夫だよね!


 と、思ったんだけど……。


「……でもな」

「はい?」


 少し黙り込んでいたと思ったら、何だか気落ちしているような声になった八神さん。

 そろりと視線だけを上げて表情を見ると、困ったように眉を寄せていた。


「何でだろうな? この間会った【かぐや姫】とお前が重なるんだ」

「ぅえ⁉」

「んなことあり得ねぇのにな?」

「そ、そうですよ! 私が【かぐや姫】なんて呼ばれる人と似てるなんてこと、あるわけないじゃないですか!」


 思わず顔を上げて全力否定してしまう。


 あ、ヤバい。

 態度があからさま過ぎたかな?

 しかも表情が引きつっちゃってる気がする。


 でも眼鏡である程度隠れているためか、八神さんがそれに気付くことはなかった。


「ふはっ、お前力み過ぎ。そうだよ、あるわけねぇじゃん」


 そう笑って同意してくれたのでホッとする。

 ――のも束の間。


「でもよ。お前もちょっとは可愛いし、全く似てないってことはねぇんじゃねぇの?」


 そう言って、頭に乗っていた手が下りてくる。


「へ?」


 言葉の意味が理解出来ないでいる私の耳をかすめ、頬を撫でられた。


「っっっ!!」


 なんだかよく分からないけど、このままでいるのはマズイ気がする!

 ほぼ直感でそう思った私は、残っていた缶コーヒーを飲み干して立ち上がった。


「じゃあ、私そろそろ失礼しますね! 缶コーヒーごちそうさまでした!」

「お、おう」


 突然勢いづいた私に少し気圧されたのか、驚いて頷く八神さん。

 そのまま突っ立って私が部屋から出ていくのを見ていた。


「じゃあ失礼しました!」


 わざとらしいほどに元気な声を出してドアを閉めると、はあぁぁぁ、と深く息を吐いた。


 今のは何だったんだろう?

 なんか、キスとかされそうな雰囲気になってなかった?


 あそこで逃げなかったら、頬を撫でた手が顎を掴んでいそうな感じだった。

 獲物を見るような目になっていたから、多分私の予想は間違っていないと思う。


 でも待って。

 八神さんは【かぐや姫】が好きで、私が【かぐや姫】だとは気づいてないって状況。


 これってつまり……浮気じゃない?


 いや、同一人物だし、何より私は八神さんと付き合ってるわけじゃないから浮気とは言わないんだろうけど……。

 でも状況的には、好きな女がいるのに他の女に手を出そうとしていたというものだ。

 浮気みたいなものだと思う。


 ……それかやっぱりあんなこと言ってたけど、私が【かぐや姫】だってバレてるの?


 どっちなの⁉


 答えの出せない疑問に頭を抱える。

 しばらく悶々もんもんと考え込んでいたけど、こんなところでうずくまっていても無駄な時間が過ぎるだけだってことにやっと気づく。


「はぁ……次は如月さんのところか……」


 ため息をついて立ち上がった私は、すでに今日の分の体力を使い果たしてしまいそうだった。


***


 初日は迷って来てしまったけど、もう校舎の大体の場所は把握している。

 だから迷わず理科準備室には来れたんだけど……。


「だからお前らもう少し落ち着け!」

「無理っすよ。みんなこの勢いで【月帝】の連中を俺らの下に置くんだってイキがってますから」


 何故かこっちも言い合いをしていた。

 ただ、怒っているのは総長である如月さんの方みたいだったけれど。


「俺らもみんなと同じ意見っす。いくら総長である如月さんの言葉でもこればっかりは言うこと聞けそうにないっす」


 第二音楽室と違って防音ではないので話が良く聞こえる。


 さっきもそうだけど、これ明らかに立ち聞きだよね?


 これ以上聞いてるわけにもいかないと思ってちょっと他の場所で待っていようと思ったら……。


「話がそれだけなら俺達は行くっすよ」


 そう言葉が聞こえて何人かの足音が近づいてきた。

 結局隠れることも出来ず彼らがドアから出てくる所に居合わせてしまう。


「あ……」


 目が合うと、双子以下の幹部らしきその人達はニヤッと笑った。


「ああ、あんたか。【月帝】の下っ端ぶちのめして退学にしてくれた女だよな?」

「え……?」

「え? この子? はー、聞いてたけどマジで地味ーははは!」

「ま、何にしても良いシゴトしてくれたよな」


 なんて、勝手なことを言うだけ言った彼らは他に何かするでもなく去って行った。

 そんな彼らを見送ると、私は室内に目を向ける。


「っくそ!」


 こっちのやり取りは聞こえていなかったのか、私に気づいた様子のない如月さんは床を睨みつけ悪態をついていた。

 いつも冷静沈着といった様子の如月さんがこんなあからさまに感情を出すなんて……。


 見てはいけないものを見てしまったような気分で、声を掛けるのをためらう。

 でも渡すものは渡さないと、と思ってこの場を去ることも出来ないでいると……。


「……何をしてる?」


 流石に気付かれてしまい声を掛けられた。


「あ、すみません。生徒会長にこれを渡すように頼まれて……」


 部屋の中に入って書類を差し出す。


「……」


 なのに如月さんはすぐには受け取ってくれず私をジッと見ていた。

 早く受け取ってくれないかなぁと思いながら差し出した状態のままでいた私は、ふと気付く。


 ……あれ? もしかして雰囲気的になんかマズイ?


 でもそう思ったのが一瞬遅かった。

 その少しの遅れのせいで逃げるのが遅れ、書類を持っている手首を掴まれてしまう。


「えっと……あの……?」


 でも掴んだからと言ってすぐに何かされるわけでもなかった。

 そのままの状態でまだジッと見られるので、何がしたいのか分からず「どうしたんですか?」と聞いた。


「……ちょっと付き合え」

「は?」


 やっと何かを言ったと思ったらそう言って軽く腕を引かれる。


 抵抗はしなかった。

 何だか疲れている様子の如月さんが少し心配だったし、強い力で引かれたわけじゃなかったから何となく素直に従った。


 それに、如月さんが疲れているのってもしかしたら私も原因の一つなのかもしれないし……。


 さっきまで会っていた八神さんの話。

 そして今しがたの【星劉】幹部のやり取り。


 私が襲われたことで、結果的に【月帝】の下っ端を退学させてしまった。

 あいつらはハッキリ言ってクズだったから、それ自体は今でも後悔はしていない。


 でも、そのせいで二つの校内暴走族のバランスが崩れかけているみたいだった。


 流石に気にしないってのは無理だよねぇ……。

 でも、付き合えって何するつもりなんだろう?

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