閑話 星宮奏 後編
美来に好意を持った相手は大体いくつかに分けられる。
女子は今もそうであるように可愛い派とカッコイイ派。
男子は憧れるだけのタイプ、何が何でも手に入れようとするタイプ、そして純粋に好きすぎてどうしようもなくなるタイプ。
久保は明らかに最後のタイプだ。
でもまさかここまで純情になってしまうとか……。
ヤバ、面白すぎてちょっとにやける。
「なんなんだよ⁉ お前、話したいことってそれなのか? だったら俺は自分の部屋に帰るぞ⁉」
「まあ待てって。本題は別だ」
そうだ。
本題は別。
久保のことじゃなくてこいつの異母兄のこと。
高峰銀星。
おそらくそいつは二番目のタイプだ。
何が何でも手に入れようとするタイプ。
話を聞いた様子じゃあ美来をお子様だと言っていたみたいだけど、それでも諦めたわけじゃなさそうだった。
そういうやつが美来に執着すると本気で厄介になる。
実際、それが原因で転校することになったからな。
美来には俺がストーカー被害に遭ったからだと言ってるし、実際にそれも間違ってはいない。
でも、一番の理由は美来の身が本気で危なくなってきたからだった。
色々と俺が裏でひねり潰してきたけれど、“兄”である自分じゃあ決定打にはならなかった。
いつかは美来から離れていく存在。
あいつらは、俺が離れていくのを見越してちょっかいを出していたんだ。
二年前だってそうだ。
率先して美来にとって不名誉になるような噂を流したのもあいつら。
噂を流して、美来を
そんなゲスな考えを持つ奴らになんか美来を渡せるわけがない。
高校生になって、美来に女らしさが出てきたらまたさらにそういうやつが増えた。
まあ、美来は二年前から体術にさらに力を入れたから、そういう奴らにもそうそう捕まることはなかったけど。
それでもそういう奴らは諦める様子なんて欠片もなくて……。
正直俺一人の手には余った。
美来をしっかり守ってくれるような奴が美来の彼氏になってくれるなら俺はそれをサポートするだけになるから何とかなっただろう。
でも、肝心の美来が色恋に
好意を寄せてくれる男は腐るほどいたけど、肝心の美来にその気がなかったんだ。
だから彼氏が出来るわけもなく、いつかは離れてしまう“兄”の俺しかいない。
このままじゃいつかあいつらに捕まって美来が泣くことになる。
そう思っていた矢先に俺のストーカー被害があった。
はじめはなんて面倒な真似をするんだと思ったけど、あれがあったから転校という選択肢が増えた。
警察沙汰にもなったせいで、学校の先生や両親から俺も転校した方が良いんじゃないかと提案があったんだ。
俺はその提案に瞬時に飛びついた。
自分のためというよりは、美来のために。
そして調べて、この街に来た。
しのぶに会いたかったからというのももちろんあったけど、このマンモス校なら美来が好きになる相手くらいいるかもしれないという思いもあった。
二年前に美来がさ迷った街ってのが少し心配だったけど……。
まさかすでに学校のトップ達に目をつけられていたとは思わねぇだろうが⁉
つい、心の中で悪態をつく。
まあでも、あの総長達は元が良いとこのお坊ちゃんだからか危険性という意味ではそこまで危なくない。
問題はそう、久保の異母兄である高峰銀星。
本当の“暴走族”の総長。
しかも……。
「久保、お前の異母兄の高峰銀星ってやつは、ここと関係あるか?」
スマホで調べたものを見せながら確認を取る。
画面を見た久保は苦いものを呑み込んだような顔をした。
「……まあ、あるな。……そこの跡取りだ」
渋々といった様子で答えた久保に、おそらく聞かれたくないだろう質問をする。
「ってことは、お前も関係者ってことになるのか?」
「……ほとんど関係ねぇよ」
案の定仏頂面で答えが返ってきた。
まあ、あまり関係ないならその方が良い。
その方が使いやすいからな。
「そうか……じゃあ、ここからが本題だ。久保、お前美来を守るのを手伝え」
「は? え? いや、お前こないだと言ってること真逆じゃね?」
俺の提案、というよりほぼ命令に近い言葉に、久保は怒るより先に驚く。
まあ、確かに真逆だな。
守るってことは近くにいるのが一番だ。
近づくなって言った俺が真逆のことを言ったら驚くのも当然か。
「事情が変わったんだよ。今は一人でも多く人手が欲しい。それにお前、今はもう美来に触れるのすら勇気いるんだろ?」
「んな⁉」
何でバレた⁉って顔してるけど、バレバレだから。
久保は見たところケンカはそこそこ?
正面から勝負したら美来には負けるだろうし、俺と互角か少し下ってところか。
その上触れるのすら勇気がいる状態になったこいつはかなり頼りないけど……。
「ちょっと頼りないけど、美来を泣かせないと分かっている奴が近くにいてくれると俺も助かるんだよ」
不満はあるんだと、表情にも出して伝える。
すると流石に今度は怒ってきた。
「頼りないは余計だろ⁉ 仕方ねぇじゃんか! なんだよあいつ……素顔見て、可愛いし綺麗だし。強いのは分かってっけど触れると壊れそうな気がするし!」
「……」
しかも怒りに任せてなんか語りだしやがった。
「そしたら本当は目の色違うしよぉ。あんな綺麗な目ぇして、マジで妖精⁉って思ったぞ⁉ かぐや姫って呼ばれるのも納得だよ!」
「妖精……」
まあ、見た目だけならそう見えなくも……。
でもそれ普通口に出すか?
恥ずかしいって感覚は――今はないのか。
「ってか何なんだよ。何で【かぐや姫】なんだよ……。何で八神さん達が探してたって言う【かぐや姫】なんだよ……」
「……」
そうして気落ちしたのか、言葉が出なくなる久保。
ここで黙り込むだけなら、さっき言った美来を守るのを手伝えって言葉は
だから、それを確かめるために問いかける。
「じゃあ、美来が【かぐや姫】だって分かったから、お前んとこの総長達に教えるのか? 二年間お前らが探していたのはあいつだって」
その瞬間、気落ちしていた久保の目に怒りにも似た力が宿るのを見た。
思わず俺は口角が上がる。
……それでいい。
「っふっざけんな。んなこと出来るわけねぇだろ? そんな理由だけで、あいつの隣に立つ権利を奪われてたまるかよ!」
「っは!」
思わず声を上げて笑ってしまった。
思った以上の答え。
合格だよ。
美来を自分のものにするだとか、取られてたまるかとか、物としてあつかう言葉をこいつは使わなかった。
しかも、“隣”に立つ権利ときた。
美来を弱い存在として後ろにいさせるわけでもない。
逆に美来の後ろに立って、あいつのやることなすこと肯定する存在になるわけでもない。
あくまで対等な相手として、隣に立ちたいって久保は言ったんだ。
そんな難しいことは考えてないだろう。
でも、考えなくてもすぐに出てきた言葉だ。
当然のように思っている言葉じゃなきゃ出てこない。
だから、合格だ。
「それでいい。そんなお前だからこそ頼むんだ。俺は常に美来と一緒にいるわけにはいかない。クラスも同じだし、食堂でも二階席に行けるお前の方が一緒にいる時間も多いからな」
そして俺はニヤリと笑う。
「それに、お前は今のところ一番美来を泣かせる心配がなさそうだからな」
純情になってしまった久保に少し皮肉を効かせた言葉を投げかける。
「うぐっ……でもまあ、泣かせるような真似はしねぇけどよぉ……」
皮肉はしっかり受け取ったのか、久保は苦い顔をしつつも同意した。
そういう素直な部分もあるから、尚更任せても良いかと思えるんだよな。
まあ、それは言ってやらないけど。
「でもな、奏」
「ん?」
珍しく俺のことをちゃんと名前で呼んだ久保は、真剣な目で俺を見た。
「お前さ、美来と同じ顔でその表情はやめてくんねぇ?」
マジキツイから、と付け加えられて思わずキョトンとしてしまう。
まあ、確かにそれもそうか。
「あー……悪い」
納得は出来たので、謝るだけは謝っておいた。
……その後久保も部屋に帰して、俺はすぐにノートパソコンを開く。
高峰銀星。
こいつのことをもっと調べないとならない。
「全く、美来は何でこうも面倒なやつと遭遇してしまうんだ?」
うんざりと呟いて、俺はさっき久保に見せたのと同じスマホ画面を見る。
そこには、この付近では有名なある家の名前が表示されていた。
高峰組。
この辺りで一番大きな極道の家の名前だ……。
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