閑話 星宮奏 前編

 美来の話が終わる頃には日も暮れて来ていた。

 だから双子を帰して、美来も部屋に戻す。

 美来には夕飯を頼んで、この部屋に戻ってこないようにした。


 だから、今俺の部屋にいるのは久保だけだ。


「で? 話ってなんだよ?」


 久保だけは話があるからと引き留めておいた。

 不機嫌そうにしているけど、明らかに戸惑ってる久保。

 目が泳いでるのがその証拠だ。


 以前は俺のことを視界にも入れていなかったみたいだけど、美来が風邪で倒れた日からそういうわけにもいかなくなったか。

 むしろ苦手に思ってるみたいだな。

 でも、それも仕方ないかも知れない。

 こっちに引っ越してきてから、あの日初めて他人に本当の自分を出したから。



『久保、お前はもう美来に近付くな』



 あのとき俺が言った言葉を気にしてるんだろう。


 あの日、美来が倒れたとしのぶから聞いてすぐに寮に向かった。

 よりにもよって、美来をセフレにとか言ってた久保に連れて行かれたとか。

 いくら熱に浮かされていたとしてもバカすぎるだろう。

 心の中で悪態をつきながら美来の部屋に行ったけど鍵が閉まっていた。


「チッ!」


 舌打ちをして、今度は久保の部屋のドアを叩く。

 いくら何でも、熱で倒れるような女に変なことはしないだろうと思う。

 けど、久保はその辺り常識が通じなさそうだと思ったから油断は出来ない。


 ガチャ


 思ったより早くドアが開き、困った様子の久保が出てきた。


「美来はどうした?」


 こいつの様子なんてどうだっていい。

 とにかく美来の無事を確認したかった。


「ああ、奏つったか? 美来なら中で寝てるぞ?」


 そう言って意外にもアッサリ部屋の中に通してくれる。

 靴を脱いで中に進むと、久保のベッドの上で顔を赤くしながら眠っている美来がいた。

 髪を解いて、眼鏡を外した状態で。


「っ⁉」


 美来の素顔を久保に見られた⁉


 美来に近付き、状態を確認する。


 額に熱を冷ますシートを張られている以外に変わりはないように見える。

 少なくとも、制服がはだけたりはしていない様だった。


 一先ずホッと息をつく。


 あんな久保でも、そこまで非常識じゃなかったか。

 でも、美来の素顔を見られてしまった。


 ったく、転校して地味な格好までしていたってのに!

 いったい誰のためだと思って……。


「……なぁ、双子ってことはお前もそんな顔してるわけ?」


 背後で久保が聞いてくる。


 ……こいつ、今は熱があるから何もしないだろうけど、元気になったら今まで以上に美来にちょっかい掛けそうだな。

 振り返らずに、考えを巡らす。


 これは、ぶっとい釘を刺しておかなきゃならないか?


「……双子って言っても二卵性だから、普通はここまで似ないんだけどな」


 言いながら眼鏡を外し、振り返る。

 顔を隠すようにした前髪もかき上げ、顔を見せた。


「……そっくりだな」


 軽く見開き、感想を漏らす久保。

 俺達を見たやつは大体そう言うから、聞きなれた言葉だった。


「一応お願いするけど、俺達の素顔のこと黙っててくれないかな?」


 見定めるような眼差しを向けながら言ってみる。

 普段の久保の様子を考えると「知るか」とでも言ってはねのけられそうだったけど……。


「あー……まあ、別に言うつもりはねぇけどよ」


 久保はそう言って後頭部をきながら視線をそらす。

 予想とは違う反応に少し驚いた。

 でも、やることは変わらない。


「それは助かる」


 と、美来が見ていたら胡散臭い笑顔とでもひょうされそうな表情で笑い、直後動く。

 久保の胸倉を掴み、膝裏に蹴りを入れる。


 まさか俺がこんなことをしてくるとは思ってもいなかったんだろう。

 驚きの表情のまま、久保は床に倒れた。


「っ⁉ てめっ! 何す――」

「だがな久保、お前はもう美来に近付くな」


 ことさら低い声で告げる。


「お、ま……」


 驚愕の表情と詰まる言葉。


 本気の俺を目にしたやつは、大体こんな顔をする。


 きっと今の俺はとても冷たい目をしてるんだろう。

 美来にも、ほとんど見せない表情。


 だって、仕方ないじゃないか。


 多少スレて育ってしまったけれど、それでも天真爛漫てんしんらんまんなのが美来だ。

 そして俺はそれを守るって小学生の頃には決めていた。


 自分の敵になった相手には容赦しなくなったけど、それでもほだされやすい美来。

 純粋な好意を向けられれば、敵だったことも忘れて仲良く接してしまう甘ちゃん。


 そんな美来を守らなきゃならないんだ。

 俺がことさら冷酷になるしかないじゃないか。


「美来を泣かせるやつ、傷つけるやつは決して許さない」

「っ!」


 息を呑む久保に、もう一度告げる。


「だから、お前は近付くな」


 言い放つと手を離し、寝ている美来の元へ行く。


「美来、帰るぞ? 立てるか?」


 頬をペチペチと叩き、起こす。

 寝たままでも連れていけないわけじゃないが、朦朧としていても自力で歩いてくれた方が助かる。


「ん……奏ぇ?」


 薄っすらと開いた目の色は薄茶色。

 全く、カラコンも取らないと危ないじゃないか。


「ほら、自分の部屋に戻れ。ここじゃあゆっくり休めない」

「ん……」


 意識が朦朧としてよく分かっていないみたいだったけど、美来は小さくうなずいてベッドから降りた。

 俺はそれを支えながら歩く。


 途中、床に倒れた状態で固まっている久保を見た。


 とりあえず、釘は刺せたかな?


「じゃ、世話になったな」


 それだけ言い置いて、俺達は久保の部屋を出た。



 ……その後から久保の美来に対する態度がおかしくなったっけな。

 はじめは俺の刺した釘が効いてるのかと思ったけど……。


 記憶から思考を戻して、今の久保を改めて見る。


 なんて言うか……ホント変わったよな、コイツ。

 さっきだってむやみに美来に近付いたりしなかったし。


 それに、美来を泣かせたから異母兄を嫌いになっただとか、優しくすんのは美来だけだとか……。

 あからさまに照れてる様子は、狙って口説いてるって言うより素で言ってる感じだった。


 あと、最近の久保の様子。

 美来を見つめるだけで手は全く出さないのとか。

 もうこれは完全にあれだ。


「久保、お前本気で好きになった女ってもしかして美来が初めてか?」

「んな⁉ ほ、本気でって! 好きって! は、初めてなわけねぇだろ⁉」


 否定はされたけど、この慌てようを見れば一目瞭然だった。


「……顔、真っ赤だけど?」

「し、知らねぇよ!」


 ヤバ、ちょっと面白い。

 こんなにからかいがいのあるやつになるとは……。

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