二年前の記憶⑦
「てめぇ、邪魔すんな!」
「それはこっちのセリフだ!」
二人はそのままサシでケンカを始める。
しかも周りの男達がはやし立て応援し始めたので、少し私から注意がそれた。
チャンス!
私はそのスキを見逃さずに出入り口の方へと足を進める。
と言ってもすぐに動くと気付かれそうだったから、周囲に紛れるようにそろそろと動いた。
すると、突然誰かに腕を引かれてしまう。
とっさに抵抗しようとしたけれど、その人は「しっ!」と自分の口に人差し指を当てて声を出さない様に指示を出してきた。
何を?
と思った答えは小さな声ですぐに出される。
「ここから逃がしてあげるから、黙って付いてきて」
サラサラの焦げ茶の髪を揺らした彼は、一人だけこの場の他の男達とは違って見えた。
制服は同じだけれど、不良と思わしき周りの男達が着崩しているのに対し、彼はキッチリ着ている。
顔立ちも優し気でどう見ても不良には見えなかった。
そんな見た目でもあったから、一先ず逃がしてくれるという言葉を信じて黙って付いて行く。
どうしてこんな人があの場所にいたのかは疑問だったけれど、少なくとも彼らと同じ不良には見えなかったから。
そうして手を引かれるままに付いて行き、ビルの中を通って外に出られた。
外に出た時点で手を離してくれるものだと思っていたけれど、連れてきてくれた彼は離すことはせずまだ私の手を引いて行く。
「あ、あの。ここまでで大丈夫ですよ?」
「そうかもしれないけど、一応、念のためね?」
軽く振り返って爽やかそうな笑顔を向けられたので私は黙った。
まあ、さっきの人達が私がいなくなったことに気付いて追いかけてくるってこともないとは限らないし……。
そう思ったからとりあえずそのまま付いて行った。
しばらくして、ビルの先端しか見えなくなったような場所で彼はやっと足を止める。
「ここまで来れば大丈夫かな?」
そう言った彼は改めて私を見た。
――手は、離してくれずに。
「あ、あの……離してくれませんか?」
流石に不穏なものを感じてそう願ったけれど、離してくれる気配はない。
「あの……」
「それよりもさ……君、どうしてあんな場所にいたの?」
「え?」
当然と言えば当然の質問なんだけど、どう答えればいいのか分からなくてつい言葉に詰まる。
そのまま追及されるものだと思ったけれど、一度視線をそらした彼は少し妖しい光を瞳に宿して質問を変えた。
「ああ、違うな。そんなことよりも君のことが知りたい」
「え?」
「君の名前は? どこに住んでいるの?」
「え? え?」
立て続けにされる質問に、答えるよりも疑問符がいくつも浮かぶ。
何であんなところにいたか聞きたいのはこっちも同じだし。
名前だって私もこの人のこと知らない。
そんな状態で住んでる場所まで教えるとかありえないでしょ⁉
思うのに、言葉にする前に次々質問が来る。
しかも、どんどん顔が近付いているような……。
手を掴まれているから自分からあまり距離を取れない。
軽く仰け反るようになると、もう片方の手が私の頬を包んだ。
ここまで来ると完全にアウトだ。
逃げなきゃ何をされるか分からない。
そう思ったし、いつもなら思った時点で行動に移していた。
でも、逃げられない。
さっきの不良達のように強い力で押さえられているわけじゃないのに、どうしてか動けなかった。
妖しく光る目が、私を金縛りにでもあわせているかのように。
「ねえ、教えて? 俺に君の声を聞かせて? 俺の心を奪った、さっきの歌声のように」
え? と聞き返す言葉は声にならなかった。
なぜなら、私の唇は塞がれてしまっていたから。
聞かせてと口にした、彼の唇によって。
触れるだけのキスは軽くついばむように何度か触れてから離れて行く。
驚きで見開かれた私の目に映ったのは、爽やかな笑顔じゃなくて、妖しく
「ねぇ? 君は優しくされたい? それとも、ドロドロに甘やかされたい?」
頬の手がスルリと顎のラインを撫でる。
「あ……」
喉が震えた。
彼の妖艶さに当てられる。
「あわわわわ」
私は完全にキャパオーバーしていた。
それでも何とか声を出せたからか、体も動くようになる。
ベリッと効果音がつきそうな勢いで彼から離れると、「ごめんなさい!!」と叫んで逃げ出した。
「あ、待って!」
引き留める声は聞こえたけれど、私の足の方が速いのか追いかけてくる気配はない。
そのまま私は人の多い場所へ向かう。
もうあんな人達と関わるのはごめんだった。
立て続けにサードキスまで奪われて、もう散々としか言いようがない。
親友の裏アカウントの悪口を見て、いっぱいいっぱいになって飛び出したはず。
何の解決もしていないけど、月を見て少しは落ち着いたと思ったらこんなことになって……。
本当にもう散々だ。
とにかくもう家に帰ろう。
すっごく怒られるだろうけど、奏に会えばきっとこのどうにもできない感情も少しは落ち着くかもしれないと思った。
そうして戻ってきた駅に奏がいた。
スマホの電源は切っていなかったから、GPSを使って場所を調べて追いかけて来てくれたらしい。
「美来! お前どこ行ってたんだ⁉」
焦りと心配の表情でそう叫んだ奏を見た途端、緊張の糸が切れたのか、安心したのか。
ひたすら泣き続ける私に、奏は何も聞かないでいてくれた。
ただ、言ってくれる。
「俺はいつでも一緒にいるから! 俺だけは絶対、お前を裏切らないから!」
その言葉で色んなものが救われた。
解決した訳ではないし、一晩に起こった事が無かった事にはならない。
でも、奏のその言葉のおかげで勇気を持てた。
そして、今の私があるんだ。
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