二年前の記憶④

 寒い。

 怖い。

 目が笑ってない。


 昔から私を泣かすやつは許さないと言ってくれている妹思いの兄だ。

 大きくなって私も泣かされることが無くなってきたから、このシスコンっぷりを出すことは少なくなってきたんだけれど……。


「か、かなちゃん?」


 戸惑う明人くんの呼びかけに、奏はそのブリザードスマイルを向けて凄む。


「ほら、早く教えろよ。その男の特徴とか弱点とか弱みとか知ってること全部」


 笑顔で、淡々と、でもまくし立てるように早口で。


「か、奏? とりあえず落ち着こう? 三人ともドン引きしてるから……」


 とりあえず落ち着いて話すためにそのブリザードスマイルだけでも消してもらわないと、と声を掛ける。

 でもそう簡単に落ち着けるわけもないみたいで。


「は? 俺のいないときに泣かされといてそれ言うの? 高校生になって『もう泣かされたりしないから大丈夫』って言ったのはどの口だよ」

「いや、えっと……」


 笑顔は消えたけれど、代わりに私を責める言葉が増えてしまった。

 どうしようかと途方に暮れていると勇人くんが声を上げる。


「た、高峰銀星のことなら久保が良く知ってるはずだから!」


 奏の変貌ぶりに戸惑っていたらしい勇人くんは、叫ぶようにそう言った。


「……え?」


 久保くんが?


 どういうことだろうと今まで黙っていた久保くんを見ると、まさに苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。


「ちっ……余計なこと言いやがって」


 久保くんは文句は言うけど否定はしない。

 本当に銀星さんのことをよく知ってるってことなの?

 そう思って久保くんの言葉を待つ。

 奏も彼の言葉を待っていた。


 ……というより、無言で見つめて早く話せと圧力を掛けていたと言った方が合っているかもしれない。

 その圧力に負けたわけじゃあないだろうけど、久保くんは嫌そうにしつつも話してくれる。


「言っとくけど、そこまで良く知ってるわけじゃねぇからな? ただ、あいつは俺の異母兄ってだけだから」

「へー…………え⁉」


 無難な相槌を打とうとして、言葉をちゃんと理解したと同時に驚きの声が出た。


 え? 今なんて言ったの?

 異母兄って、兄?

 つまり半分血のつながった兄弟ってこと⁉


 驚きすぎてしばらくそのまま固まってしまった。

 固まったまま色々思い出し、そういえばと思う。


 銀星さんに強引に手を掴んで引かれていったとき、少し前の久保くんみたいだと思った。

 他にもラブホに連れ込もうとしてたところなんかは以前の久保くんを彷彿ほうふつとさせる。

 顔は似ていないけれど、行動や性格が似ているのかも知れない。


「そう言えば……行動とか、性格? ちょっと前までの久保くんに似てたかも……?」


 思ったことを伝えると、久保くんは物凄く嫌そうな顔をした。


「顔はどっちも母親似らしいけど、性格が父親似だって言われてる。……でも別に仲が良いわけじゃねぇし、それ以前にまともに会ったのだって小学生の頃に数える程度だしな」


 だから良く知ってるって程じゃないと説明された。


「えっと……久保くんは銀星さんのこと嫌いなの?」


 異母兄って時点でワケアリな感じはするけれど、それ以上に銀星さんのことを話す久保くんがひたすら嫌そうな顔をして話すからついそんな質問をしてしまう。


「別に好きでも嫌いでもなかったけど……さっき嫌いになった」

「さっき?」


 聞き返すと、ムスッとした顔で私から顔を背ける。

 そして視線だけをこっちに向けた。


「……だって、あいつお前のこと泣かせただろ?」


 その視線に心配そうな感情を読み取って、胸の辺りが少し暖かくなる。

 何とも思っていなかった異母兄だけど、私を泣かせたから嫌いになったってことだよね?

 半分だけとはいえ血のつながった兄弟なんだから、仲良く出来るならした方が良いのかもしれない。


 でも、私を泣かせたことを怒ってくれているってことだったから……。


 ちょっと、嬉しかった。


「え、へへ……ありがとう。久保くん、ホント優しくなったよね」


 少し照れてしまって、髪を耳に掛けるしぐさをして照れを誤魔化す。

 そうしたら久保くんは顔を赤くして視線も私からそらしてしまった。


「優しくすんのは、お前にだけだよ……」

「え?」


 ポツリと零れるように言われた言葉はギリギリ聞き取れるかどうか。

 私にだけ、とか聞こえたような気がするけど自信はない。


「ごめん、ちゃんと聞こえなかった。もういっか――」

「う、うぅん!」


 もう一回言ってという私のセリフは奏の唸るような声にかき消されてしまう。

 明らかに邪魔された感じだったから、ジト目で奏を見るけれどスルーされてしまった。


「まあ、大体は分かったよ。って事で、次は美来の話聞かせてもらおうか?」

「いや、良いんだけどさ。人の話遮っておいてそれはないんじゃ――」

「その話は俺たちも聞きたいな!」


 今度は勇人くんに遮られてしまう。


「そうだな。【かぐや姫】の事は如月さん達から良く聞くけど、実際に何があったのかはハッキリしなかったから」


 うんうんと頷きながら明人くんも奏と勇人くんに同意する。

 味方が少なくてムーッと不満が湧くけれど、元々話す覚悟はしていた。

 出来れば話したくなかった嫌な記憶だから、さっさと話してしまった方が良いのかも知れない。

 そう思い直して、私は烏龍茶を三口くらい飲んで一度息を吐いた。


「……私もまさか【かぐや姫】なんて呼ばれてるなんて思わなかったけど……」


 そんな話し口から始める。



 二年前の夏。


 あの蒸し暑い、色んな感情に翻弄された夜。


 出来れば思い出したく無い記憶を細かく思い出しながら私は言葉を紡いだ。

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