二年前の記憶②
取り出してみると、画面には奏の文字。
すぐに通話ボタンを押して電話に出た。
「もしもし? 奏? どうしたの?」
普通に聞くと、怒りと焦りのこもった声が大きく聞こえた。
『どうしたじゃない! お前今どこにいるんだ? 寮に帰ってないだろ⁉』
そういえば何だかんだで結構な時間が経っていた。
奏はもうみんなと解散して寮に帰ったみたい。
「いや、ちょっとあの後色々あって……追われてたっていうか……」
どう説明するべきかって悩みながら答えていると、近くの二人が会話していた。
「奏ってかなちゃんかよ……」
「マジで美来なんだな……」
その声が聞こえてたみたいで、奏が反応する。
『ん? 近くに誰かいるのか?』
「あ、うん。勇人くんと明人くん、それと久保くんがいるよ。あ、あとその……ごめん、三人にバレちゃった」
これは伝えておかないと後でさらに怒られてしまうから、先に言っておく。
『美来……』
するともう怒る気も失せたのか、力のない声が聞こえた。
『はぁ……とりあえずそいつらとも話したいから、スピーカーにしてもらえるか?』
「え? うん、分かった」
私は言われた通りにスピーカーの画像をタップする。
『おい、久保と森双子、聞こえるか?』
「も、森双子⁉」
「え? かなちゃんだよな?」
森双子なんて乱暴な呼び方をされたことが無かったのか、二人は驚愕の声を上げる。
奏の声もいつもより少し低いし、尚更別人のように思うのかもしれない。
奏、やっぱり怒ってるかな?
電話越しだとハッキリしないけど、この声は不機嫌な時の声だ。
『そうだよ。ったく……面倒なことになりそうだけど、こうなったらお前らも共犯だ。他の奴にバレないように美来を連れてお前らも来い』
もはや命令形。
勇人くんと明人くんはあんぐりと口を開けてスマホ画面を凝視していた。
あまり接点のない久保くんはどう思うんだろう?
そう思ってさっきから黙っている久保くんを少し振り返って見る。
彼はどうしてか苦虫を嚙みつぶしたような顔をしていた。
何か思うところがあるみたいだけれど、それが何なのかは私には分からない。
あまり関りがないと思っていたけれど、奏と久保くんで何かあったのかもしれない。
そういえば今朝寮で会った時も様子がおかしかったな、と思い起こしていると、奏の声が私を呼んだ。
『あと美来。全部話してもらうからな? 今日のことも、【かぐや姫】のことも』
「っ⁉」
不機嫌さは軽くなったけれど、しっかりした声音。
それは、絶対に誤魔化しは許さないという意図が込められていた。
「……うん、分かった」
二年前のこと。
私が思い出したくなかったのを汲み取ってくれていたのか、今まで詳しく聞いて来ることが無かった奏。
でも、こうなったからには話さないわけにはいかないだろう。
私は覚悟を決めて返事をすると、「じゃあ後で」と言って通話を切った。
***
三人は私の姿を隠すように周囲を固め、足早に第二学生寮に向かう。
人が多い街中では八神さん達に見つからないかヒヤヒヤしていて緊張したけど、寮も近くなってくると少し会話をする余裕が出てきたみたいだった。
「あー、ってか最近久保の美来に対する反応がおかしいと思ってたけど……納得したわ」
「だな。これはヤバイ」
「……うっせ」
突然、最近久保くんの私に対する態度が変わった理由を理解しだした勇人くんと明人くん。
二人の言葉を久保くんは否定しなかったから、多分本当に理解しているんだろう。
でも私にはサッパリ分からない。
今朝も久保くんに会ったとき聞いた気がするけど、あの時は奏に邪魔されたような形になってしまった。
何か言っていた気がするけれど、良く分からないうちに久保くんが先に寮を出て行ってしまったんだっけ。
「ねえ、どういうこと?」
だから聞かずにはいられなかった。
「久保くんの態度が変わった理由、二人は分かったってことだよね?」
どういうことなの?って、重ねて聞いた。
「え?」
「いや、それは……」
言って良いものか、とでも考えてるのかな? 二人は久保くんの方を見ながら言いよどむ。
でも確かに本人が近くにいるのに他の人に聞くとかおかしな話。
私は久保くんに向かってもう一度聞いた。
「今朝も聞いた気がするけど、奏のせいでちゃんと聞けなかったし。もう一度聞いていい?」
「っ! え……?」
見上げた久保くんの表情は軽い驚きと戸惑い。
聞いちゃダメだったのかな?
でも今朝は何か言ってくれたよね?
今朝言えなかったことをそのままいってくれないかな? と思って久保くんの言葉を待った。
「いや、その……だからっ! てかそんなにジッと見んなよ」
そう言って目をそらされてしまったので、やっぱりこれじゃあらちが明かないと思い双子の方に聞く。
「ねえ、どういうこと? 二人は分かったんでしょう?」
いつものように私の左右を陣取っている勇人くんと明人くん。
二人は二人で視線を合わせて困ったような笑みを浮かべる。
「あー、まあ……分かったけどな」
「でも美来が分からないならそれはそれで良いんじゃねぇ?」
「えー? 気になるんだけど」
仕方ないので推理してみた。
二人は私の素顔を見て納得したって言った。
ってことは、私の素顔に原因があるってことか。
確かに私は十人中十人が可愛いって言うくらいの容姿はしていると思う。
昔から攫われかけたりとかしてたから、嫌でもそういうのは理解していた。
地味だと思っていた女が実は可愛かったっていう状況だよね?
でもそれなら……。
「んー? やっぱり分からないよ。実は可愛かったとかいう状況なら、前までの久保くんなら絶対にセフレにするとか言いそうだもん」
首を傾げて唸る私。
久保くんは顔をそらしたまま「……今じゃあぜってぇ言わねぇよ、そんなこと」と言い捨てる。
「あ、可愛いって自覚はあんのな?」
「でもたらし込んでる自覚はねぇってか?」
勇人くんと明人くんは私を見下ろしながら呟くように言った。
「たらし込んでるってどういうこと?」
そう言った明人くんの方を見上げれば、バチリと合った視線をそらされる。
それがちょっと不満で、彼の袖を少し引っ張りながらもう一度聞いた。
「奏にも人たらしって言われるけどさ、そんなこと言われてもたらし込んでる自覚なんてないんだもん。良く分からないよ」
「っ、あ、のなぁ……。そういうところだよ」
そう言って袖を掴んでいる手を指差される。
……袖掴むとたらし込むことになるの?
袖を離して自分の手を見つめて見るけれど、ますます分からない。
「ま、そういうことは自覚しようと思って出来ることじゃねぇからな」
首をひねる私に勇人くんがそう告げる。
見上げて目が合うと、やっぱり視線だけそらされた。
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