二年前の記憶①
少し路地裏に入ってみたり、人込みに紛れてみたり。
出来ることを
そろそろ大丈夫かな?
そう思って歩調を緩め周囲の様子に意識を向けた。
今は大通りから少し横道にそれたところ。
と言ってもそれなりにお店はあるからそこそこの通行人はいた。
とりあえず追いかけてくるような足音は聞こえない。
それが分かってホッと一息ついたときだった。
店と店の間の薄暗い路地から手が伸びてきて、腕を掴まれ引き込まれる。
マズイ、油断した!
逃げて捕まってまた逃げてと疲労がたまってきたこともあって、集中力が切れやすくなってたみたいだった。
とにかく逃げなきゃ。
その思いだけで暴れたけれど、相手は私をなだめるように「落ち着け」と声をかけてくる。
「ちょっ、マジ落ち着けって、美来!」
「⁉」
ピタッと、暴れるのを止めざるを得なかった。
今の姿の私を美来と呼ぶのはこの辺りでは二人だけ。
奏としのぶだけだ。
でも、今目の前にいるのは彼らじゃない。
私は驚きに目を見開きつつ目の前の久保くんを見た。
「……どうして、分かったの……?」
暴れるのを止めた私にホッとしつつ、バツの悪そうな表情で久保くんは話してくれた。
「あー、こないだ風邪ひいたお前のことちょっとだけ看病しただろ? あのとき素顔見たから……目の色違ってたからあのときは気付かなかったけど、まさか【かぐや姫】だったとはな……」
「っ! お願い、言わないで!」
素顔を知られてしまっていたなんて。
でもちょっと分かった。
私の姿を見て久保くんだけはなんか別の意味で驚いた顔をしていた理由。
【かぐや姫】が私だって分かっちゃったからだったんだね。
それならもうすでに八神さんとかに話している可能性もあったけど、でもお願いせずにはいられない。
なんかバレてるかも?って思うこともあるけれど、彼ら三人には特にバレるわけにはいかないから。
「大丈夫だよ。言わねぇから安心しろ」
その言葉に安心した私は、続けてポツリと言われた言葉が良く聞こえなかった。
「……【かぐや姫】って理由だけで取られてたまるかよ」
「え? ごめん、なんて言ったの?」
「……なんでもねぇよ」
少しぶっきらぼうに言って目をそらした久保くんは、改めて私を心配そうに見る。
「それより……大丈夫か? その、さっき泣いてただろ?」
心配してくれるその優しさに、押し込めていた悲しさがぶり返す。
「うっふぇ……」
また突然泣き出した私に久保くんはギョッとするけど、私はすぐにぶり返したものを止めることが出来なかった。
バレたのに黙っていてくれると言う久保くんに安心したのもあったと思う。
「ファーストキス、無理矢理奪われた事があって……次こそは好きな人としたいって、思って、たからっ! ぅあーん!!」
ここまで泣いてしまう理由を震える声で告げると、後はもう涙が止まらなかった。
実際にはファーストキスどころじゃないんだけれど、その辺りを詳しく話すこともなく涙があふれ出る。
「お、おい。お、落ち着け? もう大丈夫だからさ、な?」
慌てて慰めてくれる久保くん。
本当に、何でいきなりこんな風に優しくなったのかは分からないけれど、今はその優しさが本当にありがたかった。
触れるか触れないかのところで頭を撫でてくれたので、ついそのまま彼の胸にすがってしまう。
「っ!⁉」
突然すがり付いてしまったからか、身を固くしてしまう久保くん。
そういえば最近は私に触ろうとしてこなかったもんね。
そんな相手にすがり付かれたら迷惑なのかも。
ごめん、でもちょっとだけ。
今、涙を引っ込めるから……。
「お、あ、あのな⁉ 嬉しいけど、ちょっとマズイって言うか⁉ と、とりあえず離れてくれないか? 美来」
何とかあふれ出るものを止められたころ、そう言われて離れる。
でも同時に背後から声が聞えた。
『え?』
同じ声が二つ。
重なった一文字の声。
明らかに私達に向けられた声だと分かったので、つい涙をぬぐいながら振り向いてしまった。
『え?』
今度は私と久保くんの声が重なる。
だってそこにいたのは……。
「え? 何? 今その子のこと美来って言った?」
「え? は? 嘘だろ? だってその子【かぐや姫】なんじゃ……」
青と赤の派手な髪色を揺らし、同じ顔を同じく驚きの表情に変えてその双子はいた。
それでもそのままだったらまだ誤魔化せたのかもしれない。
でも私は思わず口にしてしまったんだ。
「勇人くん、明人くん……」
「っ! み、く?」
「わ……マジでか……」
彼らの名前を呼んでしまっては、もう誤魔化すことも出来なかった。
やっちゃったー!
でもそれなら仕方ない。
先手必勝!
すぐに気持ちを切り替えて決意すると、私は素早く二人の元に行ってそれぞれの手を握った。
「お願い! 如月さん達には黙ってて!!」
二人が慕っているらしい如月さんと、友達の私。
天秤にかけさせてしまうかもしれないけど、今回ばかりは私を選んで欲しかった。
どうしてもバラしてほしくないから。
泣いてしまった後でまだ潤んでいる瞳で見上げて頼み込む。
「二人ともお願い、如月さんと八神さんと坂本先輩。特にあの三人には知られたくないの」
「っ、美来、それは反則……」
「おまっ、その顔ヤバいから……」
必死に頼んだけれど、二人は空いている方の手で口元を隠しながらそっぽを向く。
やっぱり如月さんの方が大事かな?
「やっぱり、ダメ? どうしても?」
下から覗き込むように小首をかしげて懇願する。
『っ⁉』
すると息を呑んだ二人はそろって顔を真っ赤にした。
「わ、分かったって!」
「言わない、黙ってるからっ!」
その言葉が聞けて安堵した私は、笑顔でお礼を言う。
「良かった。ありがとう、二人とも」
『っ⁉』
どうしてか揃って息を呑む二人。
私、変な顔でもしてたかな?
ヴヴヴヴヴ……
勇人くんと明人くんにどうしたの? と聞こうとしたけれど、その前に消音設定にしていた私のスマホが震えた。
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